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第60話

「いやぁ、まさかオッサンが帰ってくるなんてなー! 何? また迷ってんの?」

「サイモンさん、この子は……」

「ああ……以前、この街で助けてもらった新聞売りの少年だ」


サイモンは少年の不躾な言葉に頭を抱えながら、アリアの問いかけに応えた。


少年を捕らえた後、サイモンは少年を引き摺って宿へと戻って来た。あのままあそこで話をしていても良かったが、何となく場所を移動した方がいい気がして、ここまで連れてきたのだ。宿に戻るサイモンに気付いて、アリアとグレアも宿へと戻る。濡れた水着を着替えた二人は、サイモンの部屋に集まっていた。

チラリと少年を見れば、懐かしさに煌めいた顔でサイモンを見上げている。反省を促すために床に座らせたというのに、全く反省している様子はない。それどころか、彼はアリアとグレアを交互に見ている。


「なあ、こいつら何? オッサンの親戚? それともこいつらも迷子?」

「親戚じゃないし、迷子じゃない。あと、指を差すな」

「いでっ」


パシン、と指を差していた手を叩き落とした。痛みに声を上げた少年はサイモンを見上げ、拗ねたように口を尖らせる。「いいじゃんかよ」という彼に「よくない」と告げれば、再び拗ねた顔をする。相変わらず良くも悪くも子供の反応のままだ。そんな少年をアリアが微笑ましそうに笑って見ている。恐らくビーバーの町でのことを思い出しているのだろう。孤児院の子供たちは今は教会が保護しているはずだ。元気にしているといいが、この少年に至っては調子に乗るのでそういう目を向けるのはやめて欲しい。


「ハァ~。マジで心狭いオッサンだな。嵐にのまれて行方不明になったって聞いて心配してたっつーのに」

「心配してくれてありがとう。お前こそ、相変わらずのクソガキっぷりで安心したよ」

「ガキじゃねーし! オッサン!」

「ガキだろう。それと、俺はオッサンじゃない」


ギャーギャーと騒ぎ立てる少年に、サイモンは淡々と言葉を返す。サイモンからすれば少年もアリアもグレアも、全員ガキだ。逆に、アリアやグレア、少年からすれば、何百年も生きているサイモンは立派なオッサンである。わかってはいるが、言われるのと自覚しているのでは天地の差があるのだ。

(それにしても、まさかこいつがスキュラを持っているなんて)

高価な魔法道具を買えるほど、少年の懐は潤っていなかったはずだ。もらったにしても、カメラをあげるような知り合いがいたとは到底思えない。黒い人間か、それとも何かの陰謀に巻き込まれているのか。……嫌な予感しかしない。

サイモンは少年から没収したスキュラを見て、ため息を吐いた。海の神の事だけでも大変なのに、少年の事もとなると……考えるだけで頭が痛くなる。


「それで。お前はあんなところで何してたんだ?」

「何って。ねーちゃんのこと、撮ってたんだよ」

「そんなの見ればわかる。そうじゃなくて、なんで撮ってたのかを聞いてる。まさか新聞記者になったわけでもないだろ?」

「んなの、売れるからに決まってんじゃん。キシャ? ってのはよくわかんねーけど」


「新聞配りの合間に出来て、結構いい稼ぎになるんだぜ」と悪びれもしない様子に、サイモンはこめかみに青筋を立てる。

(こいつは、本当に……)

デリカシーの欠片もない。親がおらず、一人で頑張って生きていることは知っているが、多少人間としての心は持っていた方がいい。じゃないと真っ赤になっているアリアが可哀想だ。

ちらりとアリアを見る。深くはわからないが、何となく内容はわかっているようで、気まずい。


「さ、サイモンさんっ」

「大丈夫だ。さっき拾った時に中のフィルムは全部消去しておいた」

「はあ!?」

「ありがとうございます!」


アリアの嬉しそうな顔とは逆に、バッと立ち上がった少年は顔を真っ青にしている。


「ちょっと待てよ!全部ッ!?」

「全部。何か文句があるのか?」

「あるに決まってんだろ! ふざけんなっ!」


びりびりと少年の声が部屋に反響する。宿屋の奥さんが心配して見に来る前に少し声を抑えてもらおうとしたが、残念ながら彼に声を抑える気はないようで。「俺の今晩の飯代どーすんだよ!」と荒れる少年に、サイモンは眉を寄せる。どうやら記者ではなく、パパラッチのようなことをしているらしい。本人に自覚はないのかもしれないが、それでも褒められることじゃない。

(となれば、スキュラを渡した人間がいる可能性があるな)

確かに、子供だから身を隠しやすそうだし、見つかっても大抵の誤魔化しはきくだろう。子供であることは、どの世界でも情に対する最強の武器ともいえる。

だからと言って、犯罪を容認してはいけない。スキュラを買う際、〝してはいけないこと〟の誓約を買い手に伝える義務が、売り手側にはある。サイモンも良く知っている内容だ。


一つ、人の生活を害するようなことはしてはいけない。

二つ、誰かの生活の妨げになるような場所での使用はしてはいけない。

三つ、スキュラを譲渡、販売する際は、必ずこの誓約を伝えること。


誓約を守らなければ、買い手側には相当な罰金、もしくは体罰がある。売り手側にも問題があれば罰則が科されるので、スキュラを売買する人間はみな神経質になりやすい。それだけの物をこの少年は手にしているのだ。それも無自覚に。

すっと伸びて来る手を叩き落とす。スキュラを少年の手の届かない位置へと掲げれば、「何すんだよ、オッサン!」と声を荒げる。


「盗撮は犯罪だ。それがわからないなら、このスキュラは没収させてもらう」

「う゛っ」

「わかったら何か言うことがあるだろ?」


少年が悔しそうに眉を寄せ、沈黙する。数秒間、唸り声のようなものが聞こえたが、最終的にはサイモンに向かって頭を下げた。それに対し「俺じゃないだろ」と告げれば、彼はアリアの方を向くと「ゴメンナサイ」と頭を下げた。若干誠意が足りないが、アリアが許しているので仕方なく許してやることにする。


「これからは人の迷惑になるような写真は撮るんじゃないぞ」

「わかってるよ」

「それと、人に迷惑が掛かる場所での使用も駄目だ」

「わかってるってば!」


真っ赤な顔で叫ぶ少年に、サイモンは「よし」と頷く。とにかく最低限の事は教えられただろう。少年の様子からして、譲渡することは当分ないだろうし、重要なのは項目上の最初の二点だ。それが伝わればいい。

少年には今後一切、アリア含めサイモンたち全員の写真を撮らないことを約束させ、サイモンはスキュラを返してやる。少年はスキュラを受け取ると同時に、慌てて中身を確認し出した。少年の目がサイモンを見上げる。


「結構いい写真が多かったからな。消すのは勿体無いと思ったんだ。あ、もちろん、アリアのフィルムは消させてもらったからな」

「さっすがオッサン! 恩に着るぜ!」

「……そういう言葉は知ってるくせにマナーは未だに身に付かないんだな」

「? だって言葉は知ってれば飯が食えるけど、マナーは知ってても飯もらえねーじゃん」


子供のくせに、中々的を得たことを言う。サイモンは当然のように言う少年に、何と返せばいいのかわからなくなった。

とりあえず「マナーを知っておくと金持ちから金貰えるぞ」と告げておく。少年が「マジ!?」と顔を輝かせるので、もうそういうことにしておこう。

(現金な奴め)

存外強かなのは今に始まったことじゃあない。サイモンは話を変えるために、スキュラの入手先を問いかけた。しかし、少年は「わかんね。拾った」というだけで詳しい話は聞くことは出来なかった。

(スキュラを落とすなんて、災難すぎるな)

とんでもないものが落ちていたもんだ。元の持ち主には合掌をしておき、サイモンはぐう、と聞こえる腹の音に食事の準備をすることにした。腹の音の正体はグレアだった。恥ずかしそうにする彼だったが、獣人である彼にとって食事は特別なものだ。「夕食にしよう」と告げれば、少年が「やった!」と声を上げる。


「お前の分はないぞ」

「はあ!? 何で!」

「なんでって」

「いいじゃないですか、サイモンさん。それにみんなで一緒に食べた方が美味しいですよ!」

「……はあ。仕方ないな」


アリアの言葉に、サイモンは肩を落とす。まあ、材料もあるし、どうにかなるだろう。

宿の厨房を借りに、サイモンは部屋を出た。アリアとグレアが手伝いを申し出てきたが、断った。今日は休みなのだから、二人には出来るだけ休んでいて欲しい。温かいスープに、グレアの好きなごろっとした肉を入れる。パンはアリアの好きなナッツが入ったパンだ。

(どうせなら宿の店主と奥さんの分も作っておくか)

厨房も借りてしまったし、水着の事もある。奥さんは顔色が悪かったし、多少でも元気になればと薬の原料の葉を刻み入れた。「ご自由に食べてください」と去り際に伝え、サイモンは四人分の食事を部屋に持っていく。


戻った部屋では、三人が楽しそうに額を突き合わせていた。

初めて見るスキュラに興味を示したのだろう。アリアとグレアがフィルムを見て、「すごい! ちゃんと映ってる!」とはしゃいでいる。少年も褒められるのが嬉しいのか、まんざらでもない様子だ。

(こう見るとまるで姉弟みたいだな)

グレアが長男で、次女がアリア。少年は確実に末っ子だろう。何にせよ、仲が良くなっているようで安心した。


「綺麗だね~」

「へへっ。それ撮るの、結構コツがいるんだぜ」

「へぇ。これ全部お前が撮ったのか?」

「おうよ!」

「すごいな」


(褒め殺しだな)

アリアもグレアも、お互い上の子だったからか、褒めるのが上手い。そして褒められ慣れていない少年は、満面の笑みを浮かべている。こんな笑い方をするなんて、知らなかった。

(思いがけない収穫だ)

微笑ましい様子にそっと食事を近くの棚の上に置く。せめて話のタネになればと、アリアの持つフィルムに手を重ねた。


「〝ピディセ・ディエィス〟」


サイモンの声に反応して、フィルムが動き出す。アリアが慌てて手を離せば、フィルムは細い身を捩ると一枚の紙に変化した。一枚ずつ現像化されていく光景に、三人の目が見開かれる。


「すげー!」

「すごい……! これって」

「スキュラのフィルムを現像化するための魔法だ。まあ、手順は思いっきりすっ飛ばしたがな」


本来なら一緒に販売されている液体を魔法陣の書かれた専用の器に入れ、フィルムを漬け、紙を重ねることで発動する魔法だ。しかし、そもそも開発したのは騎士団副団長のサイモンと魔法省トップのトトだ。そんな手間が必要な物を作るわけがない。寧ろ簡易化するために手間を増やしただけで、本来なら魔法一つで出来る事なのだ。

(まあ、紙が無いから拡大魔法も込みでやったが)

それくらいはサービスみたいなものだ。

サイモンが説明している間に、少年はいい匂いに気付いたのか、いつの間にか自分の分の飯を確保している。一人先に飯を頬張っている姿に、サイモンは内心呆れつつ、グレアとアリアにも配る。

三人は器用に食事をしながら現像化された紙を前に、話を再開する。サイモンは少し離れた位置に腰かけ、その光景を見つめる。

(本当に仲良くなったな)

最初はどうなることかと思ったが、アリアたちのお陰でどうにかなりそうだ。サイモンはズズズ、と汁を啜る。うん。今日も美味く出来ている。


先ほど現像化した時に気付いたのだが、少年の撮っていた写真は普通の風景が多かった。変な雲や落ちている変な形の石、町を歩く猫、パン屋の外観や停泊している船などなど……。それは普通に撮るのを楽しんでいるのがわかるものばかりで、叱った側としては何とも複雑な心境だった。

(なんで今回に限ってアリアを撮っていたんだ?)

そんなに今夜の食事に困っていたのだろうか。だとしたらこれで帳消しということで問題はないだろう。

(それだけで終わればいいが……)

なんだろうか。終わるような気がしないのは。

悶々と考えていれば、ふとアリアが声を上げる。彼女の手元には一枚の現像された景色が映っていた。


「ねぇ、これは何? ボロボロみたいだけど……」

「んー? ああ、これはユーレイ船だよ」

「「ゆ、幽霊船!!?」」


ギョッとするアリアとグレアに、少年は自慢げに胸を張る。

興味を引かれたサイモンは匙から手を離し、前のめりになる。見えた景色は確かに、幽霊船が映ってても不思議じゃない風景をしていた。


「実はこれ、昨日撮ったやつでさぁ。あ、ユーレイ船って言っても船長はナンパセンじゃないかって言ってて」

「難破船?」

「そう。でもさ、三か月前くらいに急に出てきておかしいってなってんだよ。ここ三か月、大きな嵐はなかったし。しかもこの辺の船じゃねーんだよ」

「そうなのか?」

「おう。たぶんだけど……あ、あった」


「ほら、これが証拠」と出される紙。その中には数隻の船が映っていた。しかし、少年の言う通り幽霊船に似ている船は一つも映っていない。「難破してきたなら人がいてもおかしくねーんだけど、それもいねーし、積み荷も空だし。不思議だよなぁ」と呟く彼に、サイモンは紙を見つめる。

人もいない。積み荷もない。似た船もない。……確かに、不思議だ。トトの言葉が頭を過る。


「とはいえ、単に流されてきただけかもしれないし……いや、どうなんだ? 船には詳しくないからなぁ……」

「んじゃ、明日見に行ってみようぜ! みんなでさ!」

「は?」


少年の提案に、サイモンは目を瞬かせる。一瞬理解が遅れたが、少年の提案にサイモンは「ああ、いいかもな」と応える。ビクリと震えるアリアの肩を横目に、サイモンは幽霊船を見る。

分からないなら直に見るのも一つの手だろう。トトの言っていた幽霊船がこれなら、ゾンビの正体がわかるかもしれない。


「あ、あのっ、あの……っ!」


途端、アリアの声が響く。震えている声に振り返れば、両手で皿を抱き締めるようにして持っているアリアが、涙目でサイモンを見上げていた。その視線に、サイモンはしまったと思った。

(忘れていた)

アリアは幽霊とか、そういうオカルトが苦手なのだ。すっかり忘れていた。


「ん? なんだよねーちゃん。顔色悪いけど、腹でもいてーの?」

「ち、ちがっ、そうでは、なくてですね……!」

「? なんだよ。はっきり言わねーとわかんねーだろ」


ガクガクと震えるアリアに、少年が詰め寄る。アリアの目が困惑と戸惑いに揺れる。きっと自分よりも幼い少年に言ってもいいのか迷っているのだろう。もしくは話を振った手前、断るのは失礼だと思っているのかもしれない。責任感の強い彼女の事だ。大いにあり得る。

(仕方ない)

此処は年長者が一肌脱いでやろう。


「ああ、いや。違うぞ。アリアは……」

「わ、わーーー! サイモンさんストップ!」

「むぐっ!?」


ガバッと勢いよく口を押えられ、無理矢理言葉を飲み込まされる。人がせっかく伝えにくいことを伝えてやろうと思っていたのに、何するんだ。

サイモンは視線だけでアリアを見ると、小さな真っ赤な顔が目に入る。「言ったらダメです……!」と小声で言われ、サイモンは首を傾げる。


「なんでだ? 言いたかったんじゃなかったのか?」

「ち、違いますっ……!」

「でも言っておいた方がいいだろ」

「それは……そうですけど、っ~~、やっぱりダメです!」


サイモンの言葉に迷ったものの、ブンブンと首を振るアリア。何にそんなに迷っているのかはわからない。首を傾げたまま「どうして」と問えば、「お姉ちゃんにはお姉ちゃんのプライドがあるんです!」と言われてしまった。そういうものなのか。

サイモンはとりあえず頷いておく。アリアはほっと息を吐いて、腰を落ち着ける。そして少年を見て「ごめんね、何でもないから」と笑みを浮かべる。その表情に、サイモンは妙に納得した。

(なるほど。そういう事か)

アリアには少年が弟に見ているらしい。つまり、その弟の前で恥ずかしいことなどしたくないということなのだろう。

(アリアが言うなら、仕方ないな)

サイモンは肩を落とすと、様子を見ることにした。グレアは飯に夢中であまり話を聞いていないらしい。ぺろりと食べ終えたグレアの手には、三人よりも大きい器が握られている。獣人は食べるのも仕事だと聞いたことがあるが、本当なのかもしれない。


「そういや、あの船長はその幽霊船に対して何か言ってなかったのか?」

「んー、よくわかんねーってさ。下っ端の人たちが調査に入ってもみんな怪我して帰ってくるし、人によっては近づくことも出来ないっていうので、みんな幽霊がいるんじゃないかーって騒いでんの」

「なるほどな」


ますます幽霊が居る線が濃厚になったわけだが、アリアは大丈夫だろうか。すっと視線をアリアに向ければ、真っ青な顔でがたがたと震えている。

(……これ以上は可哀想だな)

もっと話を聞きたいのだが、今はやめておくとしよう。

少年は飯を平らげると、「んじゃ、オレそろそろ帰るわ」と席を立つ。明日の時間と待ち合わせ場所を手早く決めると、少年は颯爽と帰ってしまった。残されたのは空になった器と眠そうなグレア、ガタガタと震えているアリアだ。

(アイツ、言うだけ言って帰ったな?)

サイモンは大きいため息を吐き出すと、とりあえず残っている飯を処理してしまおうと食事を再開した。


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