「こ、混乱してきましたわ……」
レオが自分より年下なのか年上なのか、どう捉えるべきかよく分からない情報に困惑するアリシアに、レオが「年齢はこの際無視してくださって構いません」と会釈した。
「前評判やプロフィールより、その人自身を見ることが一番大切だと、私はアリシア様から教わったのです。友人を決して傷付けはしないと真剣に怒るあなたを見てね」
「あっ、あの時は夢中で……混成魔法を自分が扱うだなんて思いもしませんでしたし……」
ルークの前での魔法の暴走をレオが止めてくれたことを思い出して、アリシアは気恥ずかしい。同時に、レオは何度も自分に力を貸してくれているのだと改めて感じる。
「マンジュ卿には助けて頂いてばかりですわ」
「いえ、単に偶然が続いただけのことですよ」
水車小屋の前。アリシアとレオの会話は途切れず、ニナ、フォグ、レナルドはその様子を眺めていた。ニナはアリシアの恩人とも呼べるレオの様子を興味と共に眺め、フォグは昔から馴染みのレオが立派に成長した姿を感慨深げに見守り、レナルドはおそらく初対面であろうレオの姿に圧倒されているように見えた。アリシアが、感謝の言葉を引き続き口にする。
「今回の件に関しても、ポーレット家を代表してお礼を言わねば。
フォグさんに話を聞いて、助けになれればとこの村に来られたのでしょう?」
「ええ、少しだけ下調べをして。でも、私の方にもメリットのある話なのです。このピオ村はワントと近いですから、治安に関するトラブルの芽は摘んでおくに限ります」
二人のやり取りを聞いていたフォグが、「いやー、こんなにアシリア様とレオ坊の仲が良いとは。こりゃ怪しい人間を見つけて解決するのも時間の問題ですな!」と翼を広げて何度か震わせ、嬉しそうに頭を上下させた。
「あっ、フォグさん! お嬢様のお名前はアリシアです」
ニナがすかさず訂正し、フォグは「あぁ! すみません! 商売関係はあまり間違えないのですが、長い友人の名前はどうも」とうなだれる。
「うーん、アリシア様のお名前も、さっき間違えてたレナルドさんのお名前も、そう長くないかと思いますけどねぇ……」
首を傾げたニナが「あっ、でもさっき、ポーレットって名前はちゃんと呼んでくださってましたよ!」と指摘する。
「ポーレットはね、ちょっと鳥に関係する響きの言葉なんですよ。だから大丈夫なんです」
「へぇー、そうなんですか。
じゃ、レオさんのお名前はばっちりですから、やっぱりアリシア様のお名前は長く感じてしまうのですね……。あっ、なら、私の名前はどうですか? ニナっていうんです」
ニナがそう言って自らを指差すと、フォグは無言で目をぱちくりとさせた。
「……ニナさん! 覚えました! あぁ、素晴らしい名前だ!」
ご機嫌なフォグがあまりにもニコニコと微笑ましそうに「いやぁ、それにしても仲がよろしい!」と自分達を見るので、アリシアとレオはほとんど同じタイミングで「いえ」「そういうわけでは」と慌てて口にした。そんな中、その場で話の流れを作ったのはレナルドだ。
「あの、次の仕事もあってそろそろ失礼しようかと思うのですが、フォグさん達が今後どのように過ごされるのかお聞きしておいてもいいですか? 見回りをされるとか、どこかにとどまって往来を見張るとか」
フォグはきょとんとして「そうですねぇ、ワタシは明後日にピオ村を出る予定です」と答え、それを受けてレオが「フォグおじさんの身の回りのトラブルを防ぐだけでなく、ぜひ怪しい人物を特定したいところですが……少し時間が足りないかもしれませんね。でも、店を出す広場周辺は見回っておきます」と考える仕草を見せた。アリシアはあまり行商の仕事に詳しくないので、「すぐにご出発になるんですね」と驚く。
「大きな街ならいざ知らず、滞在は短い方がいいんです」
「あら、そういうものなのですか?」
ついアリシアが興味を持って相槌を打つと、フォグは嬉しそうに語りだした。
「ええ、ええ、お客は今を逃したらもう買えないと思って即決してくれますからね。買い逃したと思ったお客もワタシがワントへ戻る帰り道にまたこの村に寄った時、きっと買ってくれます。それに帰り道には、行きがけにはなかった品も訪問先で新たに仕入れて商品に追加していることが多いですから、お客はまた見に来てくださるんです」
アリシアとニナに向かって得意げに解説をするフォグに、レナルドが「ワントの商人さんが来てくれるのを、村の皆はいつも楽しみにしているんですよ」と笑顔を見せる。
「今回のフォグさんの店も、また覗きにいきますよ。じゃあ、私は装蹄の仕事がありますので一足お先に」
レナルドがアリシア達に挨拶をして、川沿いの道を集落の方へ向かって戻ってゆく。その時、ふとアリシアは視界の端に小さな光が横切るのを感じた。川の水の反射か、それとも虫かと思ったがどうも違う。
(そういえば、さっきレナルドさんも虫を払っているみたいだったわ)
どうにも気になって、アリシアは周囲を見回した。二階建ての水車小屋。もうすぐ昼になる時刻の太陽。広い青空。川の流れる水音。道に生える草。晩餐会で見た時よりも、やや慎ましい装いの黒いコート姿のライオン型獣人のレオが、風を浴びながらどこか遠くを見ている。側付きメイドのニナはというと、行商を営む鳥型獣人のフォグと一緒に長い名前を覚えにくいだのなんだのという雑談で盛り上がっているところだ。さっき感じた光のちらつきは見当たらない。