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第62話

――幽霊船。そんなものがこの世の中にあるなんて、未だに信じたくない。


「よし、行くぞ」

「……」


サイモンの魔法で平坦になった岩場を見ながら、アリアは涙目で兎のミツキを抱き締める。青い瞳が心配そうに覗き込んでくる。可愛らしい風貌に癒しを感じるものの、目の前に立ちはだかる物が完全に安心させてはくれない。

(うう……)

昼間なのに禍々しい雰囲気を醸し出す船に足が竦む。おんぼろの船を遠目で見て、ううっと唸った。


――怖い。すごく。

幼い頃からそういった類のものは苦手で、ずっと避けてきた。お陰で耐性もつかず今を迎えることになってしまったのは予想外だけど。

(しっかりしなさい、アリア)

此処で踏ん張らないでどうするの。

ぎゅっと目を瞑って、アリアは自身を叱咤する。サイモンとグレアには気づかれているらしいが、少年――シアンには未だバレていない。自分よりも小さく、年下である彼は孤児院に居た弟たちを思い出させる。

(彼に何かあったら、守ってあげないといけないんだからっ)

怖がっている場合じゃないのよ、アリア。


「ねえ」

「ひぃっ!」

「え。そんなに驚く?」


突然振り返り、声をかけて来るシアンに、アリアが小さく悲鳴を上げる。首を傾げる彼に、自分の情けなさにアリアはがくりと項垂れた。


「な、なあに?」

「ねーちゃん、なんでうさぎ抱えてんの?」

「え? あ、えっと。これはサイモンさんの召喚獣で、ミツキさんっていうの。すごく頼りになる子なんだよ」

「ふーん。で、なんでオッサンのショウカンジュー(?)をねーちゃんが抱えてんの?」

「ええっと……」


それは、と言いかけて、アリアは黙り込んでしまった。

(ど、どうしよう)

ここで『怖いから~』なんて言うのは恥ずかしいし、年上としてのプライドが許さない。

ミツキは明らかにサイモンがアリアを気遣って出してくれた子だ。誤魔化すにしても、名前以外の能力なんかはよく知らないし、下手を言ってこれ以上の詮索をされても困る。きゅうっとミツキを抱きしめて「えっと、その」と言葉を探していれば、サイモンがシアンの頭を小突いた。「いてっ」と声を上げる彼に、アリアは思考の海から引き上げられる。


「何すんだよオッサン!」

「うるさい。ミツキは小動物で移動が大変だから、アリアに運んでもらっているんだ」

「何だよ。んじゃそう言えばいいじゃねーか」

「お前の圧が強かったから言えなかったんだよ」

「サイモンさん……」


「アリアは繊細なんだ」と告げるサイモン。助け舟を出してくれたのが嬉しくて、涙が浮かぶ。流石サイモンさん。女の子の気持ちをわかってる。


「それに、女の子とうさぎのタッグは目の保養だろうが」

「ハッ……!」

「サイモンさん……?」


一瞬ときめいた自分が馬鹿だった。

アリアは頷き合う二人を遠い目で見つめる。……いろいろ言いたいことはあるけど、助けてくれたのだ。文句は飲み込んでおこう。

(私が怖がりなばかりに……)

そうだ。この機会に怖がりは卒業しよう。そうすればサイモンに気を使われることもなくなって、幽霊だって怖くなくなる。

そもそも、おとぎ話の世界にしか住んでいないような彼等だ。現実世界で生きる自分たちに干渉出来るわけがない。そして克服した暁には、変なことを言うサイモンに一発入れよう。そうしよう。

アリアの決意が固まると、幽霊船がほぼ目の前に聳え立つ。アリアは三人よりも先にその足を止めた。少し先でサイモンたちの足も止まる。


「随分古いな」

「うええ、ボロすぎ……」

「これ、入れるのか?」

「どうだろうな。とりあえず足元に気を付けて進むしかないだろ」


ん、と差し出されるサイモンの手。アリアはその手を見つめるとキョトンと首を傾げた。


「手が塞がってるんだ。転んだら大惨事だろ」


そう言う彼に、アリアはハッとして手を重ねた。

サイモンの反対の手には、シアンの手が繋がれている。風の魔法で浮き上がったアリアたちは、サイモンのエスコートでゆっくりと甲板に降り立った。足元で古くなった気が軋む音がし、アリアは「ひっ」と足を上げる。幽霊が出たわけでもないのに、バクバクと心臓がうるさい。

グレアは持ち前の脚力で飛び上がり、甲板に派手な音を立てて着地した。ぐらりと甲板が揺れ、アリアは咄嗟にサイモンに抱き着いた。いくつかの木片が飛び、穴の開いていた場所に外れた木がボロボロと落ちて行く。


「グレア。もう少し穏やかに着地しろ」

「無茶いうんじゃねー。この高さだぞ」

「……それもそうか」


納得が早い。

サイモンは地面を覗き込んで、ウンウンと頷いている。確かにグレアの言う通り、アリアたちの立つ甲板から地面まで、結構な高さがあった。

(落ちたら痛そう……)

サイモンやグレアならともかく、アリアが落ちたらひとたまりもないだろう。アリアはヒクリと頬を引き攣らせると、さっと視線を船の上へと向けた。


船の上は折れた柱が甲板に突き刺さり、床を貫いている。帆だった布は破け、甲板の上で無残な姿になっていた。他にも網のようなものや、樽などが転がり落ちている。

床は潮風に当てられて痛んだのか、足を踏み出せばアリアの体重でもすぐに軋んでしまう。その音がリアルで、いかにもな雰囲気にアリアは心臓が痛むのを感じた。

(帰りたい……)

このまま帰って温かい布団で寝たい。


「わあ! なあなあ、見て見ろよオッサン! 海がキレーだぜ!」

「はしゃぐなシアン」

「だってよー! 船の上なんてひっさりぶりだし!」


きゃあきゃあと歓声を上げるシアン。彼が跳ねたり走ったりするたびに、船が大きく軋み、音を立てる。アリアは彼の心情が一切理解できずにいた。

(うう……頼むから大人しくしてて……!)

サイモンのマントの裾を掴めば、「大丈夫だ。何もいないぞ」と頭を撫でられる。……さっき船の側面を触って「うわっ」と引いた声を零していたが、それはアリアの気のせいだったのだろうか。撫でて来る手をそっと下ろして、自分の髪を拭く。サイモンが不思議そうな顔をしていたけど、スルーしてアリアは視線を逸らした。


「人の気配はないな。人のいた痕跡はあるが、足跡を見るに船長の調査班だろうな」

「? そくせきってなんだ?」

「足あとのことだ。こういうところだと結構見えるだろ、ほら」


サイモンが床の汚れを指差す。単なる汚れかと思っていたものが、まさか人の足跡だったとは。


「へぇ! オッサン、そんなこともわかんのかよ。スゲーな」

「オッサン呼びをやめたらもっと教えてやるぞ」

「んじゃいいや」


テンポのいい二人の会話。サイモンをあんな邪険に扱う人なんて、インパの街で会ったジョゼフ以来だからちょっとだけ新鮮だ。アリアは少しだけ軽くなった心で二人を見つめる。

「なんでだ」と問うサイモンに、「だってオッサンはオッサンだし」とシアンが言う。そのやり取りが面白くて、アリアはくすりと笑みを浮かべた。


サイモン曰く、船の構造は下へ下へと向かうように作られているようらしい。だから船の高さがあったのか、とアリアは納得した。

軋む甲板を慎重に歩き、船内へ入るための扉に手をかける。しかし、ノブを回しても潮のせいか、扉が外枠にくっ付いてしまって開かなかった。仕方なくサイモンの提案で床を貫いている柱を伝って、中へと入ることにする。


床に柱が斜めに刺さっている様子は、ぱっと見、滑り台の様だった。

半ば滑るようにしてサイモンが降りて行き、「いいぞ」と声がかかる。続いてシアンが滑り、グレアが続く。


「次、アリア。来ていいぞ」

「は、はいっ」


サイモンの声に、アリアは柱の上に立った。しかし、奥に見えるいかにもな雰囲気に、足が止まってしまう。

(だ、大丈夫……大丈夫……)

この先にはサイモンやシアン、グレアがいる。そりゃあ昼間なのに薄暗いけど、サイモンがつけてくれた灯りが廊下を照らしてくれているから、問題はない。……はずだ。


「大丈夫? 無理したら駄目よ」

「だ、大丈夫です、ミツキさん」


ミツキが心配そうにひくひくと鼻を動かして、アリアを伺い見る。

アリアはそれに震える声で応えながら、柱を滑り降りた。



船内は暗く、足元も覚束ない。

光源はサイモンの出してくれた魔法くらいのもので。


「す、すすす、すっごく、く、くらい、ですね……!」

「ああ、そうだな」

「あああ、あしもとっ、ぜんぜんっ、み、みえなっ……!」


ガクガクと震える声で告げれば、サイモンは「そうだな。転ぶなよ」と答えてくれる。しかし、そのあとは何も話さず、ただ淡々と足音が響くだけ。

不意にカサカサと聞こえる嫌な音に、アリアは跳び上がった。

(ひぃいいい――ッ!!)


「さ、さささッ! サイモンさん!」

「うっ、!」

「い、今っ、へんなっ、変な音が……っ!」


ぐっとサイモンのマントを掴む。サイモンの体が仰け反り、首が締まっているがアリアはそれに気づいていない。真っ青な顔をするアリアにシアンが「ねずみじゃね?」と呟いた。

(それはそれでもっと嫌っ!!)

小さい頃は食べたこともあるけれど、今はもう良くないイメージが先行してしまってそれどころじゃない。大体、虫やねずみと言ったらホラーの定番だ。お母さんが読んでくれた絵本でもそう書いてあった。


「アリアっ、一回離してくれっ、首締まってるから」

「むむむむむ、無理ですっ!」


サイモンの言葉に、アリアはブンブンと顔を振る。離したらきっとサイモンか自分、どちらかが連れ去られてしまうに違いない。

(そ、そんなの怖くてむり……っ!)

ガクガクと震えていれば、グレアがふと足を止める。彼の尾がアリアの足に触れ、びくりと肩を跳ね上げた。素晴らしいもふもふも、この状況じゃあ、ただの脅かしの材料でしかない。


「ぐ、ぐぐぐ、グレアさんっ、ど、どうっ、したんですかっ?」

「んー……いや、なんか……変な臭いしねぇか?」

「えっ」

「なんつーか、焦げ臭いっつーか」


グレアの言葉に、アリアはヒクリと頬を引き攣らせる。まって、何その怖いの。


「そうか?」

「サイモンたちは感じねーのかよ?」

「うーん。潮と木、それにじめじめした感じのにおいくらいしかわからないな」

「はあ? マジかよ」


グレアが眉を寄せる。アリアもすんと鼻を鳴らしてみるが、サイモンの言うにおいは感じられても、グレアの言う〝焦げ臭さ〟は感じられなかった。

同じ獣であるミツキを見るが、彼女はこてんと首を傾げている。グレアの言うにおいは感じていないらしい。

(オオカミは特別嗅覚がいいんだっけ)

兎のミツキがわからないなら、きっとその臭いはグレアだけが感じ取れるような、微々たるものなのだろう。グレア曰く、体調を崩すほどではないそうなので、四人と一匹は船内を進むことにした。


流石に奥に入ると暗さが増してくる。同時にアリアの心情もどんどん重くなっていくので、アリアは自主的にサイモンと同じ魔法を唱えた。珍しい光魔法ではあるが、これくらいならアリアでも出来る。

(暇なときにトトさんに魔法の事、聞いておいてよかった)

トトはアリアのことを一目置いてくれていた。反発し合うグレアやサイモンとは違い、尋ねれば優しくわかりやすく教えてくれたおかげで、アリアの魔法の腕は以前よりも少し上達していると思う。


明るくなり見やすくなった船内は特に不思議なものはなく、見回す限り普通の廊下だった。木製の床に、木製の扉。所々壊れたり汚れたりしてはいるものの、足元に気を付けさえすれば問題はない。

開く部屋は全て覗いていくサイモンに合せて、アリアも中を覗き見る。キッチンや食糧庫、武器の置いてある倉庫や船員用の寝室などがあり、特に変な部屋もない。中は片付いている時もあれば、ひっくり返したようにぐちゃぐちゃになっている部屋もあって、一貫性がないのがアリアにとっては余計に不気味だった。しかし、異常と言えばそれだけだ。


「特に異常はなさそうだな」

「ちぇー。ユーレイ船だっつーし、もっととんでもねーもんとかあるかもって期待してたんだけどなぁ」

「と、とんでもないものって……?」

「そりゃあ、血だまりとか骸骨とか?」

「がいっ……!」


(そんな物っ、絶対に出なくていいしッ!!)

アリアはサァっと引いていく血の気を感じる。自分より幼いくせに、シアンの言うものは刺激が強すぎる。

「そろそろ次の階に行くぞー」と言うサイモンの言葉に、アリアは涙目になりながら駆け寄る。もう一つ下がれば、さっきと同じような光景が広がっていた。同じように扉を開け、中を覗き見る。それを繰り返し――結果、何も出てこなかった。


「うーん。変なところもないし、普通の難破船じゃないか?」

「マジかよー。つっまんねー」

「つ、つまらなくてもいいでしょっ! ほら、やっぱり幽霊なんていなかったんだし!」


アリアは口を尖らせるシアンに声を上げる。「幽霊なんておとぎ話でしかないんだから!」というアリアを見て、シアンは何かを言いかけてやめた。視線がアリアの後ろにいるサイモンを見ていたが、アリアはそれには気づかなかった。


船から出たアリアたちは、サイモンの魔法で平坦になった岩場の上で一息を吐くと、これからどうするかという話になった。

幽霊船には調査班の言う通り、不自然なところはなく、人間や魔物が住み付いている様子もない。気になるのはグレアの言っていた焦げ臭さくらいだが、それに関しては古くなった塗料などのにおいが混ざり合ったのでは、という結論に至った。腐った物がないだけよかった。


「幽霊船ってのも、どこかの誰かが面白がって言っているのが広まったんじゃないか? ほら、あの人たちって結構話を盛るところがあるだろ」

「確かにそうかもしれないけど、でも怪我人が出るって言ってた! それはどうなんだよ?」

「そう言われてもな。俺たちは五体満足だし、かすり傷一つついていない」

「う゛っ……」


食いつくシアンに、サイモンの正論が飛ぶ。何も言えなくなってしまったシアンに、アリアは可哀想だと思いながらも、サイモンの言っていることを訂正する気にはなれなかった。

――サイモンの言う通り、唯一の幽霊疑惑である〝怪我〟。それがアリア達には見られなかったのだから。


(でも、シアンくんからしたら気落ちする話だよね)

こっちはそれでいいんだけど! 全く! 全然! 問題はないんだけど!

ネタにして一儲けしようと思っていたシアンにとっては、問題がないことが問題になる。

「船員たちの不注意か、気づかなかったための不運の事故としか言えないな」と結論付けるサイモンに、記者として入った彼は期待外れにがっくりと肩を落とした。

悲壮感漂うその背中に何とか声をかけてやりたいが、適切な言葉が浮かばない。アリアは彼の背中を眺めることしかできなかった。


「そろそろ日も落ちて来たし、食事にするか」


サイモンの提案に、アリアたちは頷く。夕暮れの中、街に向かう道で落ち込むシアンをせめてもと食事に誘えば、嬉しそうに着いて来た。現金な子である。

街に戻り、シアンのおすすめの店に入る。手早く渡されるメニューを見つめ、アリアはメニューの多さに目を輝かせた。

旅をしているからか、干し肉やパンがメインの生活の中、シマリスの街では海が近いために魚介と麺類が豊富だ。アリアでも見たことのないものが並んでいるメニューは、見ているだけでも興味がそそられる。

(すごい、キラキラしてる……!)

魚介の入ったパスタを頼むアリアの横で、サイモンがパエリアを、グレアが肉と魚介の盛り合わせを頼む。シアンは悩んだ末、アリアと同じ魚介パスタにしたらしい。サイモンが副菜のサラダをオイル抜きで頼み、運ばれてきたそれをミツキに差し出した。ミツキの目が輝く。

(可愛いなぁ)

ふふ、と見つめていれば、しばらくしてアリアたちの分も運ばれてきた。冷めないうちにとフォークを手に取り、パスタを食べる。濃厚な魚介の味に、「んん~!」と歓声を上げた。

(外食なんて、どれくらいぶりだっけ)

ドーパー村でサイモンと一緒に店に入ったきりだろうか。

インパの街じゃ、アリアは子供たちとジョゼフの別荘で過ごしていたし、食事も大体そこで摂っていた。実に数か月ぶりの落ち着いた外食だ。


「うんめー!」

「ふふふ、よかったね」

「ん、さすがオッサン! 金だけは持ってるんだな!」

「お前の分だけ支払い別にしてもいいんだぞ」

「ジョーダンだって!」


シアンの言葉に、サイモンがギロリと睨みつける。孤児院にいたアリアたちには見せなかった表情だ。

(シアンくんはサイモンさんにとって特別なのかも)

二人の出会いはサイモンから聞いて知っているけれど、やっぱり独特な雰囲気がある。

アリアは賑やかにな二人の会話を聞きながら、食事を味わう。グレアは相当腹が減っていたのか、出された肉をがむしゃらに食べていた。もう何度お代わりしているかわからない。いい食べっぷりに、見ているだけで腹が膨れてしまいそうだ。

シアンが「そういえば」とパスタのソースを口に付けながら言う。


「この後、オッサンたちはどうするんだ?」

「そうだな。久々に街の様子でも見ようかと思っている」

「街? もう暗いぜ?」

「ああ。けど、それくらいしか時間取れないからな」


――確かに。

そもそも、アリアたちは海の神の怒りを鎮めるためにここに来たのだ。今日は急遽幽霊船の探索になってしまったが、本来こうやってのんびりしている時間はない。

(早くしないと、王都が大変なことになるかもしれないんだから)

家族がいるはずの王都。そこが今どうなっているかすらわからないのは、不安だ。最後に話したのが喧嘩別れなんて、それはちょっと寂しいし。


「――ダメだ!」

「「「!?」」」


ガシャンッ!


突如響く食器の悲鳴と大きな声に、アリアはビクリと肩を揺らす。アリアが慌てて顔を上げれば、シアンが目を吊り上げてサイモンたちを見ていた。

サイモンも予想外の反応に驚いているのだろう。目を見開いている。


「ど、どうしたんだ、シアン」

「ッ……」


言葉を詰まらせるシアンに、サイモンが困惑した顔を見せる。

(どうしたんだろう……)

声を上げるなんて、彼らしくもない。生意気そうな顔がどこか難しい顔に変わるのを見て、アリアは眉を下げた。

ゆるゆると崩れ落ちるように座り込んだシアン。さっきまでの楽しそうな表情が一変、彼は幽霊船を前にしたアリアと同じような真っ青な顔をしていた。

(何だろう)

何か、怖がってる……?


「ッ、やっぱなんでもねー」

「えっ」

「でも、夜に街を出歩くのはやめろ。絶対だからな。俺は言ったからな!」


シアンはそう吐き捨てると、食事を掻き込み始める。その様子にアリアとサイモンは顔を合わせ、首を傾げた。

気になることはたくさんあるが、下手に聞いて怒らせたくはない。サイモンもそれは同じようで、二人は静かに食事を再開する。グレアはその様子をじっと見つめると、「おかわりしていいか?」と問いかけた。もう何回目の言葉だろうか。

食事中のグレアはほとんど会話に参加しない。何故なら、食べることに集中しているからだ。

どこまでもマイペースな長男に、アリアは苦笑いを浮かべた。


食事を終えたアリアたちは、足早に歩くシアンに連れられて、宿へと向かう。店を出た瞬間、「げっ」と声を上げたシアンに、宿の場所を問われたからだ。

空はすでに陽が落ち始めており、紺色が空を埋め尽くしている。同時に街から人気が一気に引いていくのを見て、アリアはこの街の人たちは店じまいが早いんだなと思った。

シアンが足早に街を抜ける。港通りの大きな通りを歩き、アリアは暗くなる海を見つめた。初めて見る海はキラキラ輝いていたのに、今はまるで深淵の様で少し怖くなってしまう。しかし、水面に映る星だけは綺麗だと思った。


「アリア、グレア。三つ数えたら走るぞ」

「えっ」

「おう」

「っ、まさか……」


サイモンの言葉に、シアンが呟く。

そんな彼をチラリと見たサイモンは、何も言わなかった。アリアが振り返ろうとして、それをグレアが止める。グレアが不快そうに鼻を鳴らした。

(なんで)

そう思った瞬間、ぞわりと感じる嫌な気配。サイモンの声が響く。


「いくぞ。三、二、一……ゴー!」


サイモンの掛け声に、アリアたちは一斉に走り出した。



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