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第12話 敵か味方か〈13〉

 アリシアはひとまず自警団の面々についての追及はそこまでにして、次の懸念事項を切り出すことにする。

「分かりました。村を思うレナルドさんの人選に感謝します。

 今回、レナルドさんに詳細をお尋ねしたいことはもう一つありますわ。赤字、とおっしゃっていた件です」

 アリシアの声のトーンが一段下がる。真偽が定かではない自警団の狼獣人とアリシアの誘拐騒動の関連とは異なり、もしも村ぐるみで数字を誤魔化しているのなら明らかなルール違反だ。領主の娘として、アリシアには適切に対処する義務がある。

「わたくしがこのピオ村に来る前に確認した書類では、負債に関する情報は一切ありませんでしたわ。どういうことでしょうか?」

 レナルドは「お納めしている税や作物については、取り決めに従った額や量を常に守っています」と神妙な態度で答えた。

「長いこと、そうやってピオ村は自治を許されてきたんです。

 例年、村では馴染みの作物を作っています。小麦をメインに、野菜や果物。菜花も栽培しています。なのに一昨年からうまく育たないのです。実や葉の色が悪くなったり、途中で枯れてしまったり、枝に実がった状態で収穫できるよう熟すのを待っていたらそのまま腐ってしまったりする」

 アリシアが口を挟まずに聞いているのを見て、さらにレナルドは説明を続ける。

「さらに悪いことに、作物の相場が最近上がっています。普段ならありがたいことですが、見た目が悪い作物は市場でいい値が付かずに買い叩かれてしまうのです」

「そんな状況になっていたなら、相談してくれさえすれば何とでも対応を……」

 思った以上に深刻な事態だと感じて、問い詰めるつもりだったアリシアも思わず言葉の矛を収めた。村の代表であるレナルドは首を振る。

「いいえ、従来通りに納税できていればこそ自治や財産の保有が認められていたのです。ありのままに報告し、村での生産がうまくいっていないと分かればきっと領主であるジョージ様は放置などせず改善を試みてくださるでしょう。しかしそれは村の自治を捨て、直営農園となることです。その介入を拒む村人の声が根強い」

 レナルドの説明は、領主側としては歓迎すべき内容ではなかったが、村人達の心情を思えば彼らなりの筋が通ってはいる。

「だから、村側で赤字をかぶってでも取り決め通りの納税を続けていたというわけなのですね」

 アリシアが確認すると、レナルドは頷いた。

「ジョージ様に悪感情を抱く村民はそういません。ですが、事情が事情ですからアリシア様の滞在を快く思わない者は少なくはない。アリシア様、此度の滞在、どうか数日で引き揚げてくださるようご検討頂けませんでしょうか? 納税の取り決めはそのまま必ず継続いたします」

 そう言われて、アリシアは嫌な勘が働いた。

(……同じようなことを言われているわ)

 自分をさらった誘拐犯に身代金目的かと尋ねた時、彼は何と言った?

『一番いいのは、あんたが出てってくれることさ』

『素直に尻尾巻いて王都に戻ってくれるなら、すぐにお家に帰してやる』

 似たような内容をアリシアに求めるレナルドと誘拐犯。これはただの偶然なのだろうか。それとも両者は結託しているのだろうか。

(でも、疑うだけで確証が得られるわけではないわね)

 アリシアは、一旦気持ちを切り替えて村の現状把握に努める。

「事情は分かりました。ですが、今のお話はわたくしからの質問への回答になっていませんわ。負債の詳細を聞いていますの」

 やや冷たい詰問となってしまったそのタイミングで、ニナが「失礼いたします」と応接間にやって来る。

「紅茶と焼き菓子です」

 メイドが客人と主人にカップと皿をサーブする中、アリシアはレナルドに向かって「額は?」とさらに尋ねた。

「……およそ二万リーズです」

 紅茶を受け取ったレナルドが、礼儀としてひと口飲んでからカップをソーサーに戻す。その際に、小さくカチャンと陶器同士のぶつかる音が鳴った。

 「なるほど」と真剣な面持ちの令嬢だが、その思考と並行して、ついついゲーム内貨幣単位が会話の中で登場したことについ浮かれる気持ちが湧いてしまう。

(リーズ!)

 リーズとモモの二種が『魔奇あな』の舞台、ライゼリアにおける貨幣である。もっとも、モモはリーズの百分の一の単位で細かい額であるため、プレイ中の画面表示ではリーズしか扱われない。

(「二枚で一日長らえて」のリーズだ!)

 アリシアが思わず連想した一節は、ゲームにも登場するロアラの詩だ。二リーズあれば庶民の一日の食費がちょうど賄えるくらいであると、生活の悲喜こもごもと共に歌われている。ファンの間では、デートイベントで遊びに行けるカーニバルの安い屋台メニューの値段を元に、一リーズは日本円で二百円から三百円くらいではないかと考察されていた。

(アリシアの感覚としてはそこまで大きな金額ではないけれど、小規模の辺境村で抱えて隠すべきものではないわ)

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