アリシア、レオ、妖精が手を取り合って歩き始めた。
「……見苦しい、いえ、お聞き苦しい場面をさらしてしまいました」
レオがどんな表情でいるのか、アリシアには見えない。だからこそ、彼は話そうとしたのかもしれなかった。
「以前、ルーク殿とアリシア様が話している時にロアラの方々が
決して小さな声というわけではないのに、レオの声はこれまで聞いた中でずっとずっと弱々しい気がするとアリシアは思った。レオは言葉を続ける。
「ルーク殿もいるあの場で、アリシア様だけが責められるべきではない、と言えばよかっただろうかというはっきりしない後悔を私は抱いていたのでしょう。このような曖昧な言い方になってしまうのは、さっき狼獣人の彼に自分の家のことを言われるまで無意識に考えないようにしていたからなのです。自分を育んでくれた環境を」
話を聞きながら、アリシアは自分の体が日の下にあることを光の熱で感じ取る。温かい。さやかな風が吹いている。レオの胸中の吐露に、アリシアは耳を傾けていた。
「今の自分が魔法を扱うのも家族や親族のおかげだというのに、彼らと相容れないと思ってしまう感覚も自分の中から拭い去れない。さっき狼獣人の彼は言っていました。兄弟が食べていくために家を出て自分を犠牲にする、というようなことを。その後の手段はどうあれ、兄弟を思うがゆえの覚悟は素晴らしいものです。正直なところ、血縁との精神的な結び付きを非常に尊いと称賛する一方で、同時に、私とは縁遠いものかもしれないと思いさえしています」
「そうですね……自分と異なるものを遠ざけたり避けたりすることは、きっと誰にもあることですわ」
アリシアが言葉を選んで相槌を打つと、レオが少し沈んだ声で詫びた。
「……すみません。アリシア様にわざわざ聞かせる話ではありませんでした」
「いいえ、そんなことはありません」
それは建前ではなく、アリシアの本心だ。初めて耳にするレオの本音は、優子の意識を内包するアリシアの心に響いた。そういう複雑さに対する悩みを、アリシアも優子も知っている。元の世界でSNSを開けば枚挙にいとまがない。恋人、友達、配偶者、家族、上司、同期、後輩。血の繋がりがあってもなくても、相手がどんな関係や立場でも、うまくいかないことは往々にしてあるのだ。
助けになりたい、とアリシアは素直に思った。しかしすぐさま、そのように考えること自体が傲慢かもしれないと思い直す。
(でも、何かできることがあるなら)
今、落ち込んで話す彼の気持ちが上向けばいい。そうなったら彼は今光を注いでいる太陽のようにきっと晴れ晴れと笑うだろう。それを見たい、と令嬢は思う。
(マンジュ卿だけではないわ。ニナをはじめ尽くしてくれるうちの家の者も、このピオ村に暮らす人々も、さっきの狼獣人の彼だって)
自分が関わるからには、中途半端に手を出すだけだなんてプライドが許さない。行き着く先まで見届けて、その上で笑っていてほしい。それができてこその貴族の令嬢だ、とアリシアは自負する。知ったからには見ないふりなんてできるわけがない。
そこまで考えた時、アリシアは日の光の温かさに自分を丸ごと包んでもらったような不思議な感覚を味わった。
「……アリシア様?」
レオに名前を呼ばれて、令嬢は我に返る。いつの間にか、彼らは立ち止まっていた。そしてアリシアは、驚くライオン型獣人の金瞳がすぐ間近にあることに驚く。繋いでいた手を思わず離した。
「きゃっ」
思っていたより、レオとの距離はずっと近かった。見えていなかった時は、声に耳を傾けるのも手を取って歩くのも違和感なく自然なことだと思えたのに、はっきり見えてしまうと意識せざるをえなくなるものだ。
令嬢はきょろきょろと周囲を見回し、何度かまばたきする。妖精が嬉しそうにアリシアの前に飛び出して『ママ!』と手を伸ばして甘え、アリシアは微笑んだ。すっかり視界は元通りだ。
「ああ、ありがとうございます、マンジュ卿。おかげで、もうはっきりと見えますわ!」
「いえ、アリシア様ですよ」
レオはかぶりを振って否定した。
「私はまだ何の魔法もかけていません。今、光の
「え?」
思ってもみなかった出来事に、アリシアはぽかんとしてしまう。
「わたくし、呪文も何もまだ……」
「でも、見えるようにと強く願ったのではないですか? その願いをアリシア様が自分で叶えたのです。
アリシアは、優子の人格とアリシアの器が重なって以降、自分の感情が魔法を発動させる感覚に少しずつ慣れ始めてはいるが、思いがけないタイミングだとやはり驚きが大きい。
(以前の記憶をたどっても、こんな風に魔法が勝手に発動したことなんてないわ。やっぱり、異なる人格と体のせいで複数の