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第65話

「ついてこい」と船長に言われ、サイモン達は塔を降りていく。

降りたと言っても地上では未だゾンビになった廃人たちが蔓延っているので、途中の窓から屋根に飛び移った。


「ここは結構穴場なんだ。ガキでも安全に屋根に飛び移れる」

「ガキっていうな!」

「ほう。便利だな」

「ハッハッハ。魔法がなくてもちょっと頭を使いやァ、俺たちもそこそこ動けんだよ」


屋根の上で胸を張る船長に、サイモンは「ああ。すごく頼もしい」と頷く。船長に続いてサイモンも屋根に飛び移り、アリアたちをサポートする。

足を滑らせないように気をつけるように注意しながら、サイモンたちは屋根の上を伝い歩く。下を見れば、ゾンビ達が俺たちを見上げていた。意思のないはずの手がサイモンたちを捕まえようと空を掻いている。

(こうでもしないと街を歩けないってのは、結構面倒だな)

船長はともかく、普通の人間じゃあ屋根に上るのも一苦労だろう。サイモンはゾンビから視線を逸らし、前を歩く船長の背中を見た。


――あの後、船長は持っている情報を話してくれた。

クスリの出所はわからないが、売人が時折街を徘徊していること。

街の人たちは翌日になると意識を取り戻し、普通に生活していること。記憶はないらしいので、話を聞くには適さないこと。ただ、常用しているような人間は、昼の間でも陽の差さないところで廃人のまま彷徨っているらしい。


「クスリが出回ったのは、騎士団の連中がいなくなった直後だ。上の人間はすぐに連絡はしたみてェだが、行ったばかりのところに戻ってくるのは癪だったんだろうよ。数人しか戻ってこなくて、そいつらもあのゾンビに飲み込まれた。今は姿も見ねェ」

「騎士団がそんなことを? あり得ない」

「んなこといわれてもなァ。まあ、俺らがそれを知ったのは、街の半数以上が飲み込まれた後だったからな。偵察に行った奴らが街の様子がおかしいってんで、すぐに俺も船員に注意喚起を回したんだが……若ェやつらにゃ新しいモンってのは、魅力的だったんだろうな。数人手を出したと知った時にはもう、遅かった」


そう説明する船長は、暗い表情で祈るように両手を組んでいた。

(船員が犠牲になったのか)

サイモンは何となく彼がひとりで行動している理由を察した。これ以上の被害を出さない為だろう。


「ゾンビ達の目的は恐らく仲間を増やすことだ。捕まったら最後、どこかに連れて行かれて、翌日にはゾンビの仲間入りだ」

「船長は、それをどこで知ったんだ?」

「どこでって、んなの決まってんだろうが」


――あいつのこと、忘れちゃァいねェだろ?

そう笑う船長は、以前サイモンを無理矢理宴に参加させた時と同じ顔をしていた。「とびっきりのモンがあるから、興味があれば来いよ」と言う船長に、サイモンはアリア、グレアと顔を見合わせ、頷いた。



――そして、今に至る。

屋根を転々と飛び移ったサイモンたちは、昼間に来た港通りに出た。海風がサイモンたちの髪を攫う。ゾンビたちの姿は街中よりも少ない気がした。

「こっちだ」と船長の案内で地上に降りる。立てかけられているのは、避難用の梯子だ。サイモンたちの降り立った裏路地は死角になっているようで、ゾンビたちが襲い掛かって来る様子はない。

船長の案内を元に路地を駆け、時折物陰に隠れながらやってきたのは、港付近にあった居酒屋――だった場所だ。


「「うわあ……」」

「ハッハッハ!! 相変わらず豪快にやられてやがんなァ!」

「これは……すごいな」


豪快に笑う船長。その隣ではドン引きするアリアと、シアンが立っていた。シアンは新しい仕事を受けてから忙しくしていたようで、この店には久々に来たらしい。

――店の風貌はサイモンの想像の斜め上を行っていた。

海風に曝され、ざらざらであろう壁は見事に引っ掻いた後で素敵な模様ができており、見ているだけで感銘を受ける。所々赤黒く染まっているのは、何かの塗料だろうか。リアルで素晴らしい。

テラスに出ていた椅子や机は見事なまでに木片へと変貌を遂げており、利用するのを躊躇させるような風貌に変わっていた。こちらも所々赤い塗料が使われているが、サイモンは素知らぬふりで視線を逸らす。


(ゾンビたちってこんなにも凶暴化するのか……?)

船長は言っていなかったが、もし捕まったらとんでもないことになっていたのかもしれない。そう思うと階段で捕まらなかったことが奇跡のように思えて来る。

ちなみに明らかにホラーテイストな家に、アリアは泣きそうになりながらミツキを抱きしめている。そろそろ彼女を戻してやりたいのだが……アリアのためを思うと、ちょっと難しいかもしれない。彼女との契約時間を過ぎてしまうが、ミツキには我慢してもらうとして、その分お礼を弾んでおこう。

船長は以前よりも軋むようになった床を踏み締め、ドンドンと扉を叩く。よく見るとその扉だけ異様に新しいのは、ゾンビたちのせいで建て替えたからだろう。船長が『木造はダメだ』と言っていた理由がわかる。

扉がゆっくりと開く。


「うるさい。そんなに叩くな。また壊れるだろう」

「おー! 悪いな! 早くしねーとゾンビたち来ちまうからよォ」

「お前な……というか、こんな時間に何しに外に――」


気だるげに上げられた顔に、サイモンは手を軽く上げる。「久しぶりだな、マスター」と告げれば、眠そうな目がサイモンを捕らえた。相変わらず長い髪を後ろに束ねている彼は、この店のマスターだ。


「お前か。どうした、こんなところまで来て」

「そういう話はあとだ。早く中に入れてくれ」

「ああ、そうだったな」


船長の言葉に、マスターはさっきよりも大きく扉を開ける。鉄製の扉がギギギ、と音を立てた。

サイモンたちは手早く中に入ると、重い扉が閉められる。扉の内側には上、中、下の三つの鍵が付けられており、更には五本の鎖で扉が強く押さえつけられている。

(凄いな……)

頑丈すぎるガードに、サイモンはつい感心してしまう。

よく見れば木造の部屋の壁には、隙間がないように何重にも板や鉄板が張られており、簡単には打ち破れそうにない。窓のあった箇所には更に机と椅子でバリケードが作られている。外から見たらただのボロ屋だったのに、中は最早要塞と化していた。


「おい。ぼーっとするな。こっち来い」

「あ、ああ」


マスターは部屋を見渡すサイモンたちに声をかけると、早々に奥へと歩いていく。その背中を追いながら、サイモンたちはカウンターの中に入って行った。

(奥は確か、彼の居住区だったはず)

以前この店に来た時、彼が心底眠たそうにしながら出てきたことを覚えている。

細長いカウンターを通り、暖簾を潜る。中に入れば、あるのは一本の廊下と左右に一部屋ずつ。こちらも壁には鉄板や板が張られており、狭い廊下が余計狭く感じる。

しかし、彼はそれに見向きもせず、部屋の中間にある床をノックした。何をしているんだと見ていればガガガと激しい音を立てて床が開かれる。

(地下か!?)


「おお、船長! やぁっと帰って来たか!」

「おー、悪いなァ、ここ任せちまって」

「いいってもんよ」


開いた床の中から顔を出したのは、見覚えのある顔だった。

(船長のところの一人か)

きっと宴の時に話したことがあるのかもしれない。否、船酔いしたときに水をくれた船員かもしれない。あの時は必死で顔なんて覚えていないが。

「早く入ってくれ」と言う船員の声に、船長が先陣を切る。サイモンはアリアたちと顔を合わせ、順番に地下へと入って行った。


地下の中は土壁だった。横壁は木を打って整備はされているものの、綺麗とはあまり言えない。

足元はボコボコしてて歩きづらいし、湿っぽい空気に「うっ」と息を詰めてしまう。薄暗い廊下にアリアが震える。ミツキがすぐにアリアの頬を撫でている。短い手のふわふわ加減に、アリアの表情がほっとする。


「おい、船長。ここはどこだ?」

「まあまあ。いいからついてこい」


にやりと笑みを浮かべる船長に、サイモンは目を細める。……前から思っていたが、船長は結構な茶目っ気を持っているらしい。いい歳した大人なのだからそんなもの早く捨て去って欲しいのだが、仕方ない。

ちらりと後ろを歩くマスターを見るが、彼は関わる気がないのか、手持ち無沙汰に煙草の代わりの楊枝を上下に揺らしている。


仕方なく船長の後を大人しく着いていくと、一本道はすぐに終わりを見せた。代わりに見えて来るのは、大きな広間のような空間。


「おー、船長じゃねーか! おかえり!」

「船長、御無事で何よりです~!」

「おん!? 何だそれはもしかして客か!?」

「客!? って、シー坊じゃねーか!」

「おお、シー坊! ひっさしぶりだなァ!」


我先にと話し出す男たち。全員真っ黒に焼けた肌に、痛んだ髪をしている彼等はサイモンにも覚えがある。

(船長のとこのやつらか)

大きく目を見開くシアン。その顔は少し安堵に染まっており、サイモンは彼等の付き合いの長さを思い出した。

新聞配りをしていた少年が唯一気を許せていた人達。それが船長たちだ。幽霊船の件で話はしていたようだが、街がああなってからはあまり会えていなかったのかもしれない。


シー坊ことシアンがもみくちゃにされているのを横目に、サイモンは室内を見回す。

中央には大きな筒があり、その先端には大きな灯りが灯っている。その周りには、本来店にあった机と椅子が並んでいる。意外にも整っている環境に、サイモンは感心した。さすが日頃から狭い所で生活しているだけある。


「サイモンさん、この人たちは?」

「船長の船員達だ。以前、少しだけ話したことがある」

「そうなんですね」


アリアの言葉に応えながら、サイモンは彼らを見る。

(……でも、以前見た時よりも人数が少ないな)

船長の言っていた通り、船員も何人かクスリのせいで船員ではいられなくなった人たちがいるのだろう。街の中では見かけなかったが、もしかしたらあのゾンビたちの中に船員が居たのかもしれない。


(もっと早く、自分が気づいていれば……)

こんな事態を防ぐことが出来たかもしれない。お世話になった人達がこうして苦しんでいる姿を見ているのは、やはり心苦しい。

そもそも祝福さえ切れさえしなければ、平穏な日々が続いていたかもしれないのだ。

(そんなこと言っていても仕方ないってのはわかっているが……)


「サイモンさん?」

「ん? なんだ?」

「大丈夫ですか? 顔色がよくない気が……」

「いや。大丈夫だ。気にしないでくれ」

「でも……」


伸ばされるアリアの手を握り、首を振る。大丈夫だ。今は自分のことよりも重要なことが目の前にたくさんある。

サイモンは船長へと視線を向ける。再会に盛り上がっていた彼らには申し訳ないが話を進めたい。


「船長、悪いが話を進めてもいいか」

「まあまあ、そう焦るな。証拠のブツは手に入れてあるんだ」

「証拠のブツ?」


首を傾げるサイモンに、船長はにやりと笑みを浮かべる。渦中から出て荷物が積み上がっているところへと向かった船長は、その前に立っていた船員に声を掛けた。

振り返った彼の手には透明な容器が握られている。中には緑色の液体が入っており、ちゃぷんと揺れていた。


「これが、お前たちが気になっていたクスリの正体だ」

「「「!!」」」


ニヒルに笑う船長に、サイモンは大きく息を飲んだ。



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