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第3話 学び舎にて〈2〉

 ゲーム、『魔法も奇跡も貴女のために』は主人公が王立学院の入学テストを受けるところからスタートする。落ちこぼれのはずの主人公だが、伝承上の『奇跡』の力を扱えるという潜在能力試験の結果が出たことで、彼女の環境は一変。様々な勢力が、彼女の力を我が物にしようと画策するのだ。

 今、アリシアが馬車で送り届けられた先は、まさにそのゲームの舞台そのものだった。

(さっき、部屋で見た制服姿のアリシアの絵……あれ、王立学院の前だったんだ!)

 家族の肖像と並んで壁にかかった絵を見たあの時、アリシアは制服が描かれている、とすぐに分かった。なのに、どうして絵の中の門が王立学院のものだとピンとこなかったんだろう! 元の人格としての意識と、今のアリシアとしての感覚の混在にはまだ全然慣れないけれど、ひとたびそうだと気付いてしまえば、連鎖的にゆるオタ知識と令嬢の記憶が結び付いていく。紺色の制服ロングコートやスカート、淡い空色のスカーフ、本と花がデザインされた学院のエンブレム。特に、この校章は関連グッズによくデザインされていて、元の世界で使っていたスマホケースにもプリントされており毎日目にしていたくらいだ。

(ほ、本物だぁ……)

 アリシアは、自らの制服の胸元を見やる。金色の糸で刺繍された校章を見ると、ついワクワクしてしまう。これはコスプレ衣装ではなくて、実際に王立学院の生徒が袖を通す制服なのだ。目の前にある景色は全て実在の学院そのものであり、花壇や校舎の脇に植わっている木々や花も造花やフェイクグリーンではなく瑞々しく輝いている。

(すごいすごいすごいっ! グラがいいってレベルじゃない!)

 グラフィックも何も、全て実物なのだ。感動のあまり、校舎内に足を踏み入れたアリシアは周囲への注意が散漫になっていた。

「あっ」

「きゃっ」

 階段前の廊下が交差する場所で、アリシアは誰かと軽く衝突した。アリシアは窓枠や天井にまで凝らされた細かい意匠に気を取られていたし、どうもぶつかった女生徒は複数名でのおしゃべりに夢中になっていた様子だ。彼女達は口々にアリシアに声をかけ、アリシアはぎょっとする。

「あ、アリシア様っ! お許しを!」

「おはようございます!」

「申し訳ございません! お怪我は⁉」

 女生徒は三名で、アリシアがたじろぐほどの勢いだ。

(だっ、誰……⁉)

 『魔奇あな』登場キャラクターの顔は、たとえ脇役であってもたいていは覚えているはずだ。いや、ガチめのファンの方々に比べれば自信はないけれど……とアリシアが考えかけた時、口から自然と「わきまえることね。いくら口先だけで謝ろうと、目上の家柄に礼を失していい理由にはなり得ないわよ」とやたら冷たいトーンの言葉が出ていた。

「すっ、すみませんでした!」

 ぶつかった女生徒は青い顔をしているが、それはアリシアの心の内も同じことだ。

(え? なに? 今の私、めちゃくちゃ嫌味な言い方したな⁉)

 アリシアが自分の発言をフォローしようと「えっと……」と言いかけた矢先、強くたしなめられたばかりの生徒は「失礼します!」と急ぎ足で廊下を歩いていく。連れ合いの二人も「ちょっと⁉」「ごきげんよう、アリシア様っ」と友人を追いかけて行った。

「何だったんだろう、あの三人組……」

 思わずつぶやいて、アリシアはハッと目を見開く。

(三人組! ひょっとして! のっぺらモブちゃんでは⁉)

 のっぺらモブ、とは『魔奇あな』ファン用語の一つだ。ゲーム内での主要登場人物や脇役よりももっと登場頻度の低い群衆的なキャラクター──俗に言うモブは、目鼻立ちが省略されたビジュアルで登場し、ゲーム内で再生されるボイスも収録されてはいない。主人公に嫌味を言って絡んでくる時のアリシアは、たいていバックに制服姿の三人の取り巻きモブを連れているが、彼女達も顔の造作が省略されている。ちなみに、モブキャラクター達は表情が見えないものの、シーンによっては別に口数が少ないわけではない。アリシアの取り巻きも、のっぺらぼうの割にやたら語彙豊かにアリシアに追従する物言いをするため、そのちぐはぐさが返って愛嬌を感じさせる効果を生んでいて、こののっぺらモブという愛称が生まれたというわけだ。

(そっか、現実世界に顔のパーツがない人なんているはずないもんね)

 アリシアは、この世界での自分を知る人にさっきみたいな言い方をしたまま放っておくべきではないだろうと思って、彼女達を追うことにした。

 広い学院なのだから、一度視界から消えた三人をすぐに見つけるのは至難かもしれない。そう考えていたアリシアの予想とは裏腹に、令嬢はあっさりと中庭に面した回廊に佇む彼女達を発見することができた。声をかけようとしたアリシアだが、聞こえてきた言葉に思わず反応して柱の陰に身を隠す。

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