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第12話 敵か味方か〈12〉

「いいえ、ずっと応接間におられます。時々紅茶のお代わりをお持ちしましたが、お嬢様をお待ちの間にジョージ様宛ての手紙をしたためておいででした」

「ありがとう、ニナ。応接間へ、紅茶を三人分頼むわね」

 ニナが「はい」とキッチンへ向かう。アリシアとレオは目配せし合って、「こちらが応接間ですわ」と令嬢が先導した。

 応接間のソファに掛けていたレナルドが、アリシアの到着に気付いて立ち上がる。嗅ぎたばこの香りが薄っすらと漂っていた。

「お嬢様、お邪魔しております」

「大変お待たせしてしまいましたわ、申し訳ありません」

「いえ、ニナさんがおいしい紅茶を淹れてくださっていましたから」

 レナルドの受け答えは柔和だ。さっき森でレナルドに似た声の人物との接触がなければ、彼を疑う気持ちなどアリシアには全くなかっただろう。

(ただ、よく似た近い声だったというだけなのかしら。それともまさか、ルークとキャスのようにレナルドにも双子の兄弟がいたりして……)

 ぐるぐると考えているアリシアに、レナルドが「……そちらも、ご同席でしょうか?」とレオを一瞥して確認する。何でもない様子に見えるレナルドの表情だが、アリシアはやけに気になった。

獣人セリアンを警戒する人はロアラでは珍しくないわ。だけど、このピオ村は獣人セリアンの多いワントとの辺境。それにレナルドさんは狼獣人セリアンの自警団を組織した本人よ。彼が獣人セリアンそのものを穿った目で見る必要なんてないはずだわ。マンジュ卿が不審者を取り締まるために動いているのが邪魔だと思っていたりして……)

 疑わしい、とほんの少し見方を変えるだけで、レナルドの丁寧な態度が本心ではないように感じられ、村民のための迅速な不審者対策が虚構だったらと考えてしまう。

「ええ、マンジュ卿からもピオ村周辺の不審者対策についてお知恵を借りようと思っております」

 アリシアは、自らの戸惑いをおくびにも出さずにレナルドの問いに答えた。レオにソファを勧め、彼女も屋敷の主人としての位置に腰掛ける。

「ではまず、自警団についての報告をお願いしたいわ」

 令嬢が単刀直入に求めると、レナルドが数枚の便箋を差し出した。

「ジョージ様宛てに、先ほどしたためていた報告文書です。ご査収ください。問題なければ、ジョージ様へ届けるようにいたします」

 アリシアは報告書を受け取り、一通り目を通していく。

 文書は、レナルドが異変に気付いた日付や経緯のほか、村の外のどこで目撃例が相次いだかのリストアップに加え、曜日や時間帯についても言及されていてよくまとまっている。

(さすが、お父様から代表代行を任されるだけあって優秀だこと)

「これを読む限り、不審者の出没状況に規則性はないようね」

 アリシアがそうコメントすると、「なかなか犯人を特定するに至らず、申し訳ありません。どうにも動きが読めず……」とレナルドが申し訳なさそうな顔をする。

「私にも、その部分を少し見せて頂いてよろしいですか?」

 レオがアリシアに聞いて便箋を受け取り、同じように目を落とす。

「確かに。規則性どころか、全ての場所や時間が完全にバラバラですね。サイコロ二つを振ったとて、たまにはゾロ目も出るでしょうに」

 レオの言い方は婉曲的だが、頭から疑ってかかっているも同然だ。何かを言いかけたレナルドにすぐさまレオが「いえ、完全に糸口がない時は一度全てを疑わしく捉えなければ手詰まりになってしまうものでして」と先んじて頭を下げた。詳しい話が分かっているのかいないのか、妖精は雰囲気が重くなったことに驚いておろおろしている。

「お二人のご助力、痛み入りますわ。不審者の出没が長期にわたっているわけではありませんから、そういう偶然があってもおかしくはありませんが」

 レオとレナルドのやや険悪なムードを仲裁するような流れでアリシアが指摘したのは、報告書では触れていなかった部分だ。

「わたくしが気になったのは、自警団の方々についてです」

「年齢や出身については、そこに示してある通りです。お嬢様もマンジュ卿に協力を仰いでいらっしゃるし、ワント出身の方に依頼することは問題ないと思われます」

 レナルドが「用心棒には腕っぷしがなくちゃ務まりませんからね」と、水車小屋でフォグに説明していたのと同じ理由を改めて挙げる。

「では、人選はどのように?」

 アリシアが質問する。

「知り合いですよ」

 レナルドから返った回答はシンプルだった。さらに彼の説明が続き、アリシアは耳を傾ける。

「もともと、この村ではワントとの交流は身近です。恵みを受けている森がロアラとワントにまたがっていますからね。同じ森に暮らす者同士、親近感が湧くし友情も生まれる。良き隣人ですよ」

 レナルドの答えはもっともだ。近隣の集落同士がいがみ合っているより共生関係を築いているほうがいいに決まっている。

「……四人はどんな人なのですか?」

「優秀で素直な若者達です。このピオ村の力になりたいと言ってくれています」

 若者、という表現は、自分をさらった誘拐犯の口調と矛盾しないだろうとアリシアは思う。使っていた魔法の種類から判断して、実際に彼が狼型獣人だったのだとしたら──。

(最も怪しいのは自警団のメンバーだけど……でも証拠がないし、それだけで断言できるものではないわ)

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