「村の負債は、誰がどんな風に肩代わりしているの?」
レナルドが「私が……」と言いかけたところに、レオの言葉が重なった。
「それも、良き隣人が力になってくれていたりはしませんか?」
「えっ⁉」
アリシアのリアクションに、サーブを終え、レナルドのカップを下げて応接間を出るところだったニナも思わず動きを止める。レナルドは微動だにしない。レオも淡々としている。
「私がピオ村にやって来たのはフォグおじさんからの依頼がきっかけですが、それ以前から噂には聞いていたのです。不審な資金の流れがあるとね」
アリシアには寝耳に水の話だ。レオは決してレナルドを糾弾することはなく、あくまで懸念の表明をする。
「税の回避だとか資金洗浄だとか、取り締まるべき不正は多種多様です。そういったトラブルにレナルドさんが巻き込まれていないとよいのですが」
「ありがとうございます。ご心配には及びません。ご覧のように独り身ですからね、自分の蓄えが村のためになるなら協力は惜しみませんよ」
両者とも冷静な態度のままだが、傍から見ているアリシアには一触即発の言葉のラリーにしか思えない。アリシアは、とりあえず場を納めるべくレナルドからの報告をねぎらった。
「ひとまず事情は把握させて頂きました。ご協力ありがとうございます。
産業の不振については少なからずポーレット家の監督不足と捉えることも可能ですし、村民の方々の感情も理解できます。一旦は、自警団に関する報告書と共にわたくしが引き取らせて頂きますわ」
「分かりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「レナルドさん、まだこの後もお仕事があるかもしれませんが、今日は朝からキャスや村のためにずっと動いてもらっていたのだもの。少し体を休めてちょうだい」
「……ありがとうございます」
レナルドが一礼し、彼からの報告の場はお開きとなった。
時刻はすでに夕刻となっている。日が傾いて、アリシア、レオ、ニナ、レナルドの影が地面に斜めに伸びる。ポーレット家別邸の前で、アリシア達は客人を見送った。もう互いの声が聞こえないくらいにレナルドが歩を進めたところで、アリシアがぽつりと「……もしも」と声を漏らす。
「もしも、マンジュ卿が憂慮されていたように出所不明の資金がポーレット家が管理するピオ村に流れていたとしたら……非常に申し訳ないことですわ」
詫びるアリシアに、レオは首を振った。
「領主といえど、その領内の全てを管理する難しさは想像にかたくありません。
それに、アリシア様がそのように現状に向き合ってくださるからこそお耳に入れておきたいのですが、先ほどお伺いしたピオ村の近年の農業不振は……ひょっとしたら、我が国に原因があるのかもしれません」
レオの言葉がにわかには信じられず、アリシアは「えっ?」と素直に驚きを口に出してしまう。
「魔法による副作用です」とレオは続けて、「数年前から、ワントでは魔法を用いた土壌改良を試みてきました。その弊害が表れて問題となったのです」と説明した。
「副作用……」
「それは、どういう……?」とアリシアが詳細を尋ねようとしたところで、令嬢は軽い目まいを覚えた。ふらついた足元だが、体勢を立て直して転倒は回避する。
「大丈夫ですか⁉」
「は、はい。これはもう単純に、血糖値と水分が足りてませんわね……」
ぽつりとつぶやいたアリシアにニナが「すぐに用意いたします!」と反応するが、レオが「あの、アリシア様。もしよければ」と申し出た。
「広場にいるフォグおじさんに話を聞かれるならば、あちらの屋台で食事をしてもよろしいのでは?」
「それは名案ですわ。ぜひそうしましょう……!」
ぱっと顔を輝かせるようにしてアリシアが賛意を示す。レオはあまりに素直な令嬢の返答に少し面食らった。
「ねぇ、ニナも一緒に行きましょう」
「いいのですか? それはぜひ!」
きゃっきゃとはしゃぐアリシアとニナ、つられて嬉しそうな妖精。ニナが扉を施錠して一行は出発する。
急ぎ足で夕刻の村の通りを歩いていると、アリシアは自分に向けられる視線をまざまざと感じた。直接的なものではない。時には背後から、時には通り沿いの家の窓越しに、また時には木や植込みの陰から。
(でもまあ、気になるのも当然よね……)
さっきレナルドから説明された村民達の感情を思えば、よそ者の令嬢がいったい村で何をしているのだろうかと注視したくなる気持ちはアリシアにもよく分かる。
だが注目されたり白眼視されたりすることになど以前の悪辣だった頃の環境も含めて令嬢は慣れっこだったし、ピオ村の現状を把握して改善するという目的の前には些末なことでしかない。歩きながら、やや声を落としてアリシアはレオに尋ねる。
「マンジュ卿。先ほどおっしゃっていた、副作用についてのお話、詳しくお聞きしたいわ」