「……どういう意味だ?」
「え?」
言葉だけではない、ケイル王子から向けられる視線もとんでもなく冷ややかだ。アリシアは何とも言えないぞくりとした
(お、怒ってる……? 会話分岐、何か間違えちゃった⁉ どういうこと? このただ事じゃない雰囲気……)
王子に睨まれ、今すぐこの場から逃げ出したくなるような衝動にかられる。それを我慢して、アリシアは言葉を返した。
「さ、差し出がましい物言いでした。申し訳ございません。わたくしはただ、お怪我をされた妃殿下に……」
「なぜ、母上が足を怪我されたと思った?」
アリシアの謝罪を意に介することもなく、ケイル王子の声は警戒に満ちている。アリシアは混乱し、事態が飲み込めない。ケイルは追及の手を緩めず、さらに令嬢を詰める。
「誰から聞いた話だ? 母上が足を折ったことは、民に余計な心配をさせぬようにとの配慮で敢えて公表はされていない。さっきの叔父上も、両親のどちらがどんな怪我をしたかまでは詳細を明かさずに伏せておいでだった」
そう説明されて、アリシアはさらに戸惑う。
(どういうこと⁉ ヒロインが、事故で骨折した王妃様を助けるはずじゃないの⁉)
「答えろ」
ケイルに促され、考えを整理できないままにアリシアは何とか話の
「たっ、たまたま近衛兵の方からお聞きしただけですわ、馬車の事故があったと。
移動を控えられるならば馬車の事故でお怪我をされたのは足だろうと、わたくしが勝手に推測して思い込んだだけのこと」
アリシアに続いて、父親のジョージも「何か行き違いと勘違いがあったのでしょう。つまらぬことで
「……確かに馬車のトラブルはあった。だがそれは、表敬のための隣国訪問から戻る途中の兄上の乗っていた馬車だ。母上の怪我は馬車とは関係ない」
話を聞けば聞くほど、アリシアは
(どういうこと? ヒロインはどうしちゃったの⁉)
ゲームのメインストーリーと同じような出来事は起こっているようなのに、少しずつ話がずれてねじれている。アリシアは何をどう言ったものかと迷い、周囲の人間もケイル王子の剣幕にやや押されて事態を見守っている。そんな中で、続いて口を開いたのは兄王子のジェイドだった。
「ケイル、少し落ち着け」
「でも、嘘や出まかせにしてはできすぎだ」
アリシアは「う、嘘など申し上げてはおりません!」と主張する。弁明しようとする令嬢だが、それがまたケイルを苛立たせた。
「どうして妙に詳細を知っている? なぜ母が怪我をしたと分かった⁉」
弟王子の右手が、言葉の勢いと共に彼の腰に
「ケイル!」
ハーヴィー司教の鋭い声が飛んだ。それでも、ケイルは右手を戻さない。いつでもサーベルを抜ける位置でキープしたままだ。一気に緊張が高まる。自分の雇う執事が王家の者を案内するのをさっきまで誇らしげに見守っていたグラセリニ夫妻の顔は今や蒼白となり、気の毒なほどだ。数名の婦女が「きゃあ」と叫び、どこかでグラスの割れる音がした。驚きや興味、恐れの感情はみるみる
ジェイドが「そこまでだ、ケイル」と再び弟を
「
不吉な予言でもするつもりか?」
「いいえ! そのようなことは……」
アリシアは、否定しながら一歩後ずさる。
(ケイルの目、本気なんですけどおぉおおっ⁉)
婚約者の前からとっとと逃げ出したいのをアリシアが何とか我慢しているのは、ここでパニックになって逃げようとしたらやましいことがあると認めるも同然だからだ。おそらく容赦なく斬られる。シナリオ初期のケイルならやりかねない。
(そりゃあ今の私はすっごくすっごく不審だろうけど! だからってゲームのこと説明してもニナの時みたいに信じてもらえないのがオチ……!)
アリシアが何も返答できないうちに、ケイルはさらに言い募った。
「兄上の馬車に宛がわれていたのは、熟練の御者とよく訓練された馬だ。トラブルを起こしたことなどこれまでなかった。報告によると、馬が突然何かに怯える様子を見せて制御不能になったそうだ。
……よもや、貴様がよからぬ輩と通じて襲撃を画策していたわけではあるまいな!」
はっきりと敵意をむき出しにしたケイルの声。その残響の中、王子はサーベルの柄を握り込み、足を踏み出す。
「アリシア!」
父親であるジョージが悲痛な叫びを発する。
即座のケイルの所作によって、白刃の