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第10話 恵みと畏れの森〈4〉

「だ……だとしても、悠長に構えていられませんわ!」

 令嬢の言葉に同調するように、妖精も何かを身振り手振りで訴えようとする。

 テリーが「嬢ちゃんの言う通りだ」と、忌々しそうに木の方を睨んだ。

「早く連れ帰ってやりたい。

 獲物を罠にかけるつもりならフォグさんの言う通り網を張ってるはずだし、キャスちゃんを捕まえられるくらい大きな蜘蛛ならとっくにこっちを狩りに来てるだろ。留守にしてるなら好都合だ」

 それを聞いたニナが、「じゃあ、今が助け出すチャンスってことですか?」と尋ねる。アリシアは、木の上に囚われたキャス、一緒に森へ来てくれた面々、ここまで導いてくれた妖精を見つめ、決意を固めた。

「マンジュ卿」

 令嬢の声が、鬱蒼とした森の中で凛と響く。

「この中で、奮う力に最も優れているのは貴殿でしょう。本来部外者であるあなたに頼るのはお恥ずかしいことですけれど、どうかご助力願います」

 アリシアの真剣な眼差しにレオはしばし考える様子を見せたが、やがて「……不測の事態となった時、全員をカバーできる自信は正直ありませんが、できることはぜひ」と歩み寄った。その上で「アリシア様、防御魔法は扱えますか?」と尋ねる。アリシアは、今ここで自分が魔法で何かできるとは考えてもみなかったから少し戸惑った。

「わ、分かりませんが、盾のようなものならおそらく……」

「ゆっくり基本からレクチャーしている暇はありませんから、疑似的な混成魔法で盾を構築して頂きます」

 有無を言わさぬレオの姿勢に、アリシアは勢いに流される形で頷く。

「私が集めた基素エーテルをお預けします。その性質構成はアリシア様が自力で集める基素エーテルとは異なるはずですから、両方を使って盾を形作ってください」

「分かりました」

 説明しながらレオが「お手を」と獣の手を差し出した。爪を軽く握り込んだ仕草から、今回も獣人の彼の気遣いが伝わる。令嬢が指先で触れた。異なる基素エーテルが混じり合うのが分かる。レオが扱いに長けている基素エーテルが風だと聞いたせいだろうか、何だか胸の中に強く風が吹き込むような錯覚をアリシアは味わった。

「アリシア様がこのやり方で防御効果の高い盾を構築できるのは、おそらく一度限りです。耐久時間も長くはないでしょう。使いどころの見極めをお願いします」

「感謝いたします、マンジュ卿」

 令嬢は胸元に手を添える礼の姿勢を取る。妖精が、どこか嬉しそうな様子でアリシアとレオの周りを飛び回った、続いて、テリーが中心になって段取りを確認してゆく。彼の手によく馴染む仕事道具の手斧は、体に沿わせたベルトに一旦収納していた。

「フォグさんは蜘蛛野郎が戻って来ないかどうか、見張りを頼む。俺は魔法のことはよく分からんが、お嬢さん方は 自分の身をちゃんと守れるようにしててくれ。で、俺とレオさんとでキャスちゃんを助け出して来よう」

 めいめいがそれぞれに頷き、テリーがレオに質問する。

「レオさんは木に登れるかい?」

「ええ。でも、早く立ち去ることを考えるなら、身軽なテリーさんが蜘蛛の糸からキャスさんを助け出して、木の下で待機する私が彼女を受け止めるというのはどうでしょう?」

 進む打ち合わせを横目に、ニナがアリシアに「すみません、私も何かお役に立てればいいのですけれど」と少ししょんぼりした表情で告げた。

「そんなことないわ。わたくしも似た立場だし、人は誰でも得手不得手があるものよ」

 アリシアはそう言って、自分の役割を改めて思う。キャスを無事に連れ出せたなら、一目散に森の出口を目指すことになるだろう。もしも蜘蛛が追って来るなら、自分の魔法の力を何とか役立てたい。どんな状況になるだろうかと思い巡らせていたアリシアの顔を、妖精が覗き込んだ。服装やはねの様子にばかり気を取られていたが、その面差しをよくよく見れば何となく目鼻立ちに親しみを感じる。ミニチュアサイズであるせいか、別に赤ん坊の見た目というわけでも幼子の姿でもないのに、何となくまだ大人になりきれていないような印象を受ける。表情は天真爛漫で快活だ。淡いグレージュ色の髪はふわふわしていて、高い位置で一つに結わえられている。揺れるさまは、元気いっぱいの仔馬の尾のようだ。緊迫している状況なのに、緊張をほぐしてくれる妖精の振る舞いのおかげで、アリシアは落ち着きを保てているような気がした。

 レオとテリーが「お気を付けて」「じゃ、行ってくる」とアリシア達に伝えて、木の方へ向かっていく。フォグが「ご武運を」と言い添え、令嬢も同じように祈った。


 この時のテリーは、正直なところ状況を侮っていた。

 もちろん、キャスを助けたいう動機は本物だったし、彼が真剣さに欠けていたわけではない。それでも、敵の脅威が付近になさそうだという分析は、無自覚の内に気のゆるみを招いていた。

「じゃ、打ち合わせ通りに」

 そう言って木に足をかけるテリーの体を、レオがサポートして押し上げる。

「何かあったらすぐに呼んでください」

 レオの申し出に頷いて、テリーはキャスの囚われた場所まで登っていく。小さな頃から木登りで遊ぶのが当たり前だったからたどり着くのは容易だ。

「うわ」

 思わず声が漏れて、テリーは顔をしかめた。

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