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第5話 婚約破棄〈3〉

 昼食を終えた四人は、連れ立って教室へ戻るべく廊下を歩いていた。移動の最中も、アリシアはすれ違う生徒達の顔をちらちらとチェックしてヒロインを探す。

(ネックなのは、主人公の名前と顔よね……)

 アリシアが困っているのは、ヒロインの顔が分からないからだ。

 このライゼリアという世界を実体化させる要因となったゲーム、『魔法も奇跡も貴女のために』は主人公の名前や容姿を好きに設定してスタートすることができる。いわゆるキャラメイク機能だ。これがなかなか凝っていて、ゲームのプレイヤーは目や髪などの各パーツの種類や配置を自由に選択することでヒロインの名前やビジュアルを好きなように構築できる。

 元の世界でゲームをプレイしていた時はただただ楽しかったキャラメイクだが、主人公を探す際の参考情報にはなり得ない。だって、顔が分からないのだ。

(私が遊んでた時のプレイデータが反映されてるのかな? いや、でもメインシナリオをクリアした後は攻略キャラごとに違ったキャラメイクにしてたしなぁ。

 そもそもこの世界が実体化したのは、たくさんのファンが熱心にゲームを遊んでたから、その言葉や思考の力のおかげ……みたいなことをルーシィちゃんは言ってた。私は、理由の一人だって)

 じゃあ、ヒロインは今どんな名前や顔をしているというのだろう。当てられる気がしない。無理ゲーすぎる。

 アリシアは小さくため息をつき、ヘルガがそれにすぐ気付いた。

「アリシア様? 何かお困りごとでも?」

「えっと、ちょっと人を探していて……」

「あら、お名前は? どんな方ですか?」

 イリナにそう尋ねられて初めて、アリシアは(そっか! 名前やビジュアル以外の情報を元に探せばいいんだわ!)と思い付く。どうしてこんな単純なことに気付かなかったのだろう。

「入学前の潜在能力テストで『奇跡』の結果を出した生徒を知らないかしら?」

 ヘルガ、ミラ、イリナの三人は「えぇっ、あの試験で『奇跡』⁉」「そんな人が在校してるんですか⁉」「私もぜひお会いしてあやかりたいです!」と三者三様のリアクションを見せる。

 おかしい、とアリシアは眉根をわずかに寄せた。三人が主人公のことを知らないはずはないのだ。ゲームの中で、奇跡の力を持つヒロインは生徒の間で大注目の的となり、そのために悪役令嬢から目を付けられるのだから。

(どういうことなの……?)

 主人公はまだ自分達と出会っていないのだろうか? それとも、試験の結果がゲームとは違っているのだろうか? 考え込むアリシアを見て、ミラが心配そうにする。

「……『奇跡』の力を必要とする何かが起こっているのですか?」

「あっ、いいえ、そういうわけではないのよ、大丈夫。ただ少し気になっただけ」

 アリシアの答えを受けて、ヘルガがミラに話を振った。

「『奇跡』の力かぁ、ミラのご先祖様にそういう人がいたって、前に話してくれたことあるよね」

「ええ、でももう随分前です。五代か六代は遡っての話ですから」

 そう言われて、アリシアは『奇跡』の能力がいかに希少なものかを実感する。実際、入学前の潜在能力に関するテストは名目上の試験と呼んで過言ではない状態であり、ゲームのシナリオの中で主人公が潜在能力試験を受ける際も一連の入試の最後を締めくくる儀礼のような扱いだった。だからこそ、その場で『奇跡』の力を秘めているというめったにない結果が出た時に大騒ぎになったのだ。

(この三人も、アリシアも、まだ主人公に出会っていないのかしら)

 ならば、このままヒロインをいびらずに済めば、ゲームのメインシナリオでのアリシアとケイル王子の婚約破棄は避けられるのではないだろうか。

(ゲームでのアリシアの転落は、弟王のケイルに婚約を破棄されて信用が地に落ちたことが大きかったわ。メインシナリオでの彼女の出番って、婚約破棄後はほとんどなかったもの。

 元の世界での推しは兄王子のジェイドだし、別にケイル王子と結婚したいわけではないのだけれど、アリシアがどういう失敗をしてしまうかが分かっているのだから回避できるのなら避けたいところよね)

 自分はどう行動すればいいのだろう。ヒロインに冷たく当たらず継母のカミラが望むようにケイル王子と一緒になればいいの? それとも、ヒロインを見つけて彼女に干渉しないとシナリオをストーリー通りにたどれなくなってしまって、後々困る事態になるのかしら? いや、ゲームの展開をなぞる必要があるとは限らないし……。

(うーん! 分かんない!)

 アリシアは、今悩んでも答えを見つけるのは難しそうだと、結論を出すことはあっさり先送りにする。

「お気遣い感謝するわ。本当に、深刻でも何でもないの、ちょっと気になっただけ。もし『奇跡』について何か耳に入ったら知らせてくださる?」

 アリシアは努めてさらりと友人達に頼み、ヘルガ、イリナ、ミラの三人は特に不審がることもなく「ええ」と頷いた。

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