目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第12話 敵か味方か〈8〉

 彼の悲哀混じりの否定がアリシアから強い感情を引き出して、彼女は思わず言い返していた。まるで、かつてのアリシアのように。

「情けないこと!」

 アリシアの声のボリュームに、誘拐犯は一瞬気圧される。

「これだから卑しい者は嫌だわ! そうやって恨んで拒絶して、口を開けていれば誰かがミルクを吸わせてくれるのかしら? いいえ、決してそうではないはずよ」

 アリシアの言葉にはたっぷりの皮肉がきいていた。なのに、その表情は清々しいほど堂々としている。

「卑しい庶民で悪かったな!」

「わたくしの思う卑しさは、生まれで決まるものではありませんわ。心根のことを言っているのです!」

 何かのスイッチが入ったかのように主張するアリシアに、誘拐犯はうんざりした顔をした。

「知らねえよ! 王族も貴族も、こんな世界全部くそくらえだ!」

「あら! あなたはここに生きているのに、この世界ライゼリアがどんなに素晴らしいかをご存知ないのですか⁉」

 優子としてのフィルターを挟んで、令嬢はさらに言い募る。

「わたくしは、この『魔奇あな』のシナリオで、友情も、愛も、命の尊さも知ったのです! その後の王道様式を確立させ、そりゃあ今の時代から見れば少し古臭さはありますけれど、それに……」

「ああもう、うるさい! 恵まれた人間には分からねぇんだよ!」

 作品愛を語るアリシアの演説を遮って、誘拐犯は強く怒鳴る。それでも彼女は「そうよ。わたくし、恵まれていますわ!」と悪びれない。

「だからこそわたくしは、このピオ村を、わたくしなりのやり方で救うのです!」

「ただの勝手な道楽だろうが! 正義ヅラすんな!」

「ええ! 全てわたくしのエゴですわ! 存分に貫かせて頂きます!」

 引き下がらないアリシアの態度に、男は業を煮やす。

「もういい、黙れ! 覚悟しろお前ら!」

 強く吼える言葉に、レオもアリシアも、妖精さえも身構えた。誘拐犯の彼の足は俊敏な動きで地面を蹴る。「あっ」と声を上げたレオが駆け出す気配をアリシアは感じ取ったが、そこからの周囲の様子は静かなものだ。

「……あら?」

 アリシアはてっきり誘拐犯の彼が攻撃を仕掛けてくるものだとばかり思っていたから、予想が外れて見えない目をしばたかせた。少しの時間経過の後、口論の末のアリシアの昂っていた気持ちも落ち着き、レオが戻ってくる。

「……やられました、取り逃がしてしまった」

 ひょっとして、と考えていた可能性をレオに肯定されて思わずアリシアは笑ってしまう。

「ふ、ふふふ、あれだけの啖呵を切ってから逃走に全力でシフトするとは思いもしませんでしたわ」

 アリシアが笑い、レオも真面目なトーンでありながら、場の雰囲気が少し柔らかくなる。

「申し訳ない。一応、逃走したと見せかけた罠かもしれないと考えて確認はしたのですが、これは逃げられましたね」

「いいえ」

 謝るレオに、アリシアが首を振った。

「マンジュ卿は十分に尽くしてくださいましたもの。気に病まれる必要はありませんわ」

 この時、アリシアを救出に来てから初めてレオは彼女とゆっくり向き合った。そして令嬢の腕に痣がついていることに気付く。

「アリシア様! 腕に痛みはありませんか?」

「え?」

「痣になっています」

 アリシアは、あの誘拐犯がそういえば何度か自分の腕を強く掴んだことを思い出した。感覚というのは不思議なもので、痣になっていると言われると何だか痛むような気がしてくる。

「まあ、気付きませんでした」

 指摘された箇所を確認しようとして、視界がきかないことにアリシアは思い至った。見えない環境にも多少は順応し始めていた自分自身に彼女は驚く。拉致されてから今に至るまで長めに見積もっても二時間ほどしか経過していないはずだが、これまた人間の感覚というのは柔軟なものだ。

「すみません、あの、わたくし、目が見えなくて」

「目が⁉」

 レオの声と気配がぐっと近くなって、地面に腰を下ろしたままのアリシアは何だか緊張する。しかし、恐怖や嫌な印象はない。

「痛みますか? まさか、あの狼に傷を⁉」

「あっ、いえ、怪我ではありません、多分。痛みはないのです。何かの魔法のせいのようなのですが、視界が真っ暗になってしまっていて」

 慌てて説明するアリシアの語尾に、『ママ、いたい、ないない?』と妖精の声が重なった。令嬢はびっくりして「えぇっ⁉」と声が出る。

「あなた、いつの間にそんな風に言葉を⁉」

 アリシアの驚きように、妖精は少し得意そうにふふんと笑う声を漏らした。きっと胸を張ってみせているのだろう、と令嬢は思う。レオが経緯を話して聞かせた。

「この子が、私を呼びに来てくれたのです。ママ、たすけて、と」

「まあ」

「私の元へやって来た時、この妖精なりの精一杯のスピードだったはずです。加えて、アリシア様のところまで道案内をしてくれました」

 妖精が自分を助けようとしてくれたことを知って、アリシアは手に乗ってきた小さな存在へ礼を言う。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?