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第6話 王都追放〈11〉

 常春のロアラ、と呼ばれるほどロアラの冬は他国よりかなり温暖で短い。通常の温室は冬の間に活躍するものだが、学院の温室は一年を通して研究や鑑賞用の植物であふれている。ガラス張りのサンルームはこじんまりしていて、釣鐘型の可愛らしいデザインだ。高めの気温や湿気を好む植物のためにガラスを用いた蓄熱体が置かれ、その効果は魔法によって増幅されている。

 その温室のすぐ外に、白くペイントされた金属製のテーブルセットがある。アリシアは周囲の優しい静けさを感じ取って、改めて三人に礼を伝えた。

「わたくしの噂について気になっていたでしょうに、こうやって人気ひとけのない場所に来るまで話に出さず待っていてくださってありがとう」

 ヘルガ、イリナ、ミラは一瞬きょとんとする。そして、小さく吹き出したり微笑んだりした。ヘルガが「そりゃあ気になりますよ、心配ですもの」と笑ってから、アリシアに向かって真剣な目をする。

「──でも、無粋なマネはごめんです」

「さ、お昼にしましょう、アリシア様。食べながら食べながら!」

 ダイニングで詰めてもらったバスケットから、イリナがクロスを取り出してテーブルに広げる。バスケットの中には、それぞれの注文したサンドイッチやベーグル、皿、カップなどが入っていた。すず製の水差しも食堂から借りていて、ミラがハーブ入りのレモン水をカップに注いでいく。四人がめいめいに準備をして、昼食のテーブルが調った。

「いただきます」

 アリシアがオーダーしたのは、黒パンのサンドとフルーツサンド。黒パンの原料はライ麦で、パン生地のほのかな酸味とハムの薫香や旨味、チェダーチーズのコクがマッチして滋味深い味わいだ。食べてみるまで気付かなかったが、ごく薄いオニオンスライスが挟まれていてアクセントになっている。

 普段なら、王立学院謹製のライゼリアフードをコラボカフェ以上のクオリティで食べられる喜びに打ち震えたいところだが、今のアリシアの心境と状況ではそうも言っていられない。

「……わたくし……」

 そう切り出しかけて、何から説明したものだろうかと迷ってしまうアリシアに、ミラが「今朝、私、胸がすく思いでしたよ」と清々しく言い切る。

「アリシア様が巻き込まれたひと悶着、私見ていたんです。加勢に行けずすみません、あまりにアリシア様の魔法が素早く鮮やかでしたから」

 うっ、と気まずそうな表情で、アリシアは「そ、そうなのね……。お見苦しいところを露呈してしまったわ」と返事する。

「見苦しいものですか。あんな風に基素エーテルを操るアリシア様は初めて見ました。一歩間違えれば暴力的だと咎められるかもしれませんが、あの共鳴は素晴らしかったです。何か新たに手ほどきをお受けになったのですか? 私達四人の中では、一番アリシア様が魔法に長けているとは思っていましたが、前よりずっと木の基素エーテルと調和しているように見えます」

 聡明なミラは、普段口数が少なめだが、興味のあることに関してはすらすらと言葉が出てくるタイプだ。アリシアは、そう言われて素直に自分の思いを述べる。

「新たに教わったということは特にないのだけど……。今朝、私は別に魔法を使おうとか基素エーテルの力を借りようとか思っていなくて、ただ言いたいことを一方的にぶつけてしまったの。制御できていなかっただけなのよ」

「そうでしょうか? 本当に制御不能だったのなら、相手を傷付けてもおかしくないシチュエーションでした。無意識にコントロールしていたのだと思いますよ。今も、きっと無意識のうちに基素エーテルに惹かれて温室のそばをランチの場所に選んでいらっしゃいますし」

 ミラに言われてうろたえるアリシアを見ながら、イリナは真剣な顔でナッツとココアのベーグルを齧った。ヘルガも、友人達のやり取りを注視している。ミラの話はまだ終わらない。

「意識しないほど自然に基素エーテルを扱って、上級生を今朝のようにやり込めたのは……それほど晩餐会で受けたショックが大きく、また、王子を諫めてアリシア様をかばった彼の振る舞いがご自身にとって重大な意味を持つということなのでしょう」

「えっ⁉」

 特に後半の、ミラの含みのある言い方にアリシアは戸惑う。イリナとヘルガが「まぁ!」「そ、そうなんですか⁉」と食いついた。

「ま、待って、ちょっとそれは噂に尾ひれがついていてよ」

 アリシアは、自分の言葉で説明しようと晩餐会でレオがケイル王子の抜剣を止めた瞬間を思い返す。いや、思い出すのはそれだけではない。晩餐会の会場に王子達が到着する前の、テラスにいたレオに対する失言や、ルークの前で魔法が暴走しかけたのを止めてくれた彼の優しさもだ。

「あの方が王子を止めたのは……王子への忠義あってこそですわ。わたくしを庇う理由などありませんもの」

 アリシアの声は、本人が思う以上に沈んでいる。

「わたくしは失礼なことばかり。ちゃんと謝罪したいと思っていたはずなのに傷付けるようなことを言って、親切に助けてもらったのに報いることもできず、逆にあの方の評判を貶める結果になって……」

 イリナが「アリシア様……」と悲しそうにつぶやいて、アリシアはハッと我に返った。

「と、とにかく、わたくしの軽率な言葉のせいで、ケイル王子もジェイド王子も疑いを抱かれたのです。王家に対する裏切りなどあり得ませんが、そのように慎重に判断を下されるのは当然のこと。潔白と忠義を示すため、わたくしはしばらく王都を離れて暮らします。学院への登校も今日を最後に控えるつもりです」

「えっ」

「じゃあ、一緒に卒業できないのですか?」

 ミラとヘルガが即座に反応し、アリシアは「いえ、卒業要件を満たせるように学院長に取り計らって頂いています。あとはわたくしの努力次第……と言っていいのかしら……」と思わず苦笑する。こうやって整理してみれば、何とみじめなことだろう。

 その段になってイリナが「でも、少し安心しました」と穏やかな表情で零した。

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