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第3話 学び舎にて〈3〉

「何よあれ! 最近のアリシア様、当たり強くない?」

 あっちゃあ、怒らせちゃったみたい……と、アリシアは顔をしかめ、すぐに謝りに行くべきか、しばらく様子を探るべきかと逡巡した。その間にも、三人の会話は矢継ぎ早に続いていく。

「前は、ツンケンしててももうちょっと筋が通ってたわよね」

「もう我慢の限界よ。今朝はまだ穏やかだったけど、傲慢すぎ」

「こっちを下に見すぎなのよ。先生や卒業生には媚び媚びだもん」

(うわー! すっごくすっごく恨み買ってるぅ……!)

 三人組がため込んでいるイライラは相当のものらしい。アリシアが、このまま自分は引っ込んでいるべきだろうなと考えかけて、立ち去ろうと後ずさりしたその瞬間。

「陰でコソコソと見苦しいですわよ! いやしくも王立学院で学ぶ身なれば、正々堂々となさいな。そういう精神の未熟さ、不愉快極まりないの。わたくしの視界から消えてちょうだい」

 柱の前に踏み出し、朗々と響くポーレット家の令嬢の声。空気が凍る。当然だ。アリシアは、自分の言い放った助走なしの辛辣な言いように我ながら引いてしまう。獰猛すぎてライオンやコブラにも臆せず攻撃するラーテルかな? 赤いムレータに興奮しきって闘牛士マタドールに角を突き立てんと爆走する牡牛かな?

(ひぃええええ、私ってば、何でこういう言い方しちゃうの⁉)

 ぶつかった女生徒に向かってのさっきの言葉も、陰口に対しての今の罵倒も、アリシア自身がコントロールできないままに嫌味な物言いが次々に口を突いてしまう。

 これは、器としてのアリシアの体に残る、かつての彼女の気質や振る舞いの感覚のせいでとっさに発言が出ているのだろうか。いやひょっとしたら、ルーシィが話していた元の世界からの悪影響が未だにアリシアを蝕んでいる可能性もあるのかもしれない。

 気になるところだが、今は深く考え込むようなシチュエーションではない。

 周りからの視線が気になる。三人組からの、失望や悲しみ、怒り混じりの目つき。廊下を行き交い、こちらのただならぬ雰囲気を遠巻きに眺めている生徒。

 アリシアの体は背筋がぴんと伸びて相手をまっすぐに見据えた臨戦態勢である反面、内心では気圧されてしまいそうだ。あんなことを言った自分が、この後どう取り繕えるというのだろう。

「……あのっ」

 そう言いかけたアリシアの背後から、ぽんぽん、と柔らかく手を打ち鳴らす音がした。

「ハイ、もうすぐ授業ですよ、皆さん。課題内容は学年ごとに異なるとはいえ、中間試験が近いことに変わりはありません。事前の課題や小テストのある科目も少なくないはずです。遅刻は厳禁」

 穏やかな物腰ながら、どこか凛と響く深みのある声。アリシアには聞き覚えがある。コントローラーを手に彼の声を聞き、彼の、いや彼だけではない、彼らのシナリオで何度涙を流したことか。アリシアは思わず振り返り、声の主の名を呼んだ。

「りっ、リアム……!」

 リアム・コルヴィス。名前を呼ばれた彼は、オリーブグリーンの髪を肩あたりの低い位置で結わえ、白衣を着ている。トレードマークは金縁の眼鏡。『魔奇あな』のメインキャラの中で最も穏やかで知的なリアムは、古代魔法の研究に目がない学者肌の人間だ。本人としてはできることなら研究だけに打ち込んでいたいのだが、優秀な人材であることが買われて王立学院の教師を務めている。王家からの覚えもめでたく、彼は二人の王子の教育係の一人でもあった。

 声が、CVそのまんまだぁあ! すごい! そう浮かれかけたアリシアだが、思わずキャラ名を呼んだのは失言だった。生徒に突然名前を呼び捨てにされたことでリアムは驚いたのだろう、目をしばたいた。そのまま、冷ややかにアリシアへ釘を刺す。

「ポーレットさん? 私は偉ぶるつもりはありませんが、学院内でのそれぞれの立場を尊重なさいますように」

 抑揚の少ない、淡々とした言葉。アリシアに対して、明らかに壁を作った態度と眼差しだ。

「せ、先生……申し訳ありま」

「さぁ、各自教室へ」

 リアムの言葉が重なって、アリシアからの謝罪の後半は彼に届かなかった。タイミングが悪かっただけなのか、リアムがわざとアリシアの発言を拒んだのかは分からない。

 だが、アリシアは大いにショックだった。

 リアムは、温和な性格で面倒見のいい青年だ。ゲームのシナリオの中では、親切にされこそすれ、邪険に扱われたことなど一度もない。その彼がこんなに冷たいだなんて。以前のアリシアが傲慢で不遜でよっぽどの態度を取っていたのだろうか? もしくはリアムも、アリシアと同じように元の世界からの負の影響を受けて性格が変わってしまっているのだろうか?

(リアムのことだけじゃない。アリシアって、のっぺらモブちゃん達とはすっごく仲良しなのかなって思ってた……)

 野次馬めいて視線を送っていた生徒達にリアムが始業時間が近いと知らせ、彼自身も立ち去ったことで、あたりは急に静かになった。さっきの三人組ももういない。

 正直言って、アリシアはものすごく気持ちがすさんでいた。無理もない、未知の世界へ突然やって来て、周りから冷たい態度を取られたら誰だって不安を覚えるだろう。しかも、おそらく相手側に落ち度はない。むしろ、過去の自分に原因や問題があった可能性が高い。それでも、どうしたって嫌な気持ちになるし、悲しさが拭えないアリシアはため息をつく。

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