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第8話 セカンドチュートリアル〈1〉

 教会は木造だ。通い慣れていた王立学院が石造りだったこともあり、アリシアの目には新鮮に映った。細い木のボードが並んだ板壁はなかなかに古びている。もちろん三角屋根も板葺きだ。その屋根の上には小さな鐘楼がある。この音を、ピオ村の住民は朝な夕なに聞いているのだろう。

 きしむ扉から聖堂に入ったのはアリシア一人だった。外から見ると薄暗そうな印象だったが、思ったより中は明るい。すでに燭台には火が灯されている。正面には女神像。礼拝に訪れる者が座るための三、四人掛けの席が横方向に二台並んで置かれ、それが五列ほどあった。学院の講堂に比べればずっと小規模だ。明かり採りの小さな窓から夕焼け色の光が差し込み、それがちょうどスポットライトのようにライザ像に至る通路を照らしている。

「どなたかおられませんか?」

 アリシアの声が反響するが、答えはない。令嬢は女神像に視線を向けた。ライゼリア全土で信仰を集めるライザだが、その姿は各地によって異なる。今、アリシアの目の前にある石膏のライザ胸像はヴェールをかぶって目を伏せ、花瓶に活けた花が捧げられていた。

 教会の人間が不在ならまた改めよう。ライザは、せめて女神像に挨拶を、とその正面に立った。胸像の後ろの壁に、ライザを称えるタペストリーが飾られている。見覚えのある文字列が織り込まれていた。アリシアは腕を交差させて両の手のひらを胸元に添え、タペストリーに織られた一文を読み上げる。

「── 義を尽くし、愛を為せ。女神ライザの名のもとに」

 アリシアは、自分の発した言葉が文字として浮かび上がり、まばゆい夕陽のように輝くのを目の当たりにする。強い既視感。

(あっ、これって……!)

 光の粒が集まり、像を結ぶ。やがて、見覚えのある少女がアリシアの前に現れた。

「久しぶりぃ、アリシア!」

「ルーシィちゃん!」

 『魔奇あな』ファンの全員──と言うと主語が大きすぎるけれど、皆大好き愛され幼女、天の使い、ルーシィちゃんである。小学一年生くらいの見た目をした彼女は、白・ピンク・紫がグラデーションとなった立派な翼を背に生やし、今日もトレードマークの白いワンピース姿だ。話すたびに、栗色のボブ丈姫カットの髪が揺れる。

「調子どーう? まさか王都にいられなくなるとはねぇ」

「う……ほんとまさかの展開で、これからどうしたものかって……」

 ばつ悪そうに視線を外すアリシアに、「というわけで、セカンドチュートリアルでぇす!」とルーシィは笑顔を見せた。勢いに押され、「おぉ~」とアリシアがパチパチと拍手する。

「ずばり! 荘園再建ね!」

「……荘園再建?」

 アリシアは首を傾げる。

「どういうこと?」

「あなたが、このピオ村に来たのは必然だってこと」

 必然? ピオ村の再建? アリシアには、ルーシィの意図が分からない。

「わたくしはポーレット家の家業の仔細全てに詳しいわけではないけれど、このピオ村から納める税額に大きな問題はないはずよ」

「書類上はね。でも、一歩村の中に入ってみれば様々な問題が出てくるの」

 ルーシィは妙にはっきりと言い切る。それでも、アリシアは今ひとつ納得いかない。

「そんなことより、もっと教えてほしいことが他にあるのだけど……」

「でしょうね。でもこのピオ村を救うことが、学院長とのあの約束を果たすためにも、あなたが義を尽くし愛を為すためにも不可欠なの」

 そう言われて、アリシアはハッと目を見開いた。

「ま、まさか、大善を知る雫の手がかりってこと⁉ あの結晶の作り方、ルーシィちゃん知ってるの⁉」

 ルーシィは話しながらくるくると中空を飛び回り、「うーん、どう言えばいいのかなぁ?」と考える様子を見せる。

「過去に作られた複合基素結晶レペティティオ・クリュスタルスを知ってはいるけど、その製法について、今教えられることは何もないわ」

 期待した分当てが外れて、アリシアは露骨に落胆する。

「えー、それじゃあ、これからのチュートリアルにならないじゃない……」

「まぁ落ち込まないで。焦っちゃダメよぉ。あなたに思い出してもらうことも、今回ピオ村を再建するために会いに来た理由なの。元の世界で、あなたはどんなことを仕事にしていたかしら?」

 ルーシィの無垢な蜂蜜色の瞳で見つめられると、アリシアはがっかりした落ち込みを抱きつつ、素直に答えなくてはという気になる。

「食品メーカーの営業や事務ね。ネオフーズ、ってところ」

「……っていうと?」

 さらに問うルーシィに「うーん、作った商品をデパートで取り扱ってもらったりとか、飲食店に売り込んだりとか……」とアリシアは説明する。ルーシィは幾度か頷いた。

「そう。そうやってあなたは生活を営んできた。あなたを取り巻く全部は繋がってるし、無意味なことなんてないの。元の世界での仕事も、このライゼリアで絶対関わってくるはずよ」

 それを受けて、アリシアは「そういうものなのかしら……」とつぶやいてから、「あっ」と声を上げた。

「つまり、これってひょっとして、このピオ村で六次産業的なことをやんなさい、ってこと⁉」

「ろくじさんぎょー?」

 聞き慣れないらしい言葉に首をひねるルーシィに、「えっとね、ピオ村で作物を作るだけじゃなくって、加工したり流通させたり、他のいろんなこともピオ村の人達でやっちゃうって感じかなぁ」とアリシアは言葉を加える。

 ルーシィは「なるほどねぇ……あっ、でもピオ村の人だけじゃダメよ」と忠告する。

「そうなの? 他の村の人も必要?」

「うん。この村で過ごしていれば自ずと意味が分かるはずよ。ワントと近いこの村は、獣人セリアンと無関係ではいられないから」

 ワント。獣人セリアン

 アリシアは、レオのことを連想する。

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