目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
第6話 王都追放〈6〉

 アリシアは歩きながら、妙な高揚感と反省を引きずる己を感じていた。

 いわれのない侮辱を見て見ぬふりするなど、貴族に生まれた者としてのプライドが許さない。だから行動に移したことにいささかの後悔もないのだが、少々やりすぎてしまったかもしれない。

(正直、予想外だったわ)

 アリシアの感情にあれほど基素エーテルが呼応したのは、ルークの前で偶発的に使い魔カラスをんでしまったあの時以来だ。本来のアリシアの魂が追放される以前にはこんな事象が起こったことなどなかったはず、と、ライゼリアに生まれ育った過去の記憶をアリシアはさらう。

(これもマンジュ卿が言っていたように、より複雑に基素エーテルを扱えるようになったからこその変化なの? 異なる魂と器が重なった結果、ってことなのかしら……)

 アリシアが基素エーテルの存在を意識して眺めてみると、学院敷地内の花壇に咲く花や青々とした葉を誇るような枝ぶりの木々が自分をねぎらってくれている気がする。ただの思い込みかもしれない。でも、そんな風に感じられるのだ。

(魔法って、不可思議なものね)

 魔法のメカニズムについて、仮説は様々に存在するが実際の詳細の全ては解明されていない。そもそも基素エーテルという曖昧な自然の産物が動力やきっかけとなっている現象なのだ。授業では簡単な呪文を唱えることも学ぶけれど、そもそも魔法は必ずしも呪文を必要とするわけではない。さっきのアリシアのように強い感情が思いがけず何かを引き起こすこともあれば、狙い通りの効果が得られるよう口上を唱えて目的を明確にした上で発動させることもある。過去にはこの魔法の力を使って国同士が争ったこともあったけれど、結局は共倒れのように疲弊し合うだけだと歴史が証明し、ライゼリアの四ヶ国は互いに同盟や協定を結んで国際関係は小康状態にある。

(さっきの私は、あの生徒達を傷付けることが目的ではなかったけれど、相手をどうにかしようという感情が先走ったのは間違いないわ。以前のアリシアは木の基素エーテルと相性がよかったから、近くの草木があんな風に反応したのよね)

 アリシアは自分なりに考察しながら、奇跡と魔法が存在するこの世界の神、ライザの言葉を思い出していた。

 ──義を尽くし、愛を為せ。

 あの教えにならうなら、他人への中傷を黙認などしないという義を堂々と果たしはしたけれど、生徒らの身の自由を奪う行為を愛の結果とは言い難いだろう。

 かつてのアリシアなら、侮辱してきた相手に対して舌鋒のみで済ませたこと自体が寛容な愛だと表現して悪役令嬢らしい笑みを浮かべていたかもしれない。だが、今のアリシアにそんな風に開き直れるような余裕はなく、晩餐会の席で失態を演じたりニナを傷付けたりした自分に対する失望を拭えないままだ。

 考えはまとまらない。やがてアリシアが到着したのは、自分の所属する教室ではなく事務員が詰めている学務室だった。

「失礼いたします」

 凛と響くアリシアの声。それを聞いた数名がややざわめいたのが、令嬢にも分かった。

(生徒だけじゃなく、職員の方々の耳にもすでに入っているようね)

 アリシアは何食わぬ顔で、学務室入ってすぐのカウンターに向かう。カウンターは同時に複数人に対応できるよう横長の造りになっていて、今も生徒や教師が必要な手続きを願い出たり、資料を確認したりしている。そんなカウンターの向こうにある机から、アリシアの姿を目に留めた事務担当スタッフが対応しにやって来た。

「おはようございます。お尋ねしたいことがあるのですけれど」

「おはようございます、ポーレットさん。何の御用でしょうか?」

 スタッフは年配の男性だ。小さめの直径の眼鏡をかけた白髪の彼から、こちらをうかがうような気配をアリシアは感じ取る。学務室を利用したことは何度かあるが、以前はこんな風に腫れ物に触るような扱いではなかったはずだ。王子との確執が生まれたせいで婚約は解消されたが、ポーレット家が王家と多少なり関わりがあると公になった以上、アリシアに対する態度が慎重になるのは致し方ないのだろう。

「あの、わたくし、一身上の都合でしばらく学院を休みたいと考えているんです」

「ほう。期間はお決まりですか? 三ヶ月以上授業に出ないということであれば、休学願いを提出して頂き、学院長が判断することになります」

 スタッフは、カウンターの裏から関係書類をさっと取り出してアリシアの前に示す。

「三ヶ月以上……」

 教えてもらった期間をアリシアは復唱した。自分が辺境の荘園で謹慎となる日数はどれくらいになるのだろう、と考える。王子達からのその後の沙汰はまだ知らされていないし、場合によっては長く王都を離れることもあり得るだろう。

 アリシアは、自分が懸念していたことを聞いてみる。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?