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第11話 明かされる事情、明かされぬ真実〈1〉

 立ち上がったアリシアは、蜘蛛の遺骸をどうするべきか迷った。今、この蜘蛛を納めるサイズの穴を掘って埋め戻すのは現実的ではないし、すでに燃やされた体をさらに灰になるまで焼くのもちょっと抵抗がある。花を供えようにも薄暗い森の中で、見える範囲に花をつけた木もない。アリシアは仕方なくポケットに手を伸ばした。森へ入る前にテリーが摘んでくれた草花だ。モンスターが嫌うハーブなのに皮肉だろうか。でも、花を手向けてアリシアは弔いたかった。

 蜘蛛の上にぱらぱらと花を撒く。その様子に気付いたニナも、自分のポケットから花を取り出してアリシアと一緒に花弁を散らせた。焦げ臭い匂いと、爽やかなハーブの香りは不釣り合いだ。その分、忘れられない別れのフラワーシャワーとなりそうだった。


 一行が森の出入口へと向かう中、キャスが「皆さん、ありがとうございました」と礼を言う。

 恐縮する様子のキャスに、アリシアが「いいのよ。見つかってほっとしたわ」とフォローを入れた。

「そうそう、無事で何よりさ」

 テリーも笑顔でそう応じる。が、そのまま彼が「だけど、どうして森に?」と心配そうにキャスに尋ねると、少女はさらに申し訳なさそうな顔をした。

「あ、あの、私、一人で考えたいことがあって……ほんの少しの時間、外を歩くだけのつもりだったんです。ごめんなさい」

 キャスの泣き出さんばかりの表情にオロオロしたフォグが、「いえいえいえ! 謝ることなんてないですよ! みーんな、キャスちゃんを心配してただけです!」と喉元から上の羽毛を膨らませながら震わせて主張する。

「そうだよ、親父さん達、もう真っ青! って顔してたもん。早く帰って安心させてやろうよ」

 すかさず相槌を打ったテリーの言葉に、キャスは曖昧な笑みを浮かべるしかできない。家族への申し訳なさのせいなのか、少女の表情にさらに陰が差したのがアリシアは気になった。

「テリーさんの、元々レナルドさんを探しに来た時の取り乱しようったらなかったわ。こういうのは頻繁なことではないのでしょう? ……キャス、何かあったのではなくって?」

 やや声をひそめて尋ねるが、キャスは「いいえ、何も」と首を振るばかり。心配でたまらないアリシアだが、否定されてしまえば彼女が次にできるのは、そもそもの不審者情報の確認くらいしかない。

「じゃ、じゃあ、明け方に、村の外で怪しい人影を見たりはしなかったかしら?」

「誰もいませんでした。ですから安心してください」

 キャスの返事を聞いて、レオがふむ、と考える様子を見せる。

「怪しい人物がいなかったのは何よりです。不審者については、また別で対策を立てましょう。それにしても誰にも怪我がなくて、不幸中の幸いでした」

 そう言い終えたレオは、自らに刺さる視線に気付いた。真っ直ぐで裏表のない、素直な反抗心を乗せた視線。アリシアだ。

「マンジュ卿……あなたに確かめておかねばならないことがありましたわ」

 なかなかに喧嘩腰の物言いだ。

「キャスの救出劇について万事うまくいったと思っておられるようですけれど、わたくし、納得いっておりませんの」

 レオは、牧羊犬に導かれるままに動く羊さながらの純朴な眼差しで、一体なんだろう、と令嬢の言葉の続きを待った。一行の他の者達も、敢えて何も言わずにアリシアを見つめている。

「毒を持っている種類の蜘蛛かもしれないと、マンジュ卿ご自身がおっしゃっていたのですよ? なのに、結局何の対策を講じる様子もなく、蜘蛛の口や牙に触れて、武器も無しに自前の爪で戦っておられましたよね⁉」

 アリシアからの指摘に、レオは少しきまり悪そうな面持ちで「それは、そうですね……」と頷いた。

「でしょう? 結果として支障がなかったからよいものの、万一の事があったらどうなさるおつもりだったんですか?」

「いや、ご指摘の通りです。面目ない」

 レオは反論もせず、「正直、あの時は必死で……どうしたことか、考えるより先に体が動いてしまっていました。フォグおじさんより自分が若輩者なのはこういうところですね」と自己分析する。それがあまりにも嫌味のない様子なので、アリシアはよせばいいのにさらに言い募ってしまった。

「もともと、ご自身の身体能力を以てすれば蜘蛛を倒すことは容易だと豪語されていたではないですか。その上で慎重に毒を警戒していらっしゃったのに」

「えぇ、でもアリシア様を放っておけませんでしたから」

「……え?」

 予想していなかった言葉が返ってきて、令嬢は固まった。そして状況を思い出す。

 あの時レオが蜘蛛に立ち向かったのは、楽に倒せるからと驕っていたからではない。彼は、転んでしまった仲間を咄嗟に蜘蛛から庇おうとしたのだ。

(わ、私のせいだ──‼)

 顔から火が出そうな居たたまれなさで、アリシアは倒れそうになる。偉そうに説教を垂れておきながら、レオが無茶をするはめになった元凶は全て自分にあったのだ。

「わ、わたくし……」

 あまりに申し訳ない状況に頭が痛くなりつつも自分の言葉で説明しようとしたアリシアに少し先んじて、ニナが全力でフォローしようとする。

「あの! お許しください! アリシア様は、レオ様の身が心配でたまらなかっただけなのでございます!」

 それを聞いたアリシアもレオもびっくりする。「え⁉」と声が重なった。

「アリシア様が私の心配を?」

「わたくしがマンジュ卿の心配を?」

 テリーが思わず「いや、本人だろ。何で驚いてんだよ」とアリシアにツッコむが、彼女はそれどころではない。さっきの、どうして無茶をするのかとレオに問いただしたくなるようなイライラする自分の気持ちが、心配由来のものだとは思いもしなかったのだ。

(何だかすごく焦るような苛立つような感覚を味わっていたのだけど……、仲間が心配だからこそ本気で身を案じていて、それで怒っていた、ってことなんだわ)

 そう考えれば、今の自分の苛立ちの正体に納得できる気がした。心配だから怒りを覚えるなど、元の世界の優子からしてみればかなり自分本位な感情だと思うのだが、周囲を振り回す悪役令嬢の心の内側とはそういうものなのだろう。

「ありがとうございます」

 レオが礼を言ったので、さらにアリシアは驚いた。

「えっ、いえ、私は礼を言われるようなことは何も……」

「違うのです。実際、私はアリシア様に助けて頂いたも同然なのですよ」

「ど、どういうことなのでしょう?」

 森の出入口を抜けると、明るさが一気に増した。空にかぶせてあった蓋を取り外したようだ。時刻は、きっともう昼になっているだろう。太陽の位置が高い。レオが「順を追ってお話しましょう」と説明を始めると、全員がそれに耳を傾けた。

「アリシア様に防御魔法のお話をした時、私が集めた基素エーテルを預けたでしょう?」

「ええ」

「あの受け渡しの時、わずかですが互いの基素エーテルが混ざり合いました。私はお渡しするだけでなく、アリシア様から受け取ってもいたのです」

 そう言われたアリシアは、レオと自分の手が触れた時のことを思い出す。確かに、あの瞬間、基素エーテルが混じる実感があった。レオが歩きながら、彼の爪をアリシアに見えるようかざしてみせる。

「私の爪そのものは、そこまで大きな代物ではありません。アリシア様が混成魔法によって強度のある盾を生んだのと同じく、アリシア様から受け取った基素エーテルを活用することで、蜘蛛に触れる爪の表面などをガードして強化することができました」

「そうなのですね……」

 アリシアには混成魔法というものが今ひとつまだよく分からない。それでも、卒業要件となっている複合基素結晶レペティティオ・クリュスタルスには、いつか意地でもたどり着かねばならないのだ。こうやって、魔法についての知識をわずかずつでも得ていくことは、きっといつか役に立ってくれるだろう。

「はい。ですから、私が毒の憂いなく戦えたのはアリシア様のおかげです」

 レオのストレートな言動は、言われた方が戸惑うくらいに屈託ない。

 フォグが、レオ坊、と呼んでいるのを初めて聞いた時は不釣り合いな呼び名だと思ったアリシアだが、こういう少し幼さの残るレオの様子を考えればそれも頷けようというものだ。

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