だからこそ、令嬢も軽い気持ちで言い返したのだ。
「ええ、わたくし、大いに強情でワガママですの」
「……今の私は、ピオ村の周辺に現れた不審人物の目撃情報や噂を元に動いているわけですが、世の噂の全てが信に足るものではないと、アリシア様とお話する機会を得た今は思っていますよ」
「そ、それはどうも」
一瞬、アリシアは自分が何と返事するべきか見失った。レオからの返答は、軽口めいたアリシアの言葉にも真摯に向き合うからこそ生まれたものだ。元の世界ですでにゲームプレイヤーから悪役令嬢と呼ばれていたアリシアがさらに悪辣になった状態で付いて回る悪評と、実際に彼が目にしたアリシアの言動とを天秤にかけ、レオは後者を信じると肯定した。それは、アリシアにとってかなり大きな意味をもたらす言葉となる。
(女神様が裁いたくらいだから、かつてのアリシアはきっとよほどひどい人だったんだろうけど……)
優子がこの世界にやって来て以降は、ライザやルーシィの言う通り義を重んじているつもりだ。だからこそ、色眼鏡で見ることなく接してくれるレオがありがたいと思える。
(今の自分は間違いなくアリシアであるというのに、これまでの行いについてはまるで他人事のように考えて……。我ながら、虫のいいことね)
自嘲ぎみな心境のまま、アリシアは森へ向かう。集落の外には畑があり、青々としたレタスや菜花が植わっていた。休耕中の畑では羊がのんびりと草を
「あの森はどんなところなの? キャスが普段行きそうな場所なのかしら?」
テリーは少し考えて、「仕事場だな」と答えた。
「豚を放して育てたり、
ニナが「うちの田舎より随分大きそうな森だなって思ってたんですけど、危険じゃないんですか?」と心配そうに尋ねる。
「怪物が嫌がる草やら花の匂いをさせておけば、しょっちゅう鉢合わせするわけじゃない。だけど……女子供が好んで寄り付くようなとこじゃないな」
答える青年の表情は、キャスを案じて不安げだ。それでも「ほら、こういうハーブだよ」と言いながら、テリーは道端の草花を手早くいくつか摘んでみせた。
「乾かしたヤツを、こうして下げておく」
見れば、テリーのチュニックの腰ベルトには革ケースに入れた手斧だけでなく、ドライハーブの小さな花束が吊るしてある。
「さすがロアラの方は草花の目利きが達者ですねぇ。ワタシにはなかなか」
フォグが感心する様子を見せて、テリーが「乾かす前でも多少は役に立つよ。お嬢さん方、ポケットにでも忍ばせておきな」とアリシアとニナのために何度か立ち止まって花を摘んだ。
いくつかの畑を過ぎると、人が何度も行き交ったために自然と生まれた道沿いに木々の数が増えてくる。気付けば、森の入り口がアリシア達のすぐ目の前だった。
森に分け入った途端、ニナが声を上擦らせた。
「う、うぅ、外から見てる分にはきれいな森だなって思ってたのに……」
「あら、空気がひんやりしていて気持ちいいじゃない。まさに森林浴って気がするわ」
平然としているアリシアに、ニナが「アリシア様、怖いもの知らずすぎます!」と嘆く。確かに、森の中へ深く分け入るほどに所々で多くの木々が日光を遮って空気は湿っぽいが、アリシア自身が元々木の
「キャスちゃーん!」
「キャスー!」
口々に名前を呼んで行方不明となっている少女を探すが、それらしい姿はなかなか見当たらない。見つけられるのは、倒木から生えるキノコ、グミやクサイチゴの実、ドングリから伸びてきた数々の芽くらいのもので、アリシアは森の生命力や豊かさを感じつつ顔見知りの少女の痕跡がどこかにないかと目を皿にする。
一行がキャスを何とか見つけようとする中、レオがフォグに尋ねた。
「フォグおじさん、森を住みかとする鳥類に話は聞けませんか?」
残念そうにフォグは首を振る。そして、「初めて入る森の中は、まずダメなんです」としょんぼりした。
「顔馴染みの村の小鳥とは違って、森の鳥は縄張り意識が強いですからね。どうしても警戒されちゃうんです、ワタシ」
その答えを聞いていたのかいないのか、木々のざわめきに混じってギャアギャアと鳥が警戒しているような鳴き声が響く。どこか不気味な感じがして、思わずニナは身震いした。
森の中を進んでゆく。アリシアは目と耳を人探しに割きながら、自分が引っかかっていた言葉のことをふと考えた。
(山とか森で人が消えちゃうのを、神隠し、って呼ぶのは、まぁ日本語としては普通だけど……、でもそれってこのライゼリアではどういう意味を持つのかしら……?)
どうしても気になって、「あの、テリーさん」と呼びかける。
「キャスちゃんがいなくなったこと、神隠し、っておっしゃってましたわね。それって、女神ライザと何か関係があるのでしょうか?」
「えっ、いや、どうだろう、分からないな。そんな細かい言葉の意味、考えたこともなかったから」