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第12話 敵か味方か〈9〉

「ありがとう、あなた。恩人だわ。

 妖精というのはすごいのですね。王都で見かけることはめったになくて、こんなことができるだなんて知りませんでした」

「いえ、ここまで特定の個人と妖精が共鳴するのは珍しいケースだと思います。よほどアリシア様と相性が良いのでしょう」

 レオからそう聞かされて、アリシアは深く感じ入った。

「そうなのですか。小さな体で、わたくしのために頑張ってくれたのね。

 あなたの優しさにぜひ報いたいわ。わたくしにできることがあればいいのだけど、妖精って何を喜ぶのかしら」

『ママ、よかった!』

 妖精が、母親と呼んで憚らないアリシアの指先に頬をすり寄せる。そればかりか『だっこ!』とせがんで、令嬢の手から肩へと飛び移ったり、その胸元にしがみついたりと、すっかり懐いた様子だ。レオはその様子を微笑ましくしばし眺め、「アリシア様、目を少し見せて頂いて構いませんか?」と尋ねた。

「ええ、お願いいたします」

 アリシアが了承し、レオの声がした方向へ向き直る。獣人の手が令嬢のまぶたを撫でた。続いてこめかみ辺りに手を添えて、しばらく何かを探る。

「……人間に化けてはいましたが、やはり彼は狼だったようです」

「えっ」

 確信を得たようなレオの口ぶりにアリシアは驚いた。

「この魔法は、狼の一族に伝わるもの。盗みを働く際によく悪用されています。太陽を食らってしまう象徴なのです、彼らは」

 柔らかな獣の毛を目元に感じながら、アリシアはまぶたの裏にレオの言葉から連想する情景を思い浮かべる。太陽を追いかけ、ついに追いつき、その光に食らいついて闇夜をもたらす狼。

(サブカルの神話モチーフでよくあるやつだ……北欧のフェンリルとか、その息子のスコルとか……)

「アリシア様には見えていないでしょうが、彼は人間に化ける魔法も使っていました。長く時間が経ったり、体力や精神力が削られると偽りの顔はまるでヴェールのように剥がれてしまうのです。おそらくその魔法を二重にかけていました」

(怪盗じゃん……顎下辺りに首と輪郭の継ぎ目があって、べりべりめくりながら種明かしするやつじゃん……!)

 オタク思考フィルターを挟みながら状況を理解しようと努めるアリシアに、レオが明るく提案する。

「さぁ、急ぎご自宅へと戻りましょう。闇を打ち払うには光です。日の光の下で、光の基素エーテルの力を借りるのが一番手っ取り早い」

 レオがそう言って、アリシアの顔周りから彼の手が離れた。

「アリシア様の視界は光を感じ取れる状態ですか? 足元の範囲なら見えますか?」

「ま、真っ暗ですわね……」

 少しばつが悪そうに申告するアリシアを、レオが「ご心配には及びません」とフォローする。

「視界を奪うという強さがある分、光の基素エーテルさえ十分なら解除は容易なのです。まあ、つまり夜だとなかなか厄介なわけですが。大丈夫です、すぐに戻りますよ」

「はい。あっ」

 立ち上がった拍子に視覚がきかないせいでバランスを崩し、アリシアがよろめく。

「おっと」

 すかさずレオがアリシアの背中側に手を添えて、令嬢が倒れ込むのを防いだ。

「す、すみません」

 アリシアが礼を言うのと、妖精が『だっこ!』とさっきから繰り返していたワードを口にするのはほとんど同時だ。

『だっこ! だっこがいいよ! ママ!』

 先ほどよりももっとしっかりとした口調で、妖精が主張する。

(だっこ……)

 これはアリシアに妖精が自分の抱っこをせがんでいるのではなく、抱き上げてもらえ、という意味なのだろうか、と令嬢は困惑する。確かに屈強なレオなら、アリシアを抱え上げて小屋の外へ連れ出すなど造作もないだろう。

(でも、それはちょっと、あまりに……)

 思わずその様子を想像して、それが妙に落ち着かず、アリシアは「ありがとうございます」と支えてくれたことへの礼をぎこちなく伝えて歩き出す。

「あっ、アリシア様、こちらです」

 見当違いの方向へ進み出したアリシアにレオが声をかけた。アリシアは「す、すみません」と謝って、レオの声のする方を確かめる。

「……手をお貸ししましょうか?」

『だっこ!』

 レオが手を繋ごうと申し出たことにダメ出しするようなタイミングで、妖精がまた同じ主張を繰り返す。

「あの! 不躾ながら、手を繋いで頂けますかしら!」

 アリシアは思わず、しかもやや乱暴ぎみにそう依頼していた。勢いよく突き出した手はレオの立つ方向からは少しずれている。

「ええ、構いません」

 この時のレオは令嬢が少し緊張を見せた様子を、貴族ならではのプライドの高さゆえのぎこちなさだと思っていた。

 了承の返事をしたレオが「失礼します。こちらです」とアリシアの手を取った。妖精の『だっこぉ……』という繰り返しには、アリシアが「あなたは、わたくしのこちらの手においでなさいな」と見えないながらに妖精を呼ぶ。

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