「アリシア様をさらった目的は何だ?」
「教える義理なんてねーな!」
そう言いながら、誘拐犯の彼は懐から数本のナイフを投げてきた。レオは素早く飛び退き、さっき自分が壁に開けた穴から一旦外に出る形で、壁によってナイフを防ぐ。相手がレオを追いかけて外へ出てきたのは好都合だ。体躯の大きなレオは、小屋の中で闘うには制限が多すぎる。二人は森の中で睨み合った。
(そう簡単に、目的を明かしはしないか……)
さっきの質問はさすがにストレートすぎたか、とレオは思う。すぐに答えを引き出せはしなかったが、相手の言動や一挙手一投足は重要なヒントになり得る。正体を探ることを諦めるのはまだ早いだろう。
「答えるつもりがないなら、拘束してから尋問させてもらおう。その後、このロアラでの
それを聞いて、相手の男はしばし考える様子を見せた。首を傾げる。
「……お前、なんでそこまでロアラに肩入れするんだ?」
自分が質問される側になるとは思っていなかったせいで、レオは反応が一瞬遅れた。男はさらに言葉を続ける。
「ロアラに媚びて、もう故郷は捨てちまおうってハラか? てめぇの一族のことはどうでもいいのかよ? あの、えらそーなご令嬢とデキてるとか?」
その言い種があまりにもレオの神経を逆撫でして、思わず若獅子の口から「黙れ」と低い声が出ていた。
「我が一族と両国の発展を願えばこそ、私は今の自分の仕事に誇りを持っているのだ。
加えて、さっきお前が礼をわきまえず腕を掴んでいたあの方は、王族の一員となってもおかしくない立場の女性だ。矛先の対象が何であれ、勝手な言い分で愚弄することは許さない」
「キレたって謝らねーぞ。詫び入れさせてぇなら、俺をふんじばってからにしろよ」
「そうしよう」と言うが早いか、レオは再び攻撃に出た。鋭い爪を見せつけるように繰り返し拳を打ち込み、今度は相手との距離をどんどん詰めていく。
「おっと、積極的じゃねぇの」
ナイフ使いの彼が逃げながら小さなナイフを投げてきても、動じる様子を見せずに首の急所を狙って追う。まるで狩りのようだ。
(このまま、急所を攻める直前まで追い詰める!)
そうやって最終的に相手の戦意を削ぎ、可能な限り怪我をさせない捕縛を狙うのが次のレオの作戦だ。
誘拐犯の男は、あちこちの木の根や藪を飛び越え逃げ回る。通りづらい場所も構わず進んでいくので、戦略的なルートというよりは挑発する意図なのかもしれない、とレオは思った。気になるのは、その俊敏さだ。
(何かの魔法で身体能力を上昇させているのか、それとも彼は人間ではなく──)
疑問が完全に形になる前に、二人の足が止まる。レオが相手を大木の前に追い詰めたのだ。レオの腕が、勢いよく水平に薙げば相手の喉笛を余裕で裂ける位置で待機する。その気になれば一瞬だろう。ライオンは筋力に比べれば持久力が多少劣るため、この計画がうまくいかない可能性も考えていたレオだがどうやら杞憂だったらしい。
「命を奪うつもりはない。ただ、事情をありのままに聞かせてほしいだけだ」
レオが、茶化すことなく真摯に説得しようとする。
ナイフ使いの彼は「何も話すつもりねーよ」と啖呵を切る。
「手荒なことはしたくない」
「……あんた、めでたいくらいお人よしだな」
レオの言葉を聞いた男は「はー」と大げさにため息をつき、呆れ顔で告げた。続けざまに「
発動のきっかけを得て、鬱蒼としていた森の地面に光の筋が走った。まばゆい。驚いた鳥が木々からバサバサと羽音を立てて飛び去った。
「この魔法は……」
周囲を見回すレオに向かって、現れた光の線が二回、三回と収束してゆく。さっきレオ達が縦横に駆けた時に、ナイフ使いの彼が魔法陣を張ったのだ。
「じっとしてろよ。タテガミ野郎」
「く……」
言われたセリフの通り、レオは動けない。光は今や輪となって、輪の中心にいるレオの足元、手首、上半身をまるで調理前の塊肉のように拘束している。
「じゃーな。その魔法、なかなか強力だぜ」
軽薄な調子で手を振って、男は小屋へと戻ろうとする。とっとと退散するべきだと分かっていたが、聞き捨てならない言葉が聞こえて足を止めた。