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第12話 敵か味方か〈4〉

「お前、なかなか根性あるじゃねぇか」

「大きなお世話ですわ。あなたに評されるほど安い人間ではありませんことよ」

 すぐさま言い返すアリシアへ、愉快そうにさらに不躾な言葉が投げかけられる。

「こりゃ傑作だな。

 どうしてお嬢様なんかがこんな辺鄙なところに来たのかと思ってたけど、その性格じゃあ納得だ。お姫様ってガラじゃねぇや。婚約破棄も当然だな」

 アリシアが一瞬体を強張らせて、聞こえてきたフレーズにぴくりと反応を見せる。即座に反論する気分になれない。彼女は自分でも意外なことだと思いながら、あの婚約破棄が、なかなかに自分の精神へのダメージを引き起こす要因なのだと認識させられた。

(……それなりに、傷付くものなのね)

 どこか他人事な感傷を覚えるのは、このライゼリアがゲームをベースに構築された世界であることと、元の世界に生きていた頃の優子に婚約の経験がないからだろうか。

 そんなアリシアの様子を見て、アリシアをさらってきた彼は何か思うところがあるようだった。

「俺達の情報網を甘く見ないほうがいいぜ。

 ……にしても、王子様にフラれちまって残念だったなぁ。いろいろと嫁入り準備してたんだろ?」

 言葉以上の何かを言いたげに、彼はアリシアの細腕を掴んだ。不意の接触は、視覚が役に立たない今のアリシアを狼狽させるには十分だった。

「は、離して!」

 握力は強く、振り払えない。この段になって初めて、アリシアは腕っぷしにおいて相手と比較すれば自分は完全に無力な存在だと痛感する。さっきまでの高飛車な彼女の態度は、どんなに誘拐犯を挑発したことだろう。

 その瞬間だった。

 轟音と共に、小屋の壁の一部が吹っ飛ばされた。視界を奪われたままのアリシアには、何が起こったのか分からない。まるで、大きな風の塊が飛び込んできたようだった。

「アリシア様、そのままどうか動かずに!」

 聞き覚えのある声。アリシアは、思わず名前を呼ぶ。

「マンジュ卿!」

 乱入してきたライオン型獣人は、圧倒的な筋量を誇る体躯を活かして先制攻撃へと打って出る。爪の先が風を切る音と、足元の地面を強く蹴る音が続いた直後、誘拐犯の体が派手に地面に倒れ込み、うめき声を上げた。もちろんアリシアの腕は解放され、レオは素早く令嬢を庇う位置に立つ。ライオンの爪と拳で頬へのクリーンヒットを決められた誘拐犯だが、すぐさま体のバネを使って起き上がった。眉間に皺を寄せ、レオに対してむかっ腹を立てているのが表情にありありと出ている。

「イッテェな、このタテガミ野郎!」

「アリシア様、下がって! そのまま壁際でお待ちください!」

「は、はい!」

 不思議だ。見えてはいないのに、自分の前に立つレオの存在をアリシアは感じ取れる。直接手に触れて基素エーテルを受け渡したわけでもないのに、あの独特の温かく優しい感触に心が包まれているような気がするのだ。

 レオの指示に従おうとするアリシアだが、視界と共に方向感覚を失っているために即座に動けない。そんなアリシアを『ママ!』と呼ぶ声があった。

 すぐ近くに妖精の気配を感じて、アリシアは「あぁ、あなたもいるのね⁉」と安堵した。小さな妖精が、アリシアの指先をぐいぐいと引っ張る。

「な、なに⁉」

 戸惑う令嬢に、妖精は必死に『ママ! ママ!』と呼びかける。その真剣な雰囲気から、アリシアも察しが付いた。

「こっち? こっちに逃げて、って意味ね?」

 確かにその方向から、レオ達が争う声は伝わってこない。生まれたてかもしれないと聞いていた妖精の健気な仕草に、アリシアは胸がいっぱいになる。

「ありがとう、小さなあなた」

 礼を伝えつつ、自分をママと呼んでくれる者がいるからには守られるだけの立場に甘んじてはいられないと、アリシアは強く思った。


 令嬢が指示通り壁際にたどり着いた頃、レオは誘拐犯の男との間に一定の距離をキープしつつ、相手を問い詰めていた。

「近頃、このピオ村の周辺に姿を見せていた者の一人だな?」

「知らないねぇ」

 男の表情や雰囲気は飄々としていて、掴みどころがない。まるで、正体を隠して仮面をかぶっているようだ。

(だが、おそらくワント出身か、もしくはワントとの国境付近に暮らした経験があるはずだ)

 レオはそう分析する。誘拐犯の彼は、獣人であるレオが殴打しようとしても特別強い恐怖を感じる様子を見せなかった。それどころか、さっきレオが右手の爪で一撃を加えてから左の拳で殴るという二段攻撃に出た時、かわしきれないと見るや拳で頬を殴られるほうをあの短時間で迷わず選んだ。拳より爪のほうがずっと殺傷力が高いことを体が覚えていての反射反応だとしか思えない。

(獣人との闘い方に馴染みがあるということは、この男、ワントと無関係ではないだろう)

 ワントには、獣、人語を解する獣、獣人、人間と多様な生き物が暮らしている。ほぼ全ての国民が人間で、獣人はほとんどいないロアラの国民なら、獣人と拳や刃を交えた経験のある者など滅多にいないはずだ。獣人と言葉を交わすことさえ稀なのだから。

(この男、正体を隠す割に、あまり慎重ではない性格のようだな)

 試しに、レオは直球で尋ねてみることにする。

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