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第6話 王都追放〈1〉

 昨晩の最悪の晩餐会からどうやって自分の部屋まで戻ってきたのか、そしてグラセリニ邸があの後どんな風だったのか、はっきり言ってアリシアはほとんど覚えていない。むしろ、何も思い出したくない気持ちだ。王子らの不興を買ったことは間違いない。きっと多くの貴族達の、アリシアをはじめポーレット家を見る目が変わってしまったことだろう。

 アリシアは情けなさと悔しさでなかなか眠れなかった。涙は後から後からあふれて、絹製の枕を濡らしてしまう。婚約破棄の結果、泣けてしまって仕方ないのは、ケイル王子への恋慕が理由ではない。ケイルに対しては恋愛と呼べるような感情をアリシアは持ち合わせていないし、原世界の優子としてもゲームをしながらキャラクターを推す感情は恋愛とは少し違う種類であるような気がする。アリシアが悔いているのは、予測し得たはずの未来を回避できず、ただ状況に流されるだけだった自分の不甲斐なさに対してだ。

(あぁ、もっと、うまくやれたら……もっとうまくやれてたら、きっと何か、何か別の道が……)

 ヒントはあった。そもそも主人公を学院で見つけられなかった上に、自分の友人達も学院で時の人となったはずの主人公らしき人物に心当たりがなかったのだから、ゲームのストーリー通りの出来事が起こっていると思い込んで判断するべきではなかった。加えて、自分はすでにこのシナリオをプレイしたことがあるというおごりと、元々がゲームの世界だという現実感の無さ。アリシアはそう自省しながら、迂闊うかつだったと唇を噛む。

(少しもスキを見せちゃいけなかったんだ……)

 周りにいてくれる使用人のニナや学院での友人、ヘルガ、イリナ、ミラの優しさに甘えてしまっていたのだ、と今なら分かる。原世界から負の影響を受けて歪んでしまったアリシアは、魂の流刑に処されるほどひどい振る舞いをしてきた人物なのだから、少しの不審さが命取りになってしまうほど周りの目が厳しくて当たり前だったのだ。悪役令嬢、とゲームファンに呼ばれる自分の性格を棚上げにしていた事実を直視して、アリシアはまたも寝台の上でのたうつようにうめいた。

 寝付けないほどの感情の高ぶりだったが、精神的な疲労が少しずつアリシアの思考をぼやけさせてゆく。やがてゆっくりと睡魔が訪れ、令嬢は失意のうちに眠り込んだ。


「謹慎、ですか」

「表向きはね」

 アリシアのつぶやきに、ジョージが言葉を添えた。

 ダイニングにはジョージ、カミラ、アリシアが揃い、紅茶とサンドイッチが供されていた。いつものポーレット家のスケジュールなら、夕食前である中途半端な今の時刻。こんな時間に軽食が用意されているのは、ひとえにあの晩餐会から一夜明けた今日の混乱のせいだ。このようなイレギュラーは非常に珍しい。ジョージは、朝になっても昼を過ぎても部屋から一向に出てこないアリシアを「食べながら話そう」と何とか誘い、この場を設けていた。

 ジョージとカミラが娘に提案したのは、辺境にある荘園にしばらくの間アリシアが身を置くことだった。ジョージは心苦しそうに、眉を寄せて咳払いする。

「まだケイル様から何かお言葉を頂戴したわけではないが、王子達がアリーをお疑いになったことは間違いない。先んじて反省の意を表明し、しばらく王都を離れることで、こちらの忠義を示せると良いのだが」

「良い案だと、わたくしも思います」

 素直に謹慎命令を受け入れたアリシアに、思わずカミラが感情をぶつけた。

「分かっているのですか? あなたのせいで、お父様もわたくしも恥をさらしたのです。世間体も面目も、どれほど家名に傷を付けたか……!」

 カミラの怒りももっともだ。正論すぎて何か言い返す気にもなれず、アリシアは下を向く。「今、アリーを責めても仕方のないことだよ」とジョージは妻をなだめつつ、「しかし、カミラが言ったことも事実ではある。アリー、本当に王妃様のお怪我については何も知らないんだね?」と念を押した。アリシアは首を振る。

「王妃様のお怪我の経緯に関わるようなことは、女神ライザに誓って、一切しておりません」

 父の質問にそのまま答えるのではなく少しだけ言い回しを変えたのは、父親を裏切りたくないというアリシアの良心によるものだ。ゲームのメインシナリオの内容について言及することは今後するまい、とアリシアは強く思う。

 ジョージは鷹揚に頷き、「そうだろうとも」とつぶやいた。

「だからこそ、今は王都を離れ、しばらく荘園に滞在していてほしい。私としては数ヶ月経ってほとぼりが冷めたら呼び戻したいところだが、こればかりは状況を見ての判断になるだろうね」

「心得ております」

 アリシアはそう返事をしてから、ふと気になったことを尋ねてみる。

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