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第72話

くありと欠伸をして、トトは涙で潤む視界に息を吐き出した。

(……眠い。眠すぎる)

ぼうっとする思考を頭を振って飛ばし、トトは目の前にある炭の欠片と、土の欠片を見つめていた。


――裏切り者である騎士団第五部隊副団長、〝ラード・シュタンズ〟。

ヤコブの部下であるその男の足取りを掴むため、また自身の魔力の回復をするために、トトは半ば強制でこのフクロウの集落に残っていた。


本来の目的である遺跡の調査については、今は一旦中断としている。理由はもちろん、どこぞの馬鹿のせいで遺跡が半壊してしまったからだ。遺跡を調査しようとしたトトに、大地の神は『遺跡を修繕すること』を条件に出した。一応神の言葉だ。逆らうわけにはいかない。ただ、魔法で直すにしろ魔力がない以上、修繕するのにも時間が掛かる。

(修繕できる魔力が溜まるまで、あと五日……)

同時に、ヤコブの部下ラードに関しての情報を集めている。しかし、未だに行方不明になっている事以外わかっていないのが現状だ。

どこに行ったのか、誰といたのか。何一つわからない状況らしい。ヤコブはその情報を集めるため、数日前に近くの騎士団駐屯地へと向かっていた。近くまで飛ばしてやろうかと提案したが、ワシ族の長であるセグロと仲良くなった彼はセグロと一緒に空を飛んで行くことにしたらしい。似た者同士でフィーリングが合うのだろう。トトは関わりたくなくて詳しくは尋ねなかった。


「トト、大丈夫?」

「ああ、別に。大丈夫」


隣に座っている神子を横目に、トトは簡潔に答える。彼女の手元には神子としての教養が書かれた本が持たれている。というか、トトは彼女がそれ以外の本を読んでいるところを見たことがない。彼女曰く、もう何度も読んでいるらしいが、「何度読んでも足りない」そうだ。よくわからない。

(僕なら絶対飽きるけどな)

それは一旦置いておくとして。トトは鑑定魔法に疲れた目頭を摘まむ。大丈夫ではあるが、毎日毎日鑑定魔法ばっかりで飽きてきたのも事実だった。

(そろそろ違う魔法が使いたいなぁ)

出来れば大きな魔法をドカンと一発、ストレスを発散するような感じで打ち上げたい。もしくは最高難易度の魔法を五十個くらい重ね掛けして、周りをパニックの渦に巻き込みたい。――つまり、高度な悪戯がしたい。


「トトさん、今ヤバイこと考えてません?」

「うるさいなぁ。そんなことより、ラードの情報は持って来れたの?」

「もっちろんですよ~!」

「へぇ」


やるじゃん、と告げてトトは顔を上げる。ついさっき帰って来たばかりなのだろう。ヤコブは頬についている土汚れに気付かないまま、笑みを浮かべている。汚なそうなので、ヤコブを出入り口で止めて話を促した。トトの研究室となり果てている室内は、元は神子の占いの場だ。一応、神聖な場所なので泥付きで入って欲しくない。ヤコブはトトの真意に気付かないまま、出入り口で話始めた。


「行方まではわかんなかったっすけど、目撃情報はいくつかゲットしたっす」

「目撃情報? ナニソレ。なんでそんな不確定な情報を当てにしてるワケ? ラードの魔力の痕跡とかなかったの?」

「そんなこと言われても……トトさんと違って俺鑑定使えないんすから、仕方ないじゃないっすかぁ」


困ったように苦笑いをするヤコブに、トトはため息を吐く。そう言えばそうだった。ヤコブは潜在能力は高いくせに、その才能を全部斧に振っているんだった。

(面倒くさいなぁ)

むすっとするトトにヤコブも慣れているのか、特に文句を言うわけでもなく報告を続ける。


「とりあえず、目撃情報だとラードは一人じゃなくて二人で活動してるみたいっすよ~」

「二人?」

「そうっす。まあでも、行動中はフードは被ってるみたいですし、人目を避けるようにも動いているみたいで……わかったのは連れの髪の色が白っぽいことくらいなんすよねぇ」

「白い髪……」


ヤコブの言う色素の薄い人間は結構いる。特に獣人や魔力が強い人間は色素が薄いことが多いと、どこかの研究者が言っていたような気がする。とはいえ、人数は多いし確定できるほどの情報でもない。

(もしかしたら一緒に居るのは新興宗教の人間かもしれないし)

そうなると余計特定は難しいかもしれない。


「普通に考えれば、新興宗教側の人間と合流したって線だけど、その線は違うの?」

「それは俺も考えましたけど、被ってたのは白いフードじゃなくて黒っぽい物らしくて……」

「黒?」

「そうなんっすよ」


「だから余計にわからなくて」と言うヤコブに、トトは眉を寄せた。

新興宗教のフードは白だ。黒に変装していると考えてもいいが、その場合違った時が面倒くさい。

(情報として不確定なものを持ってきた上、特定もできないなんて)

ほとんど情報がないって言ってるのと変わんないじゃないか。

トトが大きくため息を吐けば、ヤコブが小さく肩を震わせる。ヒクリと頬を引き攣らせているところを見ると、本人も同じことを思っていたのだろう。「あー、トトさん、お茶要ります?」と誤魔化すように聞いてくるので、「その汚い恰好をどうにかしてから出直して」と告げる。

ヤコブが慌ててセグロと共に去っていくのを見送りつつ、トトは頭を抱えたい気分になっていた。


「トト、大丈夫?」

「……大丈夫」


神子の問いに、トトは頷く。大丈夫だ。悪戯したい欲がさらに強くなったが、まだ大丈夫。

(ヤコブじゃ情報が取れない。かといって僕がここを離れるわけにはいかない)

遺跡の修繕をヤコブが指揮するのは問題ないだろうが、修繕に使う素材を見分けることは出来ない。仮にも神の住まいを作るのだ。粗悪なものを使って作ったら罰が下ってしまう。神は総じて住処に関心が深いから、手を抜くことは許されない。


「……僕がもう一人欲しい」


トトがため息交じりに呟くのと同時に、眩い光が目の前に現れる。ぎょっとして飛び退く神子を余所に、トトは光を見つめる。光から感じ取れる魔力はサイモンのものだった。

(なんでサイモンから?)

サイモンたちといえば、今頃ゾンビが占領する幽霊船のある街で四苦八苦しているはず。そんな奴が一体何の用で話しかけてきているのか。トトは訝し気に目を細めた。


徐々に収まっていく光の中から出てきたのは、一羽の鳥。以前トトが伝書鳩として使ったものに似ているが、サイモンのアレンジが加わっているのか、羽が生えているのは小さなネズミだった。

(うわ、可愛くない)

鳥ねずみが持っていた封筒を受け取れば、封筒が溶けて中から何かが出て来る。綺麗に割れた透明な容器と、別の皿に乗せられた液体。そしてサイモンからの一言。


『悪いトト。コレの解析を頼みたい。たぶんこれ、ゾンビの原因なんだろうけど、よくわからないから任せようと思って。お前好きだろ、そういうの』

「……」

『あと解除方法がわかったら教えてくれ。出来れば何パターンか欲しい』


『じゃあ、そういうことで』と告げるサイモンに、トトは容器を鷲掴むと瞬時にぶん投げたい衝動に駆られた。

(あんの、ジジイ……!)

歳はあんまり変わらないが、サイモンの方が年上だからあながち間違いじゃない。

ギリギリと容器を掴む手に力を込める。こんな時ばっかり頼って来て。数十年も音信不通だった人間とは思えない。


「それにしても、もっと頼み方とかあるデショ……!」


頼みたいと言いながら、頼むのが前提で話を進めている。それが何よりも気に入らない。

(嫌がらせの一つや二つしても許されるよね、これ)

爆弾の一つでも送りつけてやろうか、と思いながら、鷲掴んだ容器を見る。これでどうでもいい物だったら速攻送り返してやろうと思っていたが、どうやらその必要はなさそうだ。


「このかかってるのは……呪い……?」


闇魔法に代々伝わる、初歩的な魔法の一つ――呪い魔法。

人や物に対してかけると、何かを身代わりに願いが叶うと言われているもので、もちろん禁忌魔法の一つとされている。理由は無論、『身代わり』が生じるからだ。

スクルードはそれを知った時、「悪用される前に封じてしまおう」と言って禁忌項目に追加した。お陰で、この呪い魔法を知っている人間は少ないし、それによる被害もあまり聞かない。あっても幼子の無意識の魔法だったりと、損害は小さなものが多い。

それが何の因果か、この容器に掛けられている。しかも、重ね掛けされているのは、またもや禁忌魔法。洗脳を促すものだ。その上から視認を阻害するようなものまでかけられている。


「ナニコレ。すっごく性格悪そうなんだけど」

「えっ」


ふと聞こえる声に振り返る。後ろのローテーブルには、水浴びに行ったはずのヤコブが帰って来ていた。タオルで髪を拭きながら茶を淹れているところを見るに、どうやら帰って来たばかりらしい。

(なんだっけ。カラスの行水?)

一瞬しか入っていないんじゃないかという懸念に駆られたが、一応汚れは落ちているようなので、一安心しておく。寝る時にもう一度浴びてもらおうと考えながら、さっきの反応に対してトトは「なに?」と首を傾げた。変なことを言ったつもりはないんだけど。


「いえ。性格悪いとか、トトさんに言われるなんて、一体どんな人なのかなって思って」

「……つまり、僕の性格が悪いって言いたいワケ?」

「あっ」


ハッとしたヤコブの頭の上に、トトは小さな岩を出現させると、容赦なく彼の頭上に叩き落とした。ガンッと衝撃に首が下がる。ヤコブの情けない悲鳴が響いたが、その声を余所にトトはヤコブに近づくと、淹れられたばかりのお茶を取った。

(可もなく不可もなく)

一般的なお茶の味を舌で感じながら、トトはもう一つのカップを片手に再び自分の席へと戻る。神子に茶を渡せば、キョトンとする大きな目。


「トト、性格悪い?」

「そんなことないと思うけど」

「そうなの?」

「アイツよりは断然マシだと思うよ」


ヤコブを指差して、そう告げる。すぐさまヤコブが何かを言い出したが、トトは聞こえぬ存ぜぬでつき通した。

(大体先輩に性格悪いとか、失礼だから)

ヤコブより数十年は長く生きているのだ。年上は敬うべきだろう。

じっと見つめて来る神子の視線を感じながら、トトは再びサイモンから送られてきた容器を見る。


重ね掛けしてある魔法は、中級以下の魔法使いに視認できないようになっているようだ。視認阻害魔法は、基本自分よりも下位の存在に見えないようにすることが出来るもので、上位の存在には利かないのが一般的だ。もちろん、気づかれにくくすることは出来るが、それだけ。どうしても魔力が高い者には勝てないのが定石だ。

つまり、この魔法をかけた人物は上級魔法使い、もしくは中級の中でも上に存在する者なのだろう。


「ヤコブ、ラードの魔法階級は?」

「え? えーっと、確か中級の下だったかなぁ」

「なに? 部下の階級も覚えてないの? ほんっと使えない」

「いやいやいや! 騎士団何人いると思ってるんですかっ!? 魔法省の二倍はいるんすよ!?」

「そんなことはわかってる。でも、上に立つ者、下の階級は覚えてて当然デショ」

「うぇえええ!?」


「そんな無茶な……!」と嘆くヤコブの言葉を背中に、トトは大きくため息を吐く。そんなんだからいつまで経ってもスクルードに子供扱いされるんだ。団長としての威厳もあってないようなものだろう。

ちなみにトトは下の人間から王城にいる者たちの魔法階級は、全て把握している。知らないのは別棟でほとんど関わりのない騎士団くらいのものだ。ヤコブもそれを知っているからか、ぐぬぬぬと唸るだけで反論は飛んでこない。


「く……っ! ガンバリマス……っ」

「当り前デショ」


落ち込むヤコブに、トトは無意識に追い打ちをかけると、分析に戻った。


ラードがヤコブの言っていた通り、魔法階級が中級だとするとこの阻害魔法は矛盾を作ってしまう。無論、ラードが力を誤魔化していた説もなくもないが、魔法の階級測定の際は基本的にトトも同席する。誤魔化していれば一発でわかるのだ。

(僕を欺くほど、隠すことが上手い人間だったら別だけど)

そんな人がいるならぜひとも会って、魔法について延々と語りたい。


「それにしても、重ね掛け雑過ぎ。魔法の種類もバラバラだし、品もない。僕はぜんっぜん好きじゃないな」

「魔法に重ね掛けなんて出来るんすか?」

「君は何年騎士団団長をやってるの?」


トトは呆れた顔でヤコブを見た。毎回魔法も使わず、ブンブン斧を振り回しているからそんなことになるんだ。


「魔法の重ね掛けは基本中の基本だよ。遠征する時に魔物捕らえたりするデショ。〝シープシーン(捕縛)〟とか〝ディリティーオ(毒)〟とか。使ったことあるデショ」

「ああ! ありますけど、基本サイモンさんに教わった短縮魔法を使ってるんで、よくわかんないんっすよね~」

「はあ?」


ヤコブの言葉にトトは眉を思いっきり顰めた。とんでもない初耳情報が飛んできた気がするが、気のせいだろうか。

勝手に魔法を短縮した上、それを魔法省と共有してないなんて、普通は許されない。もちろん個人で使う分には構わないが、それを騎士団の共通として使っているのが問題なのだ。

(ほんっと余計な事しかしないんだから……ッ!)

仕事が早くなるのは良いが、それじゃあ正しい魔法の知識はつかない。ヤコブがいい例だ。


「呪い上書きして送り返してやろうかな……」

「トトさん落ち着いてください! どーどー!」

「僕は馬じゃないんだけど?」


どいつもこいつも、人を何だと思っているのか。ヤコブにはあとで報復を受けてもらうとして、トトは一刻も早くサイモンへ嫌がらせを送りつけようと決心した。


容器は後でゆっくりと解析するとして、次は別皿に入っている液体を見る。一緒に送られてきたのだからさぞ面白いものなのだろうと思ったが、どうやら普通の回復薬らしい。

(サイモンにしては珍しい)

気付かなかったのか、それとも念のために送って来たのか。どちらにせよ、中身に問題はなさそうだから調べるのは容器だけでいいだろう。

それにしても、何度見ても気持ちの悪い魔法の掛け方だ。できるものならこの魔法をかけたやつの胸ぐらを掴んで、魔法の基礎から叩き込んでやりたいくらい。


「トト、それやるの、嫌?」

「別に。こんなのすぐに終わるし」


心配そうにする神子に、トトは何でもなさそうに告げてシリンダーを解析するために手を進めていく。

掛けられた魔法を解析するのは、そう難しいことじゃない。だがそれを解析した上で、サイモンの言う〝解除方法〟を見つけるのは正直骨が折れる。魔法を作るよりも、他人の作った魔法を解除する方が大変なのだ。

でも、サイモンがこれを〝ゾンビの理由〟と考えているのであれば、放っておくことは出来ない。何故ならば、それが街の人たちの害になっているのなら、助けないわけにはいかないからだ。

(スクルードなら、絶対にそうするし)

横で物珍しそうにサイモンの届け物を見つめているヤコブに、上級解析魔法をかけた布の上に容器を乗せておくよう指示をだし、トトは神子に神とペンをもらえるか頼んだ。神子は頼られたのが嬉しいのか、立ち上がるとぱたぱたと部屋を出て行く。その背中を見送って、トトは自分専用のミミックバックから魔法書を取り出した。


「トトさん、何してるんすか?」

「闇魔法についての魔法書を読み直してる。見落としがないか、知識に抜けがないか確認しておいた方が効率がいいんだよ」

「へぇ」

「……なに? なんか文句でもあるワケ?」

「いやいや、トトさんでもそういう真面目な事するんだなぁって思って」

「やっぱり喧嘩売ってるデショ?」


トトは半ば苛立ちにヤコブを睨みつければ、「イヤイヤイヤ!」とヤコブが必死に首を振る。

(僕をなんだと思っているのか)

この魔導書だって何度も読んでいるし、内容も一字一句ほとんど覚えている。自分で数冊魔導書を出してもいるし、知識として劣ることはないと自負している。だからこそ、これはいわばルーティーンの一つなのだ。

研究をする前に、絶対に一つは論文を見る癖がついているから、それを抜いてしまうと違和感が働いて集中できなくなってしまう。


「……いっその事、ボクの部屋持って来ようかな」

「ええ!? と、トトさんの部屋って魔法省のひとフロア全部じゃないですか!? ここ一帯全部トトさんの部屋になっちゃうかもしれないですよ!?」

「もういいよ、考えるの面倒くさいし」


「駄目?」と問えば慌てたヤコブが「お、俺は駄目だと思いますけどねぇ……?」と首を傾げる。そうか。じゃあ駄目か。

仕方ない。ここにあるものでどうにかしよう。トトはため息を吐いて、静かに魔導書に目を通す事にした。ヤコブが反応した布と容器を持ってトトの前に来た時、そのまま転んで粉々に壊した時は、心臓が止まったかと思った。

粉々になった容器を前に、トトは必死で解除するための方法を模索し始めた。



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