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第12話 敵か味方か〈11〉

 思わず考え込むアリシアに「そういえば」とレオが話題を振った。

「マキアナ、というのは何かロアラに伝わるものですか?」

 勢いに任せた自分の失言のことを思い出して、アリシアはあからさまに動揺する。

「あっ、え、ええと。そうですね、そのようなものですわ」

「なるほど。またぜひお聞かせ頂きたいものです」

「き、機会がありましたら語らせて頂きますわね」

 ほほほ、と少し硬い表情でアリシアは笑う。

(……な。何となく誤魔化しちゃったわね……)

 この世界に優子の人格がたどり着いて間もなくの頃、自分は本当はアリシアではない、とニナに主張しても信じてもらえなかったことを令嬢は思い出した。この世界が元々はフィクションで、このライゼリアとは別の世界があるのだと話したらワント出身の彼は信じてくれるだろうか。

(いえ、きっと難しいわ。どんなに説明しても、荒唐無稽が過ぎるでしょうね)

 そこまで考えて、アリシアはハッと「そうだ、説明!」と口に出した。

「レナルドさんにお話を聞かなくては!」

 即座に領主の娘としての顔つきとなり、アリシアはレオと妖精と共にポーレットの別邸へと帰路を急いだ。


 森からの帰り道、アリシアは村を通る中で広場の賑わいに目を留める。さっき誘拐犯に抱えられて近くを通った時には、この喧噪を耳にするだけだった。多くの客がフォグの張ったベージュ色の天幕テントの前に集まっている。その客足を見込んで、シチューやタルトを売る屋台も出ていた。

「フォグさんのお店、とても人気のようですわね」

「ええ、フォグおじさんは村人全員が一度は店に来ているはずだ、と自慢していましたよ」

 アリシアとレオが店を眺めながら足早に通り過ぎようとした。すると店先のフォグが何やらカラフルで鮮やかなタペストリーを客の前に掲げて見せながら、令嬢達に気付いて翼の先を軽く振って挨拶する。令嬢も会釈を返した。

「あんな風に接客しながらもこちらに気付いてくださるなんて、商人の鑑ね」

「通り過ぎる客は全員チェックしているらしいです」

「……じゃあ」

 アリシアが疑問に思ったのは、自分が誘拐犯に連れ去られた時の状況だ。

「わたくしがさらわれて運ばれている様子は、運悪くフォグさんが見逃してしまったとということかしら?」

 それを聞いたレオが「客も多いようですから、その可能性はあるかもしれません」と思案顔を見せる。

「フォグおじさんの性格ですから、アリシア様が連れ去られるのを黙って見過ごすとは考えにくい。きっと大騒ぎでしょう」

 大慌てでこちらを心配してくれるフォグの姿が簡単に思い浮かんで、思わずアリシアは笑ってしまう。

「絶対大声で、『アシリア・・・・様!』って叫んでくれるはずだわ」

 せかせかと歩きながらくすくす笑うアリシアに、レオは少しほっとした面持ちになりつつも状況を推理する。

「……だとすれば、狼獣人の彼が化けの皮をかぶって人の姿をしていたように、その時も何か魔法を使っていたのかもしれません」

「魔法というのは、本当に何でもできてしまうのですね」

「ただ、万能というわけではありません。アリシア様の存在ごと周りに取られないように誤魔化すのは難易度の高い魔法ですし、例えば姿を隠したところで匂いですぐにバレるようなケースもあります」

 しかし、実際にアリシアはさらわれて、周囲の人間もそれと気付かずに犯人は白昼堂々森まで逃走を果たしたのだ。レオのような獣人セリアンなら鼻も効くのだろうが、人間はそうではない。

(国際問題を論じる時、ロアラは無防備だとか平和ボケだとかよく聞くけれど、実際かなり危機感が薄いのではないかしら……)

 フォグに詳しく話を聞きたいところだが、それと同時にポーレット別邸へ戻らねばという思いもアリシアにはある。

「レナルドさんを待たせているでしょうから、まずは彼と話さなくては。フォグさんには、また後ほどお話を伺いすることにしますわ」

「分かりました」

 真面目な顔で頷くレオの隣で、アリシアはちらりと背後の広場を振り返った。

「それに、フォグさんのお店にどんな素敵な品があるのかぜひ見せて頂かなくては!」

 少し茶目っ気混じりに言う令嬢の表情は明るい。レオは、ようやく年相応な彼女の顔を見た気がした。


 ポーレット家所有邸の玄関へと到着したアリシアとレオ、妖精の元へ、ニナがぱたぱたと向かう。

「レナルドさんは?」

 尋ねるアリシアと同時に、ニナが「大丈夫ですか⁉」と半ばパニック状態で令嬢の無事を確かめる。

「申し訳ありません! おそばから離れるべきではありませんでした!」

 平謝りのニナに、アリシアは「違うわ、ニナ。わたくしに油断があったのです」と首を振る。

「彼女と、そしてマンジュ卿のおかげで難を逃れました」

 指し示された妖精は嬉しそうに翅を震わせて、くるくるとアリシア達の周りを舞ってみせた。

 ニナは「ありがとうございます!」と妖精とレオに頭を下げ、「レナルドさんは応接間にお通ししています。お嬢様の姿が見えなくなった直後にお見えになりました」とアリシアに報告する。

 令嬢は、小さくごくりと喉を鳴らして緊張した。

(さっき、さらわれた森の小屋で聞いた声はレナルドさんととてもよく似ていたわ。本人としか思えないほどに)

 レオが「失礼。レナルド氏は、途中席を外されましたか?」と確認を取る。彼の意図が、アリシアにはすぐに分かった。アリバイの検証というわけだ。

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