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第4話 愛を説くけだもの〈1〉

 ルークに襲いかかるカラスを打ち倒した獣人が、アリシアの方へ向き直って彼女を見つめる。

令嬢は息を呑み、獣人というものを実感を伴っては理解していなかったのだと思い知った。過去のアリシアはともかく、今のアリシアが獣人を目にするのは初めてだ。

 立派なたてがみが象徴する通り、目の前にいるのはライオン型獣人だ。明らかに人間のものではない頭部の形状、びっしりと生えた体毛、大きな顎、平たい鼻、口周りのひげ、側頭部に見える耳。人間と全く異なるビジュアルは、見れば見るほど、元の世界の常識に照らせば異形としか思えない。その口が動いて言葉を発する。見え隠れする立派な牙に、アリシアは本能的な恐怖を抱いた。

「突然割って入ったご無礼、お許しください。ですが、制御を欠いていらっしゃる不測の事態とお見受けいたしましたので」

 口調は柔らかいけれど、金茶色の獣の瞳は空気が張り詰めるような真剣さをはらんでいる。だが、アリシアは言葉の意味がよく分からない。あまつさえ、それをそのまま顔に出してしまう。

「えっと……制御?」

 その段になって初めて、獣人は隠し切れない怒りを声に滲ませて「使い魔カラスを軽率に人に向けては危険だと忠告しているのです、ご令嬢」と告げた。だがアリシアにとっては寝耳に水だ。

「使い魔を⁉ わたくしが? そんなことしていません!」

「いえ、さすがに目の前で見ておりますので」

 自分に向けられる言葉がどんどんそっけなくなっていくのを感じ、またもアリシアはやるせない気持ちになる。

(うぅ、この獣人さんも 明らかにイライラしてる……。そりゃそうだよね、あの三人組も、リアムも、ルークも、皆そうだもん)

 変にヘコんでも仕方ない。本当にどういうことか分からないのだと説明を求めようとしたアリシアだが、またも彼女の悪癖が顔を出す。

「そっ、そのような、こちらに悪意があると決めつける言い草は我慢なりませんわ! わたくしが、学友であるルークを傷付けようとしたとでも⁉」

 ルークが「おい……!」と、アリシアの暴言を止めようとするが、一度火が付いた勢いは止まらない。互いをにらむ、鋭い視線が獣人と令嬢の間で交わされる。

「あんなカラスなどわたくし初めて見ました! 知りませんわ!」

 実際、あのカラスのことをアリシアは何も知らないのだ。アリシアが初めて見たと言い切ったことに、ぴくりと獣人が反応する。アリシアは、自分がまたも礼を欠いた言を重ねていることに気付いて慌てて口元を押さえた。

(や、やってしまった……っ)

 つい、強い言葉を放ってしまう。自分の意思などまるでお構いなしで、たとえるなら暴れ馬の背に乗っている気分だ。

 そこに、ルークが「マンジュ卿。僕は彼女の腐れ縁です。彼女がああいう魔法を使ったことは、確かにこれまでなかった」と仲裁の一言を添える。さすが、ロックフォード家の末っ子嫡男は、悪気なく自分の意見を相手に飲み込んでもらう甘え方に長けている。獣人は与えられた情報を吟味するように、鼻をひくつかせて深呼吸した。

「……分かりました。誤解した非礼をお許しください」

「え?」

 獣人の彼が、自らの胸元に片方の獣の手を当ててお辞儀する礼譲の仕草を見せ、アリシアは戸惑った。

「ご、誤解が解けたならば何よりですわ」

「アリシア嬢」

 間髪をれず、ルークが呆れたような目つきでアリシアを戒めるべく名前を呼び、アリシアは「分かってるわよ」と小声で返答する。

「わたくしこそ、過去に重ねた非礼をお詫びいたします。隣人、ワントの御方おかた

「……レオ・マンジュと申します」

 ゲームに関する知識だけで言えば、名前のついたネームド獣人キャラクターは作中に存在しない。アリシアは優子の意識が同化する以前の自分の過去の行為に言及し、今、目の前の獣人貴族のフルネームを耳にしたことで、自分の中に存在する記憶からはっきりとレオの情報をすくい上げることができた。

 レオ・マンジュ。彼は、彼の故郷であるワントとの交易活性化の功績を評価されて爵位を叙された一代貴族だ。当代の彼はライオン型の獣人で、身長は二メートル強。ロアラではあまり獣人を見かけることがないため、かつての価値観や物珍しさの影響もあって彼らの多くは軽んじて見られる傾向がある。その延長線上で、マンジュ卿も与えられた地位の割に貴族社会では末席を宛がわれることが多かった。過去のアリシアも例に漏れず、自分の家で主催したパーティーの折に周りの大人に倣ってわざとレオに挨拶をしに行かなかったことを思い出し、むずがゆくなるような今さらの後悔に襲われる。

 いや、ここで拗ねて腐っても仕方ない。アリシアは気持ちを切り替え、さっきのレオと同じく、片方の手のひらを胸元に当てて軽く頭を下げて敬意を示す。

「アリシア・ポーレットですわ。

 取り乱してしまい申し開きのしようもございません 。友人を守ってくださったこと、感謝いたします」

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