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第75話

「すっご……まるで氷の洞窟みたいやな」

「天井はないけどな」


太陽光に当てられ、キラキラ輝く氷の感動に声を上げるカイリに答えながら、サイモンは周囲を見回す。

神殿への入り口は、湧き出る魔力を辿ればすぐにわかるはずだ。一応神様のいる場所へ続く道だし、魔力も特殊だからわかりやすい。サイモンは探知を使いながら、できる限り急いで入り口を探していた。しばらくしたら溶けるとはいえ、温度の変化に弱い珊瑚は、そのままにしておくとすぐに死滅してしまう。

(今は氷の下に結界を張ってコーティングしているが、影響がゼロとは言えない)

こんなに綺麗な場所を自分の都合で世界から失ってしまうなんて、そんな勿体ないことは出来ない。


サイモンはしきりに周囲を見回す。海の中だということもあってか、いろいろな魔力が漂っている。神域には魚人たちも住んでいるというし、その魔力が溶け出しているのだろう。

気を張りつつも珊瑚を踏まないように氷の足場を歩いていれば、ふと強い魔力を感じた。それはサイモンだけじゃなかったようで。


「サイモンさん! ありました!」


アリアが意気揚々と声を上げる。目を輝かせる彼女の足元には、珊瑚に囲まれた小さな扉があった。

ぞろぞろと探していたメンバーがアリアの元にやって来る。彼女の足元にある扉を見て、カイリが「コレ?」と首を傾げた。


「こない小さいのが入り口になるん? 手ぇくらいしか入られへんと思うけど」

「魔法で作ってるからな、大きさは自由自在なんだ。それより、アリアはよくこれが入り口だってわかったな。すごいぞ」

「えへへへ」


赤毛を優しく撫でてやれば、アリアは嬉しそうに笑う。

小さな扉はカイリが言っていた通りかなり小さい。人が入れるとは到底思えないが、海の中に隠すくらいだ。元々見つかりづらくするのが目的なのだろう。それを見つけてしまったのだから、顔を合わせたら怒られるかもしれない。

(まあ、海の神相手なら何とかなるだろ)


「行くぞ。準備は良いか?」

「はい!」

「グルルル」

「ええで!」


全員の返事を聞き、サイモンは小さな扉を開いた。


――刹那。眩い光が一閃、海から空を穿つ。

光りは次第に大きくなるとサイモンたちを飲み込んだ。







目を覚ましたら、そこは海の中の世界だった。


「「「お、おぉぉ……!」」」


今度はサイモンも一緒に感嘆の声を上げてしまう。それくらい、その光景は現実離れをしていた。

青く澄んだ世界。上空を見れば小さな魚が群れを成して空を泳いでいる。小さな気泡が白く輝き、下から上へと浮遊する。更に上を見れば、白く輝く波が揺れているのがわかる。

足元は砂浜で、足元は思っている以上に軽い。海の中だからだろうか。動くと少し水圧の抵抗感が感じられる。


サイモンたちの立っている足元からはさっきとは比べ物にならないほど、大きな珊瑚が育っているのがわかる。色も赤一色ではなくピンクや黄色と、色とりどりに変わっており、さすが神の神域であると言わざるを得ない。


「磯の匂いがしますね。おいしそう」


すぅっと息を吸い込むアリア。大きく息を吐き出すと気泡が口から零れ落ちた。しかし、苦しそうな様子はない。

(相変わらず不思議な感じだな)

海の中にいるのに、ほとんど地上と変わらない。

サイモンも大きく息を吸う。海独特のにおいを肺いっぱいに取り込んで、サイモンは満足げに息を吐いた。


「なあ、兄ちゃん」

「ん?」

「グレア、めっちゃ苦しそうやねんけど」


カイリの言葉にハッとして振り返る。そこには獣の姿のまま鼻を抑え、地面に伏しているグレアがいた。サイモンたちにとってはいい匂いだったが、獣人で嗅覚の鋭いグレアにとっては拷問にも近い状況なのだろう。

(すっかり忘れていた)


「グレア、大丈夫か? ちょっと待ってろ」


サイモンは慌ててグレアの近くにしゃがむと、バッグから珊瑚の欠片と魚のうろこを取り出した。


「それは?」

「これを使って結界を作ると息ができるようになるんだ」

「へぇ!」


アリアが興味津々に覗き込んでくるので、手元を見せて説明をしながら結界を練っていく。物を使っての魔法はかなりコツがいるが、魔力が少なくても出来るので初心者にはおすすめのやり方だ。

(それに、物を使った方が長持ちするからな)

魔法は術者が死んだら自然と無くなってしまうが、物を使えばそれも少しは保つ。サイモンは頭部を覆えるほどの丸い結界を作ると、グレアの頭に被せた。


「待たせたな。どうだ? 少しは軽減されたか?」

「グルルル」

「そうか、よかった」


顔を上げ、頷くグレアにほっと胸を撫で下ろす。ちゃんとした足取りで立ち上がるところを見るに、問題はなさそうだ。サイモンも立ち上がりつつ、周囲を見回す。あまり長居してもよくなさそうだし、グレアのためにも早く海の神に会って帰った方がよさそうだ。サイモンたちはとりあえず海の神の神殿を探すために海の中を歩き出した。


歩き始めて、どれくらいが経っただろうか。十分も経っていないように感じるが、海の中にいるとその感覚も崩れそうになる。

珊瑚の群生を掻き分け、時折小魚と戯れつつ、足元の浮遊感と水の抵抗感にも慣れた頃。サイモンたちは大きな建物を発見した。


「わぁ……!」

「すっげ」


真っ赤に色づく支柱を中心に聳え立つのは、まるで城のような建造物だった。


「おー。変わってないな」

「! もしかして、ここが海の神様の神殿なんですか?」


察しのいいアリアが得意げに声を上げる。サイモンはその様子を微笑まし気に見つめながら頷いた。

遠く東の建築物を模したその建造物は横に広く、屋根があちらこちらにある。まるで建物から屋根が生えているようだ。屋根の下には丸い照明がいくつもぶら下がっている。束になった光はここまで届きそうなほど輝いており、その眩さにサイモンは目を細める。

(なんか、前に来た時より派手になっていないか?)

昔はもう少しお淑やかな印象だったのだが、今はお淑やかというよりは〝派手〟の一言に尽きる。


「サイモンさん?」

「あ、ああ。いや、何でもない。行こう」


サイモンは訝しむアリアの視線に首を振って、建物の方へと足を踏み出した。

どうやって入ろうかと相談し、結局サイモンたちは正面から入ることにした。アリアが「不法侵入は犯罪ですから」と譲らなかったのだ。サイモンとしても戦いに来ているわけじゃないので、特に異論はなかった。カイリはつまらんと口を尖らせていたが。


見上げるほど高い赤い柱に、緑の木造の扉が閉まっている。取っ手らしきところには黄色い取っ手が付けられているが、あれを掴んだとしてこの巨大な扉が開ける気はしない。


「どうすんねん?」

「とりあえず声をかけてみよう」

「わかりました!」


意気揚々と返事をするアリアに、サイモンは「おっ」と声を上げる。

やる気があるのは良いことだ。サイモンはアリアに任せようと一歩後ろへと下がる。代わりに一歩前に出たアリアは門を見上げると大きく息を吸い込んだ。


「たのもー!!!」

「ちょっと待て、アリア」

「え?」


急に叫び出したアリアに、サイモンがストップをかける。突然何をしでかすのか。キョトンとするアリアに、サイモンは頬を引き攣らせる。


「なにしてるんだ?」

「なにって、挨拶です。お母さんが貸してくれた本に、こういうお家にはこうやって挨拶するようにって書かれていたので」


ろくな本じゃないな。サイモンは出かけた言葉を飲み込んだ。少なくとも、サイモンの読んできた本にはそんなことは書かれていないし、数百年前に訪れた東の国でも一度も聞いた事がない。しかし、それをどうやってアリアに伝えればいいのか。

キラキラと自信に満ちた目で見上げて来るアリアを前に、サイモンは頭を抱えたくなる。下手に伝えて自信を喪失させてしまうのは惜しい。


「ワフッ」

「どうした、グレア」


グレアの声にサイモンが振り返る。すると、門が音もなく開き始めた。顔を出したのは、巨大海カニの兵士だった。


「なにをしているんだお前たちは……って、げっ」

「?」

「お、おま、お前はあの時の……!」


巨大海ガニがサイモンを見て震え出す。突然なんだ。人の顔を見て悲鳴を上げるなんて。失礼な奴だな。

サイモンの眉間にしわが寄っているのを見たのか、海ガニ兵士はガクガクと体を震わせながら「な、何の用だ!」と声を張り上げた。虚勢であることは言わなくてもわかるだろう。サイモンはアリアを下がらせると、海ガニ兵士と対峙した。


「海の神に会いに来たんだ」

「姫様にィ? なんでお前が?」

「何だっていいだろう。それとも、内容を聞かないと中に入れてくれもしないのか?」

「当然だ。オレ様は姫様からここの門番を任されているんだ」


むん、と胸を張る海ガニ兵士。言っていることは一理どころか、百里ある。

(説明するのが面倒なんだがな)

サイモンは大きく息を吐く。瞬間、ビクッと肩を震わせる海ガニ兵士。過剰なまでの反応に、サイモンは首を傾げた。なんだ。もしかして顔見知りなのか?

(でも海ガニと関わったことなんて……)


――あ。


「お前、もしかしてあの時の、亀いじめてたカニか?」

「ギクゥッ!」

「……わかりやすすぎるだろ」


もう少し取り繕ったり、誤魔化したりすればいいのに。サイモンは呆れに眉を下げた。

どうやらサイモンの予想通り、この海ガニ兵士は以前サイモンが助けた亀をいじめていた海ガニだったようだ。よくよく見れば、その時に付けた傷が顔の近くについたままだ。


「痛そうだな、それ」

「あ? ああ。でももう痛みもねーし、あの時はオレ様もヤンチャばっかしてたからな。あれがいい引き際になったってもんよ」

「そうか。ならよかった」


サイモンは海ガニ兵士の言葉に頷いた。本人がそう言うなら、謝罪は必要なさそうだ。海ガニ兵士は六本の足で踵を返すと、「ついて来な」とサイモンたちに告げる。


「いいのか?」

「顔見知りだし大丈夫だろ。だが、姫様への謁見は手伝えないぞ」

「いや。入れるだけでもありがたい」


サイモンは海ガニ兵士に礼を告げると、彼は赤い甲羅を更に赤くして建物の方へと歩いていく。ぽかんとしていたアリアたちに目配せをし、サイモンは門の奥へと足を踏み入れた。



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