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第11話 明かされる事情、明かされぬ真実〈2〉

 アリシアは妙に照れくさく、思わず自分の傍らの妖精に慌てて話しかけた。無意識のうちに歩調が早くなる。村から森へ向かう時に通った道を引き返していく。道沿いのいくつかの花を、さっき蜘蛛に手向けた種類だ、と思いながらアリシアは眺める。晴天の下を進んでいると、鬱蒼とした森の中で過ごしていたのが嘘のようだ。

「そ、そういえば、あの火はあなたが?」

「それ、私も気になってました」

 ニナがアリシアの言葉に便乗して、妖精の顔を覗き込んだ。妖精はきょとんとしていたが、アリシアが「火、炎よ。私が何とか火を点けられないかと焦っていた時、あなた、あの蜘蛛を燃やしたでしょう?」と繰り返し説明するのを見て、尋ねられている内容が分かっているのかいないのか、薄い翅を開いたり閉じたりして何だか嬉しそうに笑っている。

「あの蜘蛛は、妖精を使役する者、とわたくしを呼んでいましたわ」

 アリシアが思い出しながらつぶやくと、レオが「あれはおそらく、アリシア様と妖精とで魔法を扱ったということではないでしょうか」と考察を共有した。

「いきなり火がついたわけではなく、まず枯れ枝や木の葉が現れた。木の基素エーテルと相性の良いアリシア様が火を発生させようとしたから、妖精が共鳴してあのようなプロセスをたどったのではないかと」

 レオの説明は、さすが魔法に詳しい獣人らしく道理が通って聞こえる。

「逆に、アリシア様が無意識に妖精へ働きかけていた可能性もあります。いや、そちらのほうがあり得るかもしれませんね。妖精を使役する、と蜘蛛が表現していたくらいですから」

「アリシア様、すごい!」

 ニナが感心し、アリシアは不思議な気持ちになる。つまり妖精は、自分のために魔法を発動させてくれたのだ。蜘蛛や子蜘蛛をためらいなく焼いて嬉しそうにしていたのを見た時は正直空恐ろしく感じたけれど、あの様子は魔法によって火を発生させられたことを純粋に喜んでいた結果なのだろう。

「まさか、こんなに小さなあなたに助けてもらうなんてね」

 アリシアが指先を差し出し、「ありがとう」と妖精の頭をその人差し指の腹で撫でた。妖精は、くすぐったそうに笑い、その爪の先に頬ずりするような仕草を見せる。

『……ママ』

「え⁉」

 思いがけない妖精からの呼びかけに、アリシアは大きな声を上げてしまう。

『ママ!』

 アリシアの反応が嬉しかったのだろうか、妖精は繰り返しそう呼んで満足そうにしている。

「ち、違います。わたくしは、あなたのママではありませんわ」

 言い聞かせても、妖精は聞いちゃいない。『ママ』『ママ』と懐いてくる。その様子はもちろん愛らしいのだが、アリシアにとっては後ろめたさにも似た引っかかりが心の中に生まれてしまう。

(あの蜘蛛の親子は死んでしまったというのに……)

 なのに、彼らを倒して残った自分達が疑似的な親子のように振る舞うだなんて、ちょっとグロテスクすぎやしないだろうか。いや、考えすぎか。こんな風に罪悪感のような感情を覚えることすらも傲慢かもしれない。随分長く森の主の一柱として生きていたらしいあの蜘蛛なら、そんな風に言いそうだ。

「あら! 妖精ちゃん、アリシア様はねぇ、まだママとお呼びするには若すぎるわ!」

 ニナが大真面目にそう言うと、キャスが思わず吹き出した。

「ふふ。そうよ、だってアリシア様、私のお姉ちゃんと変わらない年くらいだもの」

「あら、キャスにはお姉さんがいらっしゃるのね」

 アリシアとキャスが話すのを聞いて、テリーが首を傾げる。

「ん? あんたら、キャスちゃんとは知り合いなのに、メイジーのことは知らないのか? そういや、村で普段見かけない顔だよな……。キャスちゃんはどうしてこのお嬢ちゃん達と知り合いなんだっけ? 最初はレナルドさんがいないって聞いてどうなることかと思ったけど、なかなかやるよな」

 キャスが「あっ、テリーさんっ、アリシア様は……」と話そうとしたところで、すでに村にまで帰り着いていた一行を見て「キャスちゃん!」と村人が出迎える。

「よかった! 皆探してたんだよ」

 大事おおごとになってしまっているな……、と言わんばかりの顔つきで、キャスは苦笑する。そう大きくもない村だ、噂が立ってしまえば広まるのはあっという間である。

「皆さん、うちへご案内します」

 キャスがそう言って、アリシア達を誘導する。以前聞いていたように、キャスの住まいの敷地では秋咲きのミモザが黄色い美しい花をつけていた。青い空とのコントラストが美しい。キャスの案内した家の敷地内には、村人が何人も駆けつけていた。

「キャス!」

 庭先に出ていた若い女性が、一行を見つけて飛び出してきた。オレンジがかった蜂蜜色の髪は細かく波打つ癖っ毛で、それを一つに束ねている。エプロン姿の彼女に、テリーがいち早く「メイジー!」と手を挙げて応えた。メイジーと呼ばれた彼女は一目散にキャスに向かって駆け寄り、その体を抱きしめる。

「探したのよ! どこにも怪我はない⁉」

 うわごとのように「よかった」「本当によかった」と繰り返すこの女性が、キャスの姉なのだろう。外の様子を聞きつけて、家の中からキャスの両親と思われる男女も出てくる。

「キャス!」

「ああ! おかえりなさい、キャス!」

 父と母も、姉と一緒に少女をハグして、その無事を喜ぶ。一家四人の様子をアリシア達が見守る中、家の中からさらに数名が現れた。

「あっ、レナルドさん!」

 テリーがいち早く反応した通り、キャスの家から出てきた数名の先頭はレナルドだ。その後に続いた者達に、アリシアは一瞬身構えた。

(狼だわ……!)

 そういえば、レナルドは不審者対策に狼の獣人を揃えたと話していた。

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