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第4話 愛を説くけだもの〈2〉

 アリシアの言葉にレオは頷くものの、その金茶色の獣の目から警戒が消えることはない。それもそうだろうと、令嬢は逃げずに言葉を続けた。

「ですが、使い魔を操るなど、わたくしには本当にあずかり知らぬこと」

 アリシアがまたもいさかいを蒸し返そうとしているのかと早合点したルークが「おい」と口を挟みかけるが、令嬢は手の動きでそれを制する。

「マンジュ卿、あなたは電光石火の身のこなしで使い魔を打ち倒してくださった。あの魔法についてお詳しいと拝察いたします。わたくしが何をしてしまったのか、教えて頂けませんか?」

「それは僕も気になる。先ほどのマンジュ卿はまさに獅子奮迅でいらっしゃった」

 少年らしいルークの同調はアリシアをフォローしようとする意図での発言ではなかったが、そのワクワクした様子にレオはわずかに口元をゆるめた。

 翡翠色の瞳でアリシアはレオをじっと見つめる。やがて、少しのをおいてレオが話し始めた。

「……混成魔法です。あの鳥は、混成魔法による召喚物でした」

「こんせいまほう?」

 貴族の子女の声が興味津々と言わんばかりに重なって、ここで初めてレオは牙をちらりとのぞかせて笑う。

「自分は魔法全般に明るいわけではありません。ですが、鳥に力を借りるすべは実家の技芸の一つでして、非常に馴染みがありました。それで、あのカラスは魔法によるものだとすぐに分かりましたので、躊躇なく爪を立てられたというわけです」

 ルークが興味深そうに頷き、アリシアに「お前がそんな魔法を使えるとはな」と声をかける。アリシアは首を振り、再び否定した。

「混成魔法など、全く身に覚えのないことです。通常の魔法だって、この王都ではなかなか」

 レオは「ふむ」と一瞬考え込んでから説明を続ける。

「ロアラに比べると、私の故郷のワントは少々過酷な気象でして。基素エーテルも潤沢ではありません。そこで、発達したのが混成魔法です」

 エーテル、とは、魔法を生み出すための自然エネルギー源だ。火、水、木、土、風など種類は複数あり、土地や生き物それぞれに相性のよいエーテルが存在する。先ほどアリシアは「この王都ではなかなか」と発言したが、それはアリシアがうまく扱えるのは木のエーテルであり、王都にはそれほどたくさんの木々が植わっていないことを指していた。

(今の私には、かつての自分がささやかな魔法を使っていたという記憶はあるけれど、今の自分が魔法を使えるだなんてとても信じられなくて……すごく奇妙な感じだわ)

 アリシアは「つまり、エーテルが不十分でも混成魔法は成立するということですか?」とレオに尋ね、獣人は頷く。

「その通りです。複数のエーテルを混ぜるという混色のイメージからか、黒魔法と呼ばれることもあります」

「あぁ、それでさっき使い魔のカラスが、アリシアの感情の昂りと一緒に飛び出してきたのか。黒魔法と言えば魔女、魔女と言えばカラスの使い魔がセオリーだ」

 ルークが連想するのにつられて、アリシアも老獪な魔女を思い浮かべる。黒っぽくなるほど複数の色が混ざる黒魔法のイメージはつまり、様々なエーテルを自在に混ぜ合わせて扱えるくらいに魔法に精通していることを指すのだろう。

 今度はレオの方からアリシアに尋ねた。

「複数のエーテルを混ぜるためには、才能や鍛錬が必要です。何か特別なトレーニングをしているのですか?」

「い、いえ、特には……」

 そう答えつつも、令嬢は心当たりがなくもない、と思う。これまでのアリシアは木のエーテルを扱うのが得意だったけれど、ひょっとしたら元の世界からやってきた優子の気質は木以外のエーテルと相性がいいのかもしれない。だから、今のアリシアは、複数のエーテルを扱えるようになっているのではないだろうか。

 ぐるぐると思考するアリシアの様子を見て、レオは令嬢が思い悩みはしていないかと気にしたようだった。

「初めて偶発的に発現したというなら、さぞ驚かれたことでしょう。

 ワントでは、複数のエーテルを使える子供を、妖精衆に愛された子供と呼ぶことがあります。人よりも魔法の練習が複数種分増えることになるので、お前は妖精達から愛されているのだから頑張ろう、と励ますこともあります。複数のエーテルをうまく扱うように鍛錬することは、この世界の愛し方をそれだけ多く学ぶに等しい。

 大丈夫。忍耐強く磨けば、きっとあなたもうまくコントロールできるようになりますよ」

 コントロール。その言葉が、今のアリシアにすんなり馴染んで、彼女はびっくりする。元の世界の優子としての人格がこのライゼリアで目覚めて以降、辛辣な言葉を人に投げかけたり意図せず魔法が発動したりと、ずっと暴れ馬に乗っているようだと感じていた気持ちを表して整理するのに、ちょうどぴったりだと思えた。

(コントロール、できるようにならなきゃ)

 話が一区切りしたところでルークが校内の視察へ向かおうとレオに告げ、アリシアの様子をうかがった。

「アリシア嬢は? 見たところ一限目は自主休講にした様子だけど、僕らと来るかい?」

「楽しそうだけれど、さすがに教室に戻ります。また機会があればご一緒させて頂きますわ」

「では、ここで失礼いたします。アリシア・ポーレット嬢」

 レオがフルネームで令嬢の名前を呼び、アリシアは「今度お招きした時は、わたくしからご挨拶に参ります。この学院は歴史も長くて、見所がたくさんありますわ。どうぞごゆるりと」と頭を下げた。

 アリシアが場を辞し、回廊を抜けていく後ろ姿を見送りながら、ルークはレオに改めて礼を伝える。

「マンジュ卿。助けてくださったばかりでなく、友人の非礼を許して頂き、ありがとうございます」

「そんなことはないのです、ルーク殿。

 私もつい、噂通り、たちの悪いお方なのかと頭から身構えてしまっていました、お恥ずかしい」

 二人は中庭を通り、予定通り講堂へと向かう。ルークが昔を懐かしむ表情を見せた。

「あいつ、昔はもっと素直なところもあったはずなんです。いや、今日はかなりマシだったかもしれないな」

 レオは「そうでしたか」と相槌を打ち、「確かに以前、礼を欠いた扱いはされましたが」と苦笑しながら続ける。

「それは彼女に限りません。正直、気にしていませんでした。個人個人に悪意があるとかないとかではなく、この国ではそれが長らくの作法だったのですから。

 それに、今日の彼女の怒りは私をさげすむことが目的ではなく、友人をわざと傷付けたと誤解されたことが理由でした。そして彼女は一歩も引かずに反論する気概を見せた。大人の男性でさえ、私のことを腹の内でどう思っているかはいざ知らず、目に見えるこの肉体がなまじ屈強であるために表立って向かって来ようとはしないのに」

 レオは、ここまで話してからハッと我に返った。ルークが何か言おうとしたのを感じ取り、獣人は「……少し余計なことを言った気がします」と先回りする。ルークが吹き出し、笑い声を上げた。

「くっくっ、マンジュ卿は本当にお優しい方だ。あいつの向こう見ずな怒りを、そんな風に評価してくださるなんて」

 ルークは真剣な顔をして、「強くて、優しくて、さわやかで……僕も、かくありたいものです!」と子供らしくレオに対する憧れを素直に口にする。レオは照れ隠しに咳払いをした。

「過ぎたお言葉を頂戴してしまいました。さ、参りましょう」

 講堂へ続く校舎沿いの道には爽やかな風が吹いている。レオは、故郷の乾燥した風とは異なる花の匂いを感じ取っていた。

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