「はははは! いやぁ、威勢がええなァ、嬢ちゃんは」
「ひっ、! ひとっ、ひとがっ、!」
「おう、一応人やで! 死んどるけどな!」
「っ~~~~!」
ニカッと笑みを浮かべる青年に、アリアは勢いよく後退ると、ブンブンと首を振った。
(こわいこわいこわいこわいこわい~~~~ッ!!)
どこから出てきたのこの人!! ていうか人なの!? 体透けてるしっ、でも足はあって……っていうか死んでるってなに!?
「アリア! 大丈夫か!?」
「さ、ささささ、サイモンさん!!!」
「お。なんや、外にお仲間がおるんか。ふーん、おもろそうやな」
青年はそう呟くとすくっと立ち上がって、扉に向かって行く。その姿に、アリアは咄嗟に手を伸ばした。しかし、届くわけもなく青年は扉へと向かって行ってしまう。
(だ、だめ! そっちにはサイモンさん達が――!)
――逃げるように言わないとっ! でも声が出なっ……!
アリアの葛藤も余所に、青年は扉の前に立つと、隙間を覗いた。「お、いけそうやない?」と口にした彼は、腕を扉に突き刺した。透けた体が壁を貫通する。サイモンとグレアの驚いた声が聞こえた。
「ヒッ――!!」
(や、やっぱりおばけって壁通れるんだ!!!)
やだ怖い。もういやだ、泣きたい。
カタカタと震える手を下げて、ぐすっと鼻を啜る。しかし、壁を通り抜けて行く青年の姿にすぐにハッとして、アリアは扉へと駆けだした。
(あのお化けが私たちの敵だったら――!)
隠れていたのかもしれないけど、タイミングからしてたぶん自分が箱を開けてしまったが故に出てきたものだ。自分のせいで二人に危害が及ぶのはだめだ。
震える足で駆け、扉へと向かう。突撃する勢いで隙間に手をかけ、外に呼びかけた。
「サイモンさん! グレアさん!」
「! アリア!?」
「無事だったのか!?」
驚く二人に「わ、私は大丈夫です!」と告げる。アリアの見える範囲からは通り抜けた幽霊の姿が見えないが、伝えないわけにはいかない。アリアは必死に震える声で状況を説明した。
二人は話を聞くと納得したように頷く。その様子にほっとしていれば、にゅっと視界に幽霊の顔が映った。
「なんや、元気やなぁ」
「ひあああああ!」
「人の顔見て悲鳴とか!」
ケラケラと笑う声が聞こえるが、アリアはそれどころじゃない。
後ろに倒れ込んだアリアは尻もちを付く。隙間から見える青年がニコニコとアリアを見下している。……もしかしてこの人、楽しんでる?
「おい。あんまりアリアを脅かせるな」
「あいてっ」
サイモンの声が聞こえ、何かを叩く音がする。幽霊が痛みに呻き、その声にアリアは「えっ」と声を零した。
「いったいわぁ~、何すんねん兄ちゃんよぉ」
「……幽霊って触れるんだな」
「はあ? 当たり前やろ。幽霊やって叩かれたら痛いねんで」
むっとした顔をする青年。しかし次の瞬間には青年は「まあ今のはいいツッコミやったから、許したるわ」と、笑みを浮かべて、手をひらひらと振っていた。「だから嬢ちゃんも安心してな!」と言われたが、アリアとしては何をどう安心すればいいのかわからない。
(でも、そっか……物理、利くんだ……)
不安だったことが一つ解消され、アリアはほっと息を吐く。
物理が利くということはつまり、何かがあった時反撃できるってことだ。それは正直、助かる。
ほっと息を吐いていれば、扉の外でサイモンたちが話をしているのが聞こえる。自分の事でいっぱいだったが、余裕が出来たアリアは会話を聞こうと耳をそばだてた。
「とりあえず、アリアを返してくれ。その後、君の話を聞こう」
「ええ~。それは困るんやけど」
「どうしてだ? 何もするつもりはないんだろ?」
サイモンの声が聞こえる。何もするつもりはない、という言葉に、アリアは更に肩の力が抜けていくのを感じた。てっきり何かするつもりなのだと思っていたから、その言葉を聞けて良かった。
アリアはぺたんと地面に座り込みながら、会話を聞く。
「それはそうやけど、こっちにも事情ってもんがあんねん」
「事情?」
サイモンが不思議そうに呟く。その言葉に、彼は嬉しそうに「せや!」と声を張り上げた。
「せやってこの子やろ、俺を解放してくれたご主人サマは」
「あ、ああ……ん? ご主人様?」
「せやで! この子は俺のご主人サマで、俺はその付き人なんやでっ☆」
「「「は?」」」
青年の言葉に、アリアたちの声が被る。イヤイヤ。一体どういうことなのか。
困惑するアリアたちを置いて、彼は上機嫌に鼻歌まで歌い始める。にょきっと扉から顔を出した彼に、アリアはビクリと肩を震わせた。
「俺が成仏できるまでよろしゅうな! ご主人サマっ☆」
「へっ?」
アリアの素っ頓狂な声が零れる。
(じょう、ぶつ……って)
どういうこと――!?
予想にもしていなかった出来事の連続に、アリアはその場に倒れ込む。青年の「なんでや!?」という叫び声を最後に、アリアは緊張の糸が途切れたのか、意識が遠退くのを感じた。
(なんで、私ばっかりこんな目に合うの……)
自分はただ、サイモンたちの為に何かをしたかっただけなのに。
「いやぁ、びっくりしたわー。突然倒れんねんもん、腹空かしてエネルギー切れになったんかと思ったわー」
「どっちかと言えばお前のせいだけどな」
「ええ? ウソやーん」
眉を下げ、間延びした声で言う青年に、サイモンは大きくため息を吐いた。
(まさか本当に幽霊がいたなんて……)
サイモンはチラリと周囲を見回す。アリアが倒れたのを察したサイモンは、強硬手段に出た。
魔法で扉を吹き飛ばし、周囲が崩れる前にアリアを回収、そのまま甲板に飛び上がり、グレアがそれを追う。崩れた部屋の前には青年が取り残されたが、幽霊である彼には大した障害にはならなかったようで、「いやぁ、びっくりしたわ〜」と呑気な声で上がってきた。部屋が崩れる音でアリアが目を覚ます。――しかし、それも一瞬のことだった。
「ヒッ!」
「お、おい! アリア! おい!」
意識を取り戻したアリアが再び意識を失ってしまう。その様子に慌ててつつも、この状況では仕方がないのだろうとも思う。
――あっちにもこっちにも、白く半透明な人間がいれば、誰だって気の一つや二つ失いたくもなる。
「いやぁ、それにしても派手な音やったなぁ。って、嬢ちゃんまた気ぃ失っとる?」
「おい。状況を説明しろ」
「ええ〜、そない怖い顔せんでやぁ」
あはは、と笑う男に、サイモンは眉を寄せる。今まで関わってきた人間の中で、一番軽い人間かもしれない。
(こういう人間は苦手なんだが……)
仕方ない。彼以外にこの状況を説明できる人間なんていないのだから。
チラリと白い人間を見る。来る時はいなかった彼等は、暗い夜の中でもはっきりと見える。ゾンビは周囲には寄ってきていないようで、そのことには安堵した。
(本当にアリアは引き当てるな)
そういう星の元に生まれて来たのだと言われても、信じてしまいそうな引き運にサイモンも参ってしまう。
よっこいしょ、と甲板に置かれた箱に腰をかける男。しかし、すり抜けた尻はそのまま床を突き抜け、下へと落ちていく。何がしたいんだ、あいつは。
「うわはははは! いやホンマびっくりしたわぁ! 見た!? 見とった!?」
「キッレーに落ちてったで!」と爆笑する彼。騒がしいのはいいが、サイモンとしてはこの状況を早く理解したい気持ちでいっぱいだ。
グレアを見れば、彼も眉を寄せて男を見ている。早くしろ、と雰囲気全体が言っているのだが、男は気づいていないのか、随分ツボに入っているのか、全く気にした様子はない。
(こういう人間への対処として、無反応がいいってトトが言っていたのを思い出すな)
大昔にとある港町で疲れ切ったトトが言っていた。サイモンはそれを今ここで発揮するべきだと思った。
「あはははは! あー、何や、アンタらノリ悪いなぁ」
「ひどい言われようだな。それより早くこの状況を説明してえくれ。お前は一体誰で、あいつらは何なんだ」
「んん〜? 何や、あいつらのこと気になるんかぁ?」
気にせんでええのに、と言われたが、そんなことが出来るなら初めからそうしている。
「ほな自己紹介でもしよか!」と意気込んだ男は、何故か宙に浮くと船頭へと立った。……わざわざそこに立った理由は何なのか。
「名前はカイリいいます〜! あだ名はカイやで! 気軽に呼んでな! ほんで歳やけど、百超えてから数えてへんねん。でもたぶん兄さんより若いと思うで!」
「兄さんって」
「もちろんアンタのことやけど?」
サイモンはツッコミを放棄した。
そんなサイモンに気がついたのか、彼は「無視とかひどいわぁ〜」と泣き真似をする。反応を返してはダメだと、サイモンの中のトトが言う。
「俺の役目はみんなのアイドルやで〜。みんなの意見を聞いて目指す場所決めたりしとったんやもん。あとは船に荷物運んだり、皿洗いしたりしとったで」
「つまり雑用か」
「ちゃいます〜! れっきとした航海士補佐っちゅー仕事もやっとりましたー」
「せやから、みんなのアイドルなんやでっ☆」と言う彼。彼の言うアイドルは、サイモンの知っているアイドルとは違うらしい。
(航海士ってことは、)
「ほんで身長はな〜」と話を始める彼。その言葉を聞き流しながら、サイモンは男――カイリを見た。
(雑用にしては身なりがいいな)
鮮やかな赤い髪に、人懐っこい顔。雰囲気はヤコブに似ているだろうか。彼に幼さを三足して知的さを十減らし、残りを自尊心と社交性に全振りしたような感じだ。体も鍛えているのか、腕は思ったよりがっしりしている。
派手なアクセサリーをつけているわけじゃないが、装備は整っている。大切にされていたのだろうことがわかる。船の手入れも丁寧だったし、彼の仲間は随分いい人達が揃っていたらしい。
「なあ、俺の話聞いとる?」
「聞いてる聞いてる。それより、彼らは何なんだ」
「聞いてない奴の反応やんか!」
ギャンッと噛みついてくる彼に、サイモンは視線を向ける訳でもなく淡々と問いかける。
カイリは「もうええわ……」と肩を落とすと、サイモンたちの前に戻ってきた。空中に腰掛けている姿は幽霊らしい。
(アリアが見たら泣くかもしれないな)
まあ、今失神しているんだけどな。
「あんなん気にせんでええのに……」
「気にしないなんて出来るなら、最初からそうしてる」
「それもそっか」
カイリはそう呟くと「ほな、話したらんとかわいそうやな」と呟く。
「あいつはあれや、この船の船員やねん。俺が出てきたことで姿が見えるようになったんちゃう?」
「なるほどな」
「……驚かないんやな」
「まあな。ないことじゃない」
可視化の選択なんて、簡単な魔法の組み合わせだ。サイモンやトトは別だが、中級魔法使いが五人いれば出来ないことはない。
(とはいえ、それがいつかけた魔法なのかによっては、かなりの高難易度になるんだが)
彼の言い方ではかなり前に魔法が施されたと考えていい。もしそうなら、かなりの使い手となるだろう。
「ハーア。なんやねん、もっと驚くかと思っとったのに期待外れやん。魔法使いってみんなそんなんなん?」
「会ったことがあるのか?」
「んーにゃ、同室のやつが興味津々でな! いやーでも、マジの魔法使いと会えるとは思わんかったわ! ちなみに魔法使いって童貞しかなれへんってマジなん?」
カイリの言葉にサイモンは躊躇なく頭を殴った。こっちにはアリアがいるっていうのに、何てことを言い出すんだ。
(アリアが眠っててくれてよかった)
「二度というなよ」と釘を刺せば、カイリは頭を押さえながら頷く。……今思えば幽霊に物理が効くのってなんだか変な気分だ。
「魔法使いはある程度の魔力があれば誰でもなれる。それより、お前の話をしろ」
「んー、そないなこと言われてもなぁ」
カイリは両腕を組んで、唸り出す。「どこから説明すればええんやろ」と呟く彼に、サイモンは「いいから時系列で話せ」と答えた。
「しゃーないなぁ。ほな、長くなるけど堪忍な!」
「三十秒で終わらせてくれ」
「ホンマに話し聞く気ある?」