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第64話


「久しぶりだなァ。まさか生きてるたァ、思わなかったぜ」

「こっちこそ、まさか会えるなんて思ってなかったよ」


がしりとり手を握り合い、サイモンと船長は久しぶりの再会を讃える。

船長は相変わらずふさふさの髭を蓄えており、頭には赤いバンダナを巻いていた。しかし、その服装は海の男というには少し物足りない。以前はしていた潮の香りも今はしておらず、代わりに木と油の匂いがする。それに違和感を覚えながら、サイモンはアリアたちに「知り合いだ」と告げる。


「そういやァ、王都には無事に行けたのかァ?」

「いや。実はあのまま流されて、別の沖に流されてしまったみたいで、行けていないんだ」

「そうだったのか! そりゃァ災難だったなァ!」


バシバシとサイモンの背中を叩く船長。振動に視界がグラグラ揺れる。痛いって。

(それにしても、元気そうでよかった)


「おぉ、シー坊じゃねーか!」

「げっ」

「なにが〝げっ〟だ! このクソガキ!」


逃げ出そうとするシアンをあっさりと捕まえて、船長の長い髭を擦り付ける。それにシアンが心底嫌そうな顔をしているが、船長はそれすらも楽しんでいるように見える。

(以前はシアンの方から駆け寄っていたような気がするが)


「なるほど、これがイヤイヤ期か」

「サイモンさん。それを言うなら反抗期です」

「反抗期か」


嫌な響きに眉を寄せていれば、「サイモンさんも気をつけてくださいね」とアリアに釘を刺された。どういう意味だ。

目を合わせない二人に、サイモンが何とも言えない気持ちになる。サイモンが何かを言う前にシアンがサイモンの裾を引っ張った。その目はまるで漆黒の闇のようにくすんでいて――。


「……オッサン、助けてくれ」

「あ、ああ」


心底疲れ切った彼の顔に、サイモンはとりあえず船長を引き剥がすことにした。




「ところで船長はどうしてここにいるんだ? 海に出てるんじゃなかったのか?」


感動の再会も一通り終え、サイモンはカップを船長に渡しながら問いかけた。薬草を煎じた茶だ。少し苦味はあるが、疲労を回復させる効果がある。

アリアとシアン、グレアのものには蜂蜜を混ぜて渡し、サイモンは自分の分を最後にカップに注ぎ込む。水魔法を使って軽く洗い、鍋はミミックバッグに入れた。灯した火はそのまま明かりとして利用することにした。この流れで船長にもサイモンが魔法を使えることがバレてしまったが、今はそれよりも重要なことがいくつもある。


「あ? 最近はほとんど海に出てねーが、なんでだ?」

「港に行った時船が見当たらなかったから、出てるのかと思って」

「ああ、その事か」


サイモンの言葉に、船長は納得したように頷く。「船は隠してあんだよ」と言われ、今度はサイモンが首を傾げる側だった。

――確かに、この状況で港に船を置いておくのは危ないかもしれない。

昼間は正常だったはずの街。しかし、夜になった瞬間、街に蔓延るゾンビたち。

(幽霊船の事も気になるし、シアンが何も言わなかったのも気になる)

気まずそうに視線を下げているシアンを見て、サイモンは船長を見る。彼は何かを察したのか、茶を飲むと「少し話が長くなるけどいいか」と呟いた。サイモンは頷く。


「まず俺がここに来たのは、あいつら……お前らの言うゾンビから逃げるためだ」


船長はそう告げると大きく息を吐いた。

シアンの頭をガシガシと乱雑に撫でる。


「あいつらは単純だからなァ。基本的に高いところにはやって来ねェんだ。あと難しい構造をした建物なんかも上手く歩けねェらしい。だが、木造はだめだ。体当たりしてでも入ってこようとする」

「ひぃっ!」


アリアの悲鳴が響く。想像してしまったのだろう。考えなければいいのに、正直な子だ。

アリアに掴まれているサイモンの腕がミシミシいっているのは、この際言及しないでおいてあげよう。サイモンは目線で話の続きを促した。


「アイツらがどうやって生まれたんだかは知らねェが……こうなる直前に、とあるクスリが流行り出したらしい」

「クスリ?」


サイモンの声に「ああ。俺たちはそれが原因なんじゃねェかと思ってる」と船長が眉を寄せる。パチパチと灯りに使っている火が音を立てる。

船長はゾンビが元々この街の住人であったこと、昼は普通に住人として仕事や生活を送っていることを教えてくれた。それが夜になると、まるでゾンビのように変化させられ、意思もない状態で彷徨っているという。


(クスリが流行るなんて、いつぶりだ)

数十年……いや、数百年にはなるだろうか。

祝福のおかげで完治することを知った人間が、どこまで回復できるのかと面白半分に試していたことはあったが、結局どれも完治してしまうために『クスリで苦しむことの方が不利益』となり、結果自然消滅したのが最後だろうか。

それまでも何度か流行ったことはあるが、サイモンが知っている中で一番横行していたのは、一千年近く前の事だ。サイモンがまだ幼かった頃、起きていた戦争真っ只中で金儲けを企むやつが粗悪品を流した。その結果、国を挙げての大惨事になったのを覚えている。

――その時の記憶は、サイモンにとってはトラウマにも近いものだった。


カッと上る熱に、サイモンは勢いよく立ち上がった。


「船長、そのクスリはどこで手に入る!?」

「ハア? お前さん、急に何言って……まさか、試す気じゃないだろうな!? やめとけやめとけ! 二度と戻れなくなるぞッ!?」

「違う! そんなもの、俺は興味ない。」

「は? ならなんで――」

「全部刈り取って燃やし尽くしてやるんだ」


そんなもの、この世界にあってはならない。少なくとも、スクルードの望んだ世界にそんなものは必要なかったはずだ。

(俺が絶対に消滅させてやる。一つ残らず、絶対に)

荒い息を吐き出し、船長を睨むように見る。船長はサイモンを見上げると、ふうと息を吐いた。


「……悪いが、教えられねェな」

「!? どうしてだ!」

「今のお前さんに教えたところで、まともなことにゃならねェだろう?」

「あ゛!?」


サイモンは怒りに目を釣り上げた。船長の言っている言葉の意味を理解し、サイモンは船長の首元を掴み上げた。アリアの止める声が遠くで聞こえた気がする。しかし、サイモンは止まれなかった。

(早く、早くしないと取り返しのつかないことになる)

サイモンの頭の中には、あの時に見た惨状が何度も駆け巡る。ジリジリと焦燥を煽られ、サイモンは苛立ちに舌を打った。


街を守るため、これ以上広めない為にも、情報が必要だ。

それを目の前の男が持っているかもしれないのに、みすみす逃すなんてことができるだろうか。――否、できるわけがない。


「教えろ。じゃないと燃やすぞ」

「ハッ。ガキの煽りになんか乗るわけねェだろ。断る」

「ッ、!」


サイモンの腕が上がる。炎を灯した拳に、船長は怯む様子もなくサイモンを見続ける。その視線にさらに苛立ちが込み上げてくる。

――教えてくれないのなら、吐かせるまで。

騎士団の時も、何度もそうしてきた。躊躇いはない。


「だめです、サイモンさん!」

「やめろっておっさん!」

「!!?」


突然掴まれた両腕に、グラリと体が揺れる。

シアンの重みに耐えきれなかった手が、船長の胸ぐらを離してしまう。サイモンが舌を打てば、グレアが船長を攫い、距離を取られる。すぐさま距離を詰めようとしてサイモンが身をよじれば、耳元で「熱っ」とアリアの声が聞こえる。

ハッとして振り返れば、燃えるサイモンの腕にアリアがしがみついていた。


「アリア! 何して――!」

「サイモンさん、ダメです。船長さん、何も悪くないんですから」

「っ、!」

「それと、火傷しちゃいそうなので、出来れば火、消してもらってもいいですか?」


えへへ、と笑みを浮かべるアリアに、サイモンは慌てて火を消す。

ほっとしたアリアの頬には小さく火傷した後が残っており、サイモンは血の気が引いていくのを感じた。


「あ、ああああ、アリア、悪いっ、髪、髪燃えて……っ! 」

「サイモンさん落ち着いてください」

「そ、そうだ、な、何か冷やすもの……何か、えっと、!」

「サイモンさんっ」

「回復魔法で戻して……いや、髪は無理だな。ああくそっ! いっそ時間魔法で世界ごと時間を戻して――」

「あ、あのー。サイモンさーん? 聞こえてますー?」


ペチペチとアリアの手がサイモンの頬を叩く。しかしサイモンの頭は後悔と焦りでいっぱいだった。

(アリアに傷をつけるなんて……!)

熱り立っていたとはいえ、仲間を傷つける気はなかった。しかもアリアは女の子なのに。

サイモンの手をアリアの小さな手が包み込む。その体温に、サイモンは恐る恐るアリアを見た。


「サイモンさん、私は大丈夫ですから」

「あ、アリア……」

「それより、どうやったら船長さんからお話を聞けるか、一緒に考えましょう」


ね、と笑うアリアに、サイモンは徐々に自分が落ち着いていくのを感じる。

……そうか。そうだな。


「すまない、アリア。二人とも、船長を守ってくれて助かった」

「いえ!」

「はーっ! もう、どうなるかと思ったぜ!」

「まったくだな」


グレアとシアンがため息を吐く。二人が船長を守ってくれなければ、もっとひどいことになっていたかもしれない。


「船長もすまない。きっと話せない理由があるんだよな。聞く前にキレたりして悪かった」

「いんや、こっちももったいぶったくせに話さねェとか言っちまったしなァ。気にしないでくれ。それにしても、この俺がまさかお前さんに怖気付く日が来ようとはなァ!」

「うっ……わ、忘れてくれ」

「ハッハッハ!」


豪快に笑う船長に、サイモンは頭を抱える。そんなふうに言われると、なんというか……すごく、居た堪れない。

(でも、よかった)

サイモンは振り下ろさなかった拳を見下げ、ほっと息を吐いた。

響く大きな笑い声はあの頃と変わらない。それがひどく安心した。



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