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第6話 王都追放〈7〉

「三ヶ月以上休学したとして、予定通りに卒業できるものでしょうか」

「……ふむ、学期を跨いで休学するとなると、おそらく単位が不足して次年度以降の卒業になる見込みではないでしょうか」

「そうですか」

 アリシアは、落胆の意を滲ませて返事をした。

(あの三人と、一緒に卒業したかったのだけど)

 学院の同窓生は在学中はもちろん、卒業してからも縁が深い。特に、一緒に卒業する面々は同期生と呼ばれる特別な一体感がある。

(ヘルガ、ミラ、イリナ……)

 友人の顔を思い浮かべると諦めきれなくて、もう少し食い下がってみようとアリシアは交渉を試みた。

「その……学期試験はきちんとクリアできるよう自学いたします。登校を控えるだけで休学はせず、試験を受けて今の学年で予定通りに卒業したいのです」

 事務員は「なるほど」と頷きつつ、申し訳なさそうな顔をする。

「残念ながら、学院の規則で単位の認定には授業への出席実績も要件となっているんです。一切登校せずに試験を受けるだけでは単位の取得は難しいでしょうね」

 どうも、見通しが少し甘かったらしい。アリシアは正規ルートの手続きでは自分の希望は叶いそうにないと判断し、別の手段を取れないかと考える。

「ありがとうございます。さっき、休学願いが受け付けられるかは学院長先生のご判断とお伺いしましたし、ご相談に上がってみます」

 アリシアは提示された書類を受け取り、「失礼しました」と学務室を後にする。

 さてどうしたものだろうか、と令嬢はため息をついた。だがもたもたしてはいられない。できれば今日の内に今後の先行きについて計画を立てておきたい。そんなアリシアに向かって呼びかける声があった。

「ポーレットさん」

 リアムだ。振り返ったアリシアは驚き、今度はちゃんと学院の生徒である立場を忘れずに、研究好きの教師、リアム・コルヴィスに応答する。

「コルヴィス先生、おはようございます」

「休学を考えているんですか?」

 単刀直入な質問を切り出してから、リアムは「すみません、さっき学務室で聞こえてしまいまして。盗み聞きするつもりはなかったのですが」と付け足した。学者肌のリアムはいつだって誠実だ、とゲームをプレイしていた時のことを思い出して、アリシアは嬉しい気持ちになる。悪役令嬢キャラとしての自分はこの世界の多くの人に疎まれているだろう。でもこの世界は、ゲームのメインキャラクター達の基本的な性格もビジュアルも反映させて、こうして実体化して存在しているのだ。このライゼリアで自分がうまく立ち回れているとは言えないけれど、『魔奇あな』という作品が好きだ、という気持ちに変わりはない。

 アリシアは、変に誤魔化すこともなく「そうなのです」と答えた。

「すでにお耳に入っているかもしれませんが、近く王都を離れることになりまして……でも、学びたい気持ちにも級友と学院を卒業したい気持ちにも変わりはないんです。だから、これから学院長先生のお部屋をお尋ねして相談しようかと」

 アリシアは話しながら、改めて決意を固める。何もしないうちから諦めることはしたくない、という強い思いがあふれてくる。

「なるほど……」

 リアムは考え込んで、眼鏡の位置を少し整える仕草を見せた。

「私も同行しましょう。学院長の説得は一筋縄ではいかないでしょうから」

「えぇっ⁉」

 令嬢にとって予想外の内容だ。

 アリシアは驚いて、リアムの顔をまじまじと見た。穏やかで優しい性格の彼だから、生徒の困りごとに力を貸そうとするのはごくごく自然なことだ。でも、今のアリシアはゲームファンから悪役令嬢とあだ名されるような人物で、温厚なリアムが苦手なタイプと言っていい。実際、前に学院でアリシアの言葉遣いをたしなめた時の彼の態度は、ゲームのキャラクター個別シナリオで見せる表情とは比較にならないほどそっけなかった。

「そ、それは願ってもないことですわ」

 礼を述べたアリシアが「でも、どうして?」と言葉を続ける前に、リアムは学長室の方向を指し示した。

「ならば善は急げ、です。一限目が始まる前に直談判しましょう」

 学務室は学院の東側にあり、このフロアには学務室や個室を与えられた教授の部屋などが並んでいる。学院長の部屋は、アリシアの立ち位置から見て右手奥の角部屋だ。

 アリシアとリアムは廊下を心持ち急ぎ足で進みながら、簡単に打ち合わせする。

「コルヴィス先生、わたくし、自分からこうして学院長先生のところへお話しに伺うのは初めてなのです」

「なかなかないことでしょうね」

 アリシアはわずかに逡巡し、口を開く。

「うまくお伝えできるか分かりませんが、まずわたくしからご説明を試みてよろしいでしょうか。後からコルヴィス先生が口添えしてくださる時に困るようなことになってしまったら申し訳ないのですけれど」

「いいですよ。好きにお話しなさい。きっと僕が外堀を埋めるような話を展開するより、そういう真っ直ぐな感情のほうがきっとあの人には響くでしょうから」

 そうこうするうち。二人は学院長室の扉の前に到着した。リアムが目配せし、アリシアが頷く。令嬢の手が、品よく、しかし意志を込めて木製のドアをノックした。

「どうぞ」

 すぐに返ってきた承諾を受け、アリシアは扉を開いた。

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