ニナとアリシアは頷き合い、壁沿いに造られた階段を上がってゆく。二階中央の床には大きな石臼が据え付けられていた。石臼の上には木製の漏斗がセッティングされ、その漏斗の中へ男性が布袋から穀物をザラザラと入れているところだ。布袋は梁に掛けた滑車が吊り上げていて、大規模な製粉場ではないけれど工夫された小屋であることがうかがえた。男性は作業を一旦止めて、石臼の脇に作ってある穀物投入用の小階段から降り「どうも、レナルドです」と挨拶した。
自分と同じ床面に立ったレナルドを見て、アリシアは背が高いな、と思った。チュニックに革ベストを合わせ、口元には布を巻いている。布の理由は聞かなくても明白だ。小屋の中の空気は粉っぽく、長時間ここで作業をするなら必須だろう。もう一人の男性はこちらに背を向けていて、白い羽根飾りのついた帽子をかぶっていた。
「お仕事中にごめんなさいね。アリシア・ポーレットです」
「ポーレット!」
アリシアの自己紹介に即座に反応したのはレナルドではなく、フォグと呼ばれていた男性だ。振り向いたその姿が予想外で、アリシアとニナは目を丸くする。
(とっ、鳥だわ!)
鳥の獣人。アリシアが鳥タイプの獣人を目にするのは初めてだ。帽子に羽根飾りがついていると思ったのは間違いで、その白い羽根は彼自身のものだった。目元から後頭部にかけての羽根は
(カラフル……)
慣れるまでは目がちかちかしそうな極彩色に見とれるアリシアに、フォグが膝を突いた。
「領主、ポーレット様! 随分お若い! お初にお目にかかります、行商を営むフォグと申します」
「はじめまして、フォグさん。
あの、すみません、わたくしはポーレット家の者ですけれど、領主ではないの。領主、ジョージ・ポーレットの娘です」
「ははぁ、
「気にしないわ。それより、とても美しい彩りの羽の色ね」
「あぁ、ありがとうございます! ハチクイドリの一族なのです。細かく言えば、シロビタイハチクイです」
「アリシア様、お会いできて光栄です。村民の代表を務めるレナルドと申します」
「レナルドさん、顔をお上げになってください。故あって謹慎の身ではありますが、何か村のためにわたくしができることがあればぜひ、と思っておりますの」
アリシアの脳裏に浮かぶのは、学院長のソフィアと約束した卒業要件の一つだ。荘園産業で生み出した利益額の寄附。そのためにも、何かしなくては。
レナルドは、アリシアの申し出に恐縮の表情で首を振った。
「ジョージ様からお手紙頂いております。いえ、お気を遣わず、どうぞごゆるりとお過ごしください。入用の物がありましたら、できる限り──」
「そんなにゆるりとしてはいられないでしょう、レルナドさん! こんなに安全が脅かされているというのに!」
立ち上がったフォグの穏やかでない表現に、アリシアがその翡翠色の瞳をわずかに見開いた。
「安全が?」
「そうです! 不審な輩が道中付け狙ってくるようでは、安心して商売ができません」
レナルドが「ちょ、ちょっとフォグさん! 対策は済んでますし、実害が出ていない段階でご令嬢にご心労をおかけするわけには……」とフォグの主張を止めに入る。
「アリシア様……」
思いがけない状況に、様子を静観していたニナがちらりとアリシアを見やった。
アリシアが考えていたのは、村の教会でルーシィから受けた助言の数々についてだ。
『ずばり! 荘園再建ね!』
『あなたが、このピオ村に来たのは必然だってこと』
『一歩村の中に入ってみれば様々な問題が出てくるの』
(い、言ってた! ルーシィちゃん言ってた!)
これは、何らかの形で自分が介入しなくてはならない事態なのではないだろうか。アリシアは咳払いし、「お話、詳しく聞かせて頂きたいわ」と、レナルド、フォグ、それぞれの目を見て告げた。
まず話し始めたのはレナルドだった。
「一週間ほど前でしょうか、村の中で特に異変の報告はないのですが、行商で周辺を回る複数人から、誰かに尾けられているようだ、という話が出始めました」
「ワタシも! ワタシもアヤしい人間を見たんですよ!」
フォグが、ジェスチャーを交えて説明を補足する。レナルドからの情報共有は続いた。
「場所や時間帯は一定ではありません。共通しているのは、若い男のようだということだけです」
「目撃証言によると身長はバラバラ! 単独犯ではなさそうです!」
真剣みを帯びつつ、どこかワクワクした表情のフォグの様子を見るに、事件解決のために自分も何か役に立とうという気持ちと、非日常に対する冒険心が抑えられない心境が手に取るように伝わってくる。