(そ、そんな……)
アリシアは焦ってアイデアを絞り出そうと苦戦するが、なかなかうまく思い付かない。令嬢がすぐ次の案を出してこないので、ソフィアは「特になければこの話はここまでにするわ。もうすぐ予鈴が鳴るわよ」と告げた。
それを聞き、目に見えて余裕のなくなったアリシアに「ポーレットさん」とリアムが声をかける。ここまで可能な限り口を挟まないようにと考えていたリアムだが、そろそろ悠長なことも言っていられない状況だろう。
「
「は、はいっ」
そう返事をするアリシアだが、すぐにいいアイデアは浮かんでこない。
(……と、言われましても~ッ!)
アリシアは、原世界での自分とライゼリアでの自分を様々に回想しながらヒントを探す。
(好きなもの好きなもの……ゲーム漫画ドラマ映画に小説……カラオケとか作業通話も好きな方。仕事だと営業回りは同期の皆が言うより苦じゃなかったのと、部署違いだけど商品開発もおもしろそうに思ったっけ。
ライゼリアだと、他人に口をつい出してしまう性格……だけど、この高飛車な感じを長所として考えるのはちょっとポジティブが過ぎるかしら⁉ 『魔奇あな』のストーリーについては私しか知らないことかもしれないけど、それを不用意に口にしちゃってこれまで散々な目に合ってるわけだし……)
学院長はアリシアの懸命な様子を見て、至極楽しげだ。
令嬢は取り乱しそうになるのをこらえながらぐるぐると悩み、この場で提示できそうなことを自分の過去から探す。何か、何か、今の自分にできそうな──、
「こ、混成魔法を……」
たどたどしく口走り、アリシアは何とか思い付きを言葉にする。
「複数の
「そうみたいね。それで?」
ソフィアの言い方が何となく引っかかったが、いくらか興味を持った様子で続きを促す相手の様子に手応えを感じ、アリシアはたどたどしくも話を続けた。
「授業でも深く掘り下げる部分ではないですし、おそらく卒業研究としても手薄な分野かと考えます。混成魔法について、少しでも有意義なリポートを提出いたしますので、どうか……!」
「……せっかくの案だけど、どうせならもっとスケールが欲しいわ」
ソフィアは口元に指先を当て、アリシアに向けて少女のようないたずらっぽい笑顔を見せた。
「
「え⁉」
「え?」
先に大きく驚いたのはリアムだ。何の呪文かしら、と不思議そうな顔をするアリシアにソフィアが付け足す。
「
そう言われて、アリシアは「大善を知る雫!」とおうむ返しにした。
ゲーム『魔法も奇跡も貴女のために』のメインシナリオにおいてヒロインは奇跡の力を発揮する。その時彼女の力を増幅させるのが、奇跡の結晶とも呼ばれる"大善を知る雫"だ。結晶内に凝縮された
「へぇ。ポーレットさん、あなた結構興味があるみたいね」
ソフィアは笑顔を浮かべたまま、リアムが「ちょ、ちょっと学院長……」と言いかけるのを遮ってアリシアに課題を提示する。
「大善を知る雫は、最上位混成魔法によってのみ生成されると伝わる、
ソフィアの解説に、思わずアリシアはわくわくした気持ちを抑えられず身を乗り出した。
「作れるのですか⁉ あの結晶を⁉ や、やらせてください!」
「あっ、ポーレットさん、待ってください。そんな安請け合いを……!」
リアムが話を保留させようとする言葉はアリシアの承諾と重なってしまって間に合わない。ソフィアは「交渉成立ね」と、宙に指先で何かを書き付けた。見る間にそれは羊皮紙となって実体化する。そこには、アリシアの卒業に関する希望と大善を知る雫を卒業課題とする旨が書かれていた。ひら、と舞って机に着地した契約書に素早く目を通したリアムが「あちゃあ……」と漏らすが、アリシアはようやく学院長が納得してくれた安堵とゲームアイテムが話に出てきたことに高揚を隠せない。
(大善を知る雫……! 設定資料集で読んだやつだ~ッ!)
優子が繰り返し読んだ、設定資料集に掲載されていた開発プロデューサーやシナリオライターらの対談企画。その中で、大善を知る雫のモチーフは錬金術におけるエリクサーや賢者の石、中国の道教思想に出てくる仙丹、インド神話や
(すごい! ストーリーの中の重要アイテムを自分で作れちゃうなんて!)
「一体、どんな手順で生成を⁉」
アリシアの熱の入った質問に、ソフィアはあっさりと返事する。
「さぁ? 詳しくは知らないわ。伝説上の産物だしね。だから課題にするんじゃない。頑張って研究して作ってね」
「……え?」
高まっていた気分のところを急に突き放された気がして、アリシアは目が点になる。
「つ、作るってどこから……? 必要な素材を集めてくればいいのですよね? ま、まさか材料も判明していないなんてことは……」
「そうね、何も情報はないわ」
「えぇえっ⁉」
ひと昔前、と表現される『魔奇あな』のコミカライズ版なら、おそらく「ガーン!」という書き文字がアリシアの背景に書き込まれていることだろう。今実際に鳴っているのは、間もなく一限目が始まると知らせる予鈴だ。リアムが何とも言えない顔つきで、「やっぱり……」とつぶやく。
「そろそろタイムリミットね。じゃあそういうことで。
あくまでメインは
学期末試験は……リアム、あなたのことだから遠隔魔法なり何なり、登校せずとも可能なように対応策は用意できるのでしょう? 結晶の研究、あなたが指導教官としてついて差し上げて。申請すれば規定の範囲内で研究費も出します」
リアムは「……言いたいことは山ほどありますけど、こうなったら乗りかかった舟ですから」と返事をした。研究者肌の彼に、 大善を知る雫への興味が無いと言えば嘘になる。うまく学院長に転がされたような気がして、リアムは敵わないな、と言いたげな表情を浮かべた。
学院長は「じゃ、それで。よろしくお願いね」と頷いた。
「ふふ、ポーレットさん、随分と周到な王都追放劇になりそうだけど……。
いつだって私は生徒の味方よ。応援しています。あなた方に、女神ライザのご加護がありますように」