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第6話 王都追放〈3〉

 そう言われても、ニナの気持ちはおさまらない。

「聞く限り、縁談にはこれまで何のとどこおりもありませんでしたし、そりゃあ王家からすれば結婚はあくまで有力な貴族との結び付きを強めるだけのもので、恋愛感情とかないのかもしれませんけど! 王子がお嬢様のこと、なーんにも考えていませんよ、っていうのがあからさまで!」

 ヒートアップするニナに、アリシアは言い聞かせる。

「でも、一国の王子として、ケイル様の行動は何ら不誠実でも非道でもなく、当然の対応でした。疑いを抱かせてしまったわたくしに非があるのです」

「せっかくのお誕生日でしたのに……。パーティーは後日まで自粛せよとのお言いつけで満足にお祝いもできず、こんなのあまりにお嬢様が不憫ではないですか」

 アリシアは、ニナが自分のために憤慨してくれる優しさに報いたいと素直に思う。それだけに、昨夜の失態が情けない。こんな風にニナの思いをアリシアが汲み取れるのは、別にアリシアの器に優子の魂が宿っていることだけが理由ではない。かつてのアリシアは悪辣さのために断罪されたけれど、彼女の根底にはちゃんと他人を大切に思う感情があったと今のアリシアには分かる。そうでなければ、生みの母をこんなに懐かしむことも、ヘルガ、ミラ、イリナの三人と友情を育んできたことも、勤め始めた頃のニナに都会の貴族の振る舞いについて指南したことも、幼少のみぎりから顔馴染みのルークを自分が傷付けるわけないとレオの前で憤ったことも、説明がつかない。

「ニナ、あなた覚えていて? 昨日の朝、あなたは私にお祝いの言葉を贈ってくれたわ。あの気持ちだけで、わたくしは十分よ」

「えぇっ⁉ そんなぁ!」

 思ってもみない反応がニナから返ってきて、気落ちしつつもニナの優しさに寄り添おうとしたアリシアは肩透かしを食らう。ニナは、ずいとアリシアの前に進み出て主張し始めた。

「あれだけでお祝いしたことになっちゃうなんて、絶対だめです!」

「でも……もういいのよ。わたくしは──」

「今年のお祝い、何だかんだで厨房メンバーも献立のこといろいろ凝って悩んでましたし、庭師長も大事にお花のお手入れをして準備されていました。それにお針子チームだって……」

 食い下がって引こうとしないニナに、アリシアはつい強い口調で言い返してしまう。

「もういいって言ってるでしょ! そんなにしつこく祝おうとしないで! こちらが惨めになるだけだわ!」

 アリシアの言葉の残響が消えると部屋はしんと静まり返った。

 ニナは目を見開いた表情でしばらく固まってから、「失礼いたしました」とてきぱき寝具を整える作業に戻った。アリシアは、自分がまたも感情のコントロールを失ってしまったことに嫌気がさして、かと言ってニナにすぐ謝る気持ちにもなれず、彼女と目が合わないように視線を壁に向けて外すしかできない。

「お待たせいたしました」

 ニナがそう言って、洗濯する予定の布製品を回収して抱えた。アリシアは、何か言うべきだろうと思うのだが、うまく言葉を見つけられないうちにニナが「おやすみなさいませ」と重ねる。

 使用人は一礼し、令嬢の返事を待たず部屋を出て扉を閉めた。


 明けて、早朝。メイドがカーテンを明けに来るより先に目覚めて、アリシアはぐるぐると考え込んでいた。

(あまり眠れなかったわ……)

 ニナのことがわずらわしいとか嫌だとか、そんな風に感じてはいない。嫌気がさしているのは、まだ気持ちが上向いているとはいえない、余裕のない自分に対してだ。

 あの晩餐会で取り返しのつかないことをしてしまった、という後悔があるのに、同じようにニナに対しても後先考えずに言葉をぶつけてしまった。

(こんなの……こんなはずじゃ……)

 なまじ元々がゲーム世界だという先入観のためか、自分の望む展開のために過去の分岐点まで戻って行動の選択肢を選び直すことができない、という現実が強いストレスとなっている。

(ニナに悪意なんかあるわけないって分かってるはずなのに)

 優しくされるほど情けない気持ちになってしまうなんて、何て自分は面倒な人間なのだろう、とアリシアは幾度も寝返りを打つ。

 じわじわと時間は過ぎ、いつもニナが来てくれる時刻となってしまった。予想通りドアがノックされる。

(あぁ……)

 彼女が部屋に来てくれたことに対してこんな風に憂鬱だと思ってしまうなんて、と申し訳なくなってしまう。

「どうぞ」

 アリシアの言葉を受けて、「おはようございます、お嬢様ァ」と柔らかく間延びした返答がある。ニナの声ではない。

(あら? この声……)

 現れたのは、ニナよりずっと年上で、新人メイドの教育係を担当するヘレンだった。栗色の髪をきっちりとお団子にまとめてメイドキャップにしまったオールドスタイルの彼女がアリシアの朝の支度を担当するのは随分と久しぶりだ。器としてのアリシアの中にある記憶が今のアリシアにすぐさま馴染み、令嬢は嬉しそうに挨拶した。

「まぁ、ヘレン! おはよう。珍しいわね」

 口に出してから、ハッとアリシアは気が付いて嫌な想像をしてしまう。

(これって、まさか、まさか、もしかして)

「あの、ニナは……」

 ヘレンに尋ねながら、アリシアの懸念はますます膨らんでゆく。

 与えられた長期休みに田舎に帰る時を除いて、ニナがアリシアの朝の支度を担当しない日は滅多にない。ニナが風邪を引いた時だって、旬の生牡蠣に当たった時だって、周りが説得して今は迷惑だと突き付けるまで何とかお世話をしようと粘っていたらしい。

 そのニナが、今朝はいないのだ。ひどい嫌味っぷりゆえにアリシアが他の使用人達に敬遠されても、いつも側付きを引き受けていたニナ。あれほど慕ってくれたニナが、ついに自分を見限ったのだ、とアリシアは思って、自分の浅はかさにくらくらする。

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