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第9話 はぐれ妖精〈5〉

 レナルドは「困ったものです」とため息をついた。

「それで対策として、私の方で知り合いの方に協力をお願いしたんです。自警団というと大げさなんですが、村の空き家を拠点にして頂こうと思っています。行商の方がよく使うルートの見回りや希望があれば護衛についてもらう予定です」

「……でも、ハイイロオオカミでしょ。ちょっと苦手なんですよ、ワタシ……乱暴だし」

「狼?」

 身震いするジェスチャーで怖がるフォグの言葉に、アリシアが引っかかる。レナルドが「狼の獣人セリアンに依頼したんですよ」と、その疑問に答えた。

「だって用心棒をしてもらうなら、強い方でないとお願いしても仕方ないでしょう?」

 レナルドは「失礼。話をしながらですみませんが、作業を済ませてしまいますね」と挽き終わった麦粉のうち、自動的に傾斜を流れ落ちて布袋に収まっていなかった分を刷毛で丁寧に集めていく。

 用心棒には腕の立つ者を、というレナルドの言い分はもっともだが、フォグは不満げな様子だ。

「でも、オオカミって内輪以外には容赦ないし、群れてる羊を食い散らかすし、そりゃあ獣人セリアンタイプなら会話はまぁできますけど、自分ルールが過ぎるんですよ。ワタシも、ずる賢い狼獣人ワーウルフを何人も見たことあります。チーム組んで馬車強盗や野盗を生業なりわいにしてるような輩は、他の種類の獣人と比べたら明らかに数が多いでしょ? 警戒して当然ですよ」

 馬車強盗、という言葉を聞いて、アリシアは、婚約破棄を言い渡された晩餐会で、ジェイドの乗っていた馬車がトラブルに遭ったという話を思い出した。具体的な内容は聞いていなかったけれど、あれも同じようなトラブルだったのだろうか。

 狼を毛嫌いするフォグの言葉に、レナルドが少しだけ嫌そうな顔をした。村の代表として対策を取ったのにこの言われようでは、確かに気分を害するだろう。だが、フォグはレナルドの表情の変化にまるで気付いていない様子で、「それでですね、ワタシも知り合いに助けてもらうことにしたんです」と胸を張った。

「昔から馴染みのお宅の息子さんなんですがね、話を聞いたら、それはぜひ力になりましょうって言ってくれてね。若いのにしっかりして、いい子ですよ。今年で十七だったかな」

「あら、じゃあお嬢様と同い年ですね」

 ニナが言うのと、レナルドが「その人は今どこに?」と尋ねたのはほとんど同時だった。

「ワタシの今回の行商に合わせて、ピオ村に来てくれることになっているんです」

「そうですか。なら、到着されたら、通り沿いの蹄鉄看板を目印にうちの家へ来るよう伝えてもらおうかな」

 レナルドの言葉を聞いていたフォグが、明かり取りの窓の方に視線をやってから「やや、噂をすれば、あの子が村に着いたようですよ」と嬉しそうな声を上げた。窓枠には、小鳥が二、三羽止まっていて、何かを朗々と囀っている。フォグも同じようにやや長めの鳴き声を響かせた。返事をしたのだろう。

 麦粉をまとめ終えて布袋の口を縛るレナルドが、「さて、朝の粉挽きは終わりました。アリシア様にご足労頂いて失礼しました」と挨拶する。ニナが「お疲れ様でございました」とねぎらった。レナルドは麦粉の袋の一つを担いで、一行に階下へ降りるよう促す。

「では、集落の方へ一緒に戻りましょうか。扉を施錠して、小屋脇の水門を閉めて来ようかと思いますので、少しお待ち頂けますか」

 全員が階段を降り、扉を出たところで、扉に鍵をかけるレナルドに「あの」とアリシアが申し出た。

「さっきの不審者についての対策ですが……お聞きしたところ、腕っぷしという意味では、わたくしがお役に立てることは少ないかもしれません」

 殊勝な台詞だが、押しの強いアリシアの言葉は自らの主張を相手に飲ませようという無意識の威圧感に満ちている。

「ですが、領主の娘として、わたくしも何か村のためにお力になりたいわ」

「……そういうことでしたら、夜に森へ入る許可を頂けませんか? 普段は規則で領主様に禁じられていますが、夜も森に自由に出入りできたなら、不審な人物を追いかけたり、特定したりするのが随分やりやすくなると思うのです」

 一理ある、とアリシアは思った。「つまり、それは……」と彼女が内容を整理しようとした矢先、「ん? 何だ? 虫か?」とレナルドが自分の周囲を手で払うような仕草を見せる。

「大丈夫ですか?」

「いえ、何かが周りをちらついて……」

 よく見えない何かを邪魔そうに追い払うレナルドが、ハッと何かに気付いたように周囲を見回した。遠くをうかがうような素振りを見せる。

「フォグさん! ひょっとしてあなたの知り合いって、こちらに向かっていらっしゃるんですか?」

 名前を呼ばれたフォグが、「ええ、そうみたいですね」とのほほんとした表情で相槌を打った。

「さっき、窓の外の鳥達を伝言係にして、レルナドさんの家の蹄鉄看板の話と、ワタシが水車小屋にいる話をしたんです。だからきっと、ワタシと合流しに来たんでしょうな」

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