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第77話

マリンに連れられ、城の中を歩いていく。

相変わらず豪華な光景に目を瞬かせていれば、彼女は大きな扉の前で足を止めた。


「とうちゃーくっ☆」


「ここだよ」と両手を掲げて満面の笑みを浮かべるマリンに、サイモンは聳え立つ扉を見上げた。

(でっか)

サイモンたちの三倍はあるであろう扉。青い塗装で塗られた扉の周りには、サイモンの頭と同じくらいの大きさの白い球が縁どるように飾られている。光沢からして真珠だろう。地上に持って行けば一攫千金は確実な代物だ。本当にすごいな。


「持ってっちゃダメだよ?」

「持って行くわけないだろ」


触れたら最後。その後の末路を見たばかりなのに、わざわざ罠に手を出すような馬鹿じゃない。

サイモンはアリアを見た。アリアは力強く頷くと、トントンと扉を叩いた。


「たのもーー!!」

「ええっ!?」


アリアの声にマリンが驚く。二度目に見るカイリは「ブハッ」と吹き出し、グレアも体を震わせている。笑っているのだろう。狼が笑っている姿なんて初めて見た。


「なにそれ! ちょーウケるんだけどぉ!」

「? ダメでしたか?」

「ううん、ゼンゼン! 余計にアリアちゃんのこと、好きになっちゃった☆」


きゃっとアリアに抱き着くマリン。彼女のツボはやっぱりよくわからない。

サイモンは扉を見つめる。扉の向こうからは何もアクションがなく、気配も動く様子はない。海の神が引き籠っているというのは本当らしい。


「出て来そうにないですね……」

「そうだな」

「寝てるのかもしれへんで?」


カイリの言葉に、サイモンは首を振る。「神に寝るって感覚はないぞ」と告げれば「マジか」と声を上げた。寝ないと動けない人間からしたら、信じられない性質だろう。

サイモンは仕方ないと一歩前に出ると、「少し離れておけ」とアリア達を遠ざけた。カイリがニヤニヤと笑みを浮かべる。


「今度は何をするん?」

「扉を吹き飛ばそうかと」

「マジか! 豪快やなぁ~!」


あははは、と腹を抱えて笑うカイリ。そんなに笑うことだろうか。

サイモンは首を傾げつつも、両手を扉に向ける。重厚な扉だが、魔法はかかっていない。吹き飛ばすのは簡単だ。サイモンは魔法を唱えるため、息を吸い込んだ。


「アーネ・モ――」


バンッ!!


「サイモンッッ!!」

「「「!?」」」


勢いよく飛び掛かって来た影に、サイモンは慌てて魔法を中断させる。ドンッと体に走る衝撃に体制が崩される。サイモンの手元から集めた風の玉が、不発弾として天井に放たれる。当たった衝撃で大きな照明が一つ落ちてしまった。しかし、それに構っている余裕はない。

サイモンは突撃してきたものを見る。


「遅いぞ、サイモン! またって言って何年待たせるつもりじゃ!」

「わ、悪い」

「待ち侘びすぎて妾は……妾は……!」


ぎゃんっと勢いよく声を上げる子供。突然飛び出してきた子供に、アリアたちが驚いている。

「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってくる彼女たちに、サイモンは待ったをかけると上半身を起こした。腹に子供の頭が突き刺さって地味に痛い。


「干からびてしまうかと思ったじゃろが!」

「神様なんだから干からびることはないだろ」

「物の例えじゃ!」


むっと口を尖らせる子供。涙目になっている彼女に、サイモンは申し訳なさそうな顔で頭を撫でてやる。


「さ、サイモンさん、その人はもしかして……」

「ああ。海の神だ」


アリアの言葉に頷く。カイリが一瞬何かを言いかけたが、察知したアリアが咄嗟に口を塞いだお陰で漏れ出ることはなかった。

鮮やかな水色の髪を額の上で括っている子供は――海の神本人だ。

体が大きく威厳のあった大地の神とは違い、小さく子供の様に駄々をこねる姿は、同じ神とは思えない。二人揃った姿を見たら確実に親子と勘違いするだろう。


「引き籠っていたんじゃないのか?」

「サイモンの魔力を感じての。もしかしてと思って飛んできたんじゃ」

「なるほど」


つまり、旧知の友人に会えたことにテンションが上がって出てきてしまったというわけか。

(相変わらず単純だな)

そういうところが人間っぽくてサイモンとしては好感が持てるのだが、本人は気にしているので言わないようにしている。

サイモンは半分寝転がったような状態から扉の中を指差した。


「とりあえず中に入れてくれないか?」

「妾としてはこのままでも構わんのだが」


サイモンは首を横に振る。こんな床に這いつくばったような状況でいたくないし、何より海の神が部屋から出てきたことに気付いた人たちが集まってきているのを感じる。こんなことで目立ちたくない。

サイモンはそう告げると、海の神は「仕方ないのう」と立ち上がると、部屋の中にサイモンたちを招き入れた。マリンはここから先は入れないのか、「ここで待ってるね~!」と手を振っている。

彼女に見送られながら、サイモンたちは部屋の中に足を踏み入れた。



部屋の中は予想以上に広かった。

天蓋付きのキングサイズのベッドが中心にどんと置かれており、装飾はどれも一級品で取り揃えられている。使用人らしきクラゲが頭を垂れた。

(本当にどこからどこまで大地の神と正反対だな)


「まあまあ、好きなところに掛けるがよい」

「あ、ありがとうございます……」


海の神に声を掛けられたアリアは小さく頷くと、使用人のクラゲ――頭に大きく円形の傘が付いた種族だ――に案内され、近くの貝殻のソファに腰かけた。グレアにはクッションが用意され、カイリには何を用意しようか相談し、悩みに悩んだ結果クッションを足元に置いて行った。

サイモンは海の神に誘われ、横に長い貝殻で作られたソファに腰かける。隣には海の神が当然のような顔で腰かけた。お前が座るのはベッドあっちじゃないのか。



「それで、用件はなんじゃ? もしかして大地の神に妾の事を見てくるようにでも言われたか?」

「ご明察だな」

「そんなことだろうと思ったわ」


はあ、と海の神がため息を吐く。心底下らんと言いたげな顔だ。

クラゲの使用人が人数分の紅茶を持ってくる。


「大方のことは、既にあやつから聞いておるんじゃろ?」

「たぶんな」


サイモンは茶器を受け取りながら、大地の神から聞いたことを話す。

――大地の神の元で起きたこと。天の神に邪神を崇拝する輩が潜んでいること。そのせいでスクルードの身に何かが起き、〝祝福〟に影響が出ていること。それを解決するには海の神の力が必要であること。


「それで、サイモン。お主は何がしたいんじゃ」

「俺はスクルードの安全を確認したい。世界の平和も気にはなるが、正直友人の命と天秤にかけるほどじゃない」

「相変わらず英雄とは名ばかりの自己中心的考えじゃのぉ」

「人間みんなそんなもんだろ。それとも、そんな理由じゃ力を貸してくれないのか?」

「そんなこと誰も言っとらんじゃろう」


紅茶を飲みつつ、サイモンは言う。その言葉に海の神も上機嫌に笑みを浮かべ、紅茶を口に含んだ。

その様子をアリアたちは不思議な気持ちで見ていた。並んで座っているのは神と人間なのに、まるで昔からの友人みたいだ。アリアがじっと海の神を見つめていれば、ふと海の神がアリアを見た。


「それで? お主は何の為にこやつと一緒におるんじゃ?」

「えっ?」


突然話を振られ、アリアはビクリと肩を震わせた。海の神が紅茶を置き、サイモンを指差す。口元に手を添え、声を潜めた。


「こいつ、こう見えて甲斐性なしじゃろ? それに結構抜けとるところもあるしのぉ」

「あ、ハイ」

「アリア。真面目に聞かなくていいぞ」


というか少しは否定してくれても良くないか?


「でも、サイモンさんは優しいですし、気遣いもしてくれて……私にはもったいないくらいの素晴らしい師匠です」

「? なんじゃ。お主、こやつに惚れておるのか?」

「ほれっ、!?」


海の神の言葉に真っ赤に染まるアリア。

(突然何を言い出すのかと思えば)


「ち、違います! 私は自分の家族が王都に居るので、その安否を確かめるために一緒に旅をさせてもらっているだけで……!」

「ほう。サイモンの事は気に入っとらんのか?」

「っ、な、ちがっ、そういうことじゃっ……!」


ニヤリと笑みを浮かべる海の神に、プルプルと震えるアリア。赤くなりすぎて火でも出そうだ。

(そろそろ可哀想になって来たな)

言葉にならない言葉を繰り返すアリアに、サイモンは息を吐く。とりあえず、後で海の神はセクハラで訴えよう。


「こら。それくらいにしてやれ」

「ちぇー」


口を尖らせる海の神。やっぱりわざとだったか。

初めて会った時もスクルードに変な質問で迫っていたのを見たことがある。彼女曰く、人を困らせるのが楽しいのだとか。神様のくせにいい趣味をしている。

(本人はこれをコミュニケーションだと思っているのが余計な……)

嫌われても知らないぞ、とサイモンが目で訴えれば、すまんと言わんばかりの視線が返された。


海の神はコホンと咳をすると、片手を上げた。

使用人の丸い傘を被ったクラゲが、アリアの前にクッキーを差し出す。


「揶揄ってしまったお詫びじゃ。好きなだけ食べて行ってくれ。それにしても、まだ幼いのに家族のために旅をするとはのう。妾にはない発想じゃ。人間らしくて実に面白い」

「えっと」

「貰っておけ。それと、コイツのこれは誉め言葉だから、素直に受け取っといていいぞ」

「失礼な言い方じゃな」


サイモンの言葉に、海の神は不服そうに眉を寄せる。どう考えても自業自得だろうに。


「では次。お主はどうして一緒におるんじゃ?」


海の神は次いでグレアを見た。この流れだと全員に聞きたいのだろう。暇そうな顔で伏せていたグレアは突然話しかけられたことに驚いたのか、跳ね起きた。完全に気を抜いていたらしい。間抜けな顔をするグレアに、サイモンは吹き出しそうになるのを堪える。


サイモンはバッグからグレアの服を取り出し、それを宝箱の代わりにグレアの背中にかけてやる。「いいぞ」と告げれば、面倒そうな顔をしながらもグレアは獣から人へと姿を変えた。


「よくわかったな。俺が獣人だって」

「見ればわかるに決まっておろう。妾は神じゃぞ?」


胸を張る海の神に、グレアは服を着ながら「フーン。神ってのは凄いんだな」と棒読みで呟いた。興味なさそうな声をしてるが、残された耳と尾が興味深そうに海の神に向いて揺れている。

海の神もわかっているのか、それ以上は何も言わない。クラゲの使用人にジャーキーを持ってくるよう言いながら、海の神は視線で問う。僅かに感じる威圧に、グレアの耳がピンと立つ。


「……俺は鍛冶屋としての技術を学ぶために着いて来ただけだ」

「ほう。本当にそれだけか?」

「なにが言いたい?」


怪訝な顔をするグレアに、海の神が目を細める。口元が弧を描いている。

(遊んでるな)

サイモンはため息を吐いた。素直じゃないグレアに吹っ掛けたらアリア以上に長引くのは目に見えている。サイモンはここに遊びに来たわけじゃない。


「グレアは〝ハイイロオオカミ族〟なんだ」

「おい!」

「何と! とても稀少な種族じゃないか。確か、少し前に大規模な奴隷狩りに遭ったと聞いておる。もしかして彼はその末裔か?」

「まあ、そんなところだ」


サイモンの言葉に「そうだったのか!」と海の神が頷く。目が輝いているのは、希少種族に出会ったからだろう。サイモンたちからすればここにいるマリンのような人魚族や、海ガニ達の魚人族の方が珍しいのだが、海を住処にしていると逆になるらしい。

サイモンはグレアの恨みがましそうな視線に素知らぬふりをしながら、そう考察する。


「つまり、いなくなった同胞を助けるために旅をしておるのか。いいのう、いいのう。青春じゃのう」

「うっせー。別にそんなんじゃねーよ」

「しかもツンデレ属性と来たか。若いのう」

「っ、!」

「相手にするだけ無駄だぞ、グレア」


顔を赤くして反論しようとするグレアに、サイモンが待ったをかける。海の神が何かを言いたげに見て来ていたが、嘘は言っていない。

(さて、次の犠牲者は……)


「最後じゃ。お主はどうして一緒におるんじゃ?」

「えっ」

「一緒に来たんじゃから、何か目的があって来たんじゃろう?」


やはり、サイモンの予想通り海の神が見たのはカイリだった。宙を浮いている彼に、海の神は目を輝かせる。


「お主は幽霊か? 見えるということは……実体化しておるのか!?」

「あ、いや」

「でも座布団には吸われていないようじゃのう……半実体化といった感じか? それにしてもこの変な感じは……そうか。呪いか」


ブツブツと一人話始める海の神。

(こういうところ、アイツに似てるんだよな)

自分の興味のあることにはとことん詰め寄るのは、どこぞの魔法省のトップを思い出させる。小さな体も、子供の様な見た目もよく考えれば似ている。それを言ったら一方はブチ切れるだろうが。

サイモンはカイリを見る。詰め寄る海の神に苦笑いをしながらあしらっているが、その顔はぎこちない。

(このまま放置したら、後で恨まれそうだな)

意外と感情の起伏が大きい奴だ。本気で呪われたらかなわない。


「俺が説明するから、一旦落ち着け」


サイモンはそう告げると、カイリとの出会いから話をした。それを話すのには地上の事も説明しなくてはいけないので、同様に地上の状況も説明する。

ゾンビのこと。凍らされたカイリの仲間たち。その封印が解かれ、近くの港に辿り着いていたこと。


「カイリは……お前の罰を食らったうちの一人なんだ」


サイモンの言葉に、海の神は目を見開く。


「……そうじゃったのか」

「ああ」

「それは、気の毒じゃな」


「――っ、他人事みたいに言うなやッ!!」



バンッ!!


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