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第56.5話


「はあ!?」


サイモンから届いた伝書鳩を受け取ったトトは、血相を変えて振り返った。伝書鳩の魔力が尽きたのか、鳩は静かに消滅し姿を消す。

(アイツ馬鹿なのッ!? 何考えてんのッ!?)

勢いよく空を見上げるが、肝心なサイモンはヤコブと何か話をしているようで、こっちを見ようともしない。そのことにトトは盛大に舌を打つ。

『背中だけを狙うのは無理だ。だから、今から広範囲攻撃を仕掛ける。みんなを頼むぞ、トト』

(頼むぞ、じゃないデショ、あの馬鹿ッ!)

反芻するサイモンの言葉に、トトは再び舌を打つ。「あ~もう!」と声を上げれば、隣にいた神子がビクリと肩を震わせた。

(乗っ取られたバカヤコブの弱点を教えて退散しようと思っていたのに、出来なくなったじゃん!)

これ以上巻き込まれるのは御免だと思っていたのに。途中下車も許してくれないとか、元騎士団副団長は鬼畜でしかない。いや、昔からストイックな面は持っていたけど、それをわざわざ今ここで発揮する必要はないんじゃないだろうか。言ったってしょうがないけどさ!

(とりあえず、まずは皆を守るための盾を作らないと)

サイモンがどんな攻撃を仕掛けるのかは知らないが、魔法であいつに勝てるのは自分だけだ。サイモンが最強の騎士だったとして、こっちは最強の魔導士なのだから、負けるわけにはいかない。

(でもそれには魔力がイマイチ足りないんだよな……)

自分の中に残った魔力は大体四割程度。今展開している水盾(アスピバ・ネロウ)を解いたとしても、残っている魔力は半分程度になる。サイモンとやり合うようなもんだ。出来れば六割……我儘を言えば八割は欲しい。


「トト?」

「っ、神子、お前魔法の経験は!?」


心配そうに覗き込んでくる神子。トトの問いにふるりと首を振る。予想の範疇だ。

(魔力があるからって魔法の経験があるとは限らない)

それは魔法学に携わっている人間なら誰でも知っていることだ。

トトは神子の手を取ると、走り出した。神子が驚いた顔をしているが、今は気にしている余裕はない。非難している家へと走りながら、トトは声を上げる。


「今から上にいるバカが特大の爆弾を落とすんだ。此処を巻き込まないようにしたいんだけど……残念ながら魔力が足りなくなるかもしれない。だから、魔力を持っている奴を探す! 集落にいたらお前が説得! わかった!?」

「う、うん」

「行くよ!」


こくりと頷く神子の手を引っ張って、抱き上げる。

「きゃっ」と短い悲鳴が聞こえたが、構わず足元に魔法陣を展開した。


「〝ペルパーナ・ストーム・アーラ〟(空中歩行)」

「っ!」


驚く彼女に「捕まってて」と告げ、宙に立つ。小さい民族の集落といえども、ワシ族も加えればそこそこ人数が多い。出来る限り魔力を使いたくはないが、一人一人を調べる余裕なんてない。

(ったく……!)

トトは焦る気持ちを押し込めて、探索魔法も同時に発動する。サイモンがいつ魔法をぶっ放すのかは知らないが、サイモンの魔力が徐々に高まっているのを背中で感じる。ヤコブには察知しようがない、恐らくトトだからこそ察知できる微量な気配での魔力増加。少しずつだから今すぐにというわけではなさそうだが、それでも急がなければ。ヤコブがいつ気付くかわからない。

(って言っても、急なんだしタイミングくらいは合わせてよね……!)

トトはサイモンに吐き捨てながら、魔力を余分に持った者を探す。しかし、集落にいる者は皆魔力を持っているが、生命維持に必要な程度で余っている者はほとんどいない。全員をかき集めたとしても、トトの一割にも満たないだろう。


「くそっ……!」


サイモンに調整を要請するか? 否、この一回でバカヤコブが大人しくなるならそっちの方がいい。下手にミスして長引く方が面倒だ。

(最悪、この森一面をダメにする覚悟で木々から魔力を吸い取って……)

人命を落とすよりは断然いい。だが、それは最終手段にしたい。

苛立ちと焦りに舌を打つ。神子が心配そうな顔をしているのすら、見ていて苛立ってしまう。

(こうなったらいっそ、全員を王都に瞬間移動させた方が――)


「トトさんッ!」

「!」


聞こえる声に、トトが振り返る。そこにいたのは、土埃に汚れた一人の少女と青年。

(あの二人は確か……)

サイモンと一緒に居た、魔法使い見習いと珍しい〝ハイイロオオカミ族〟の獣人――アリアとグレアだ。

(そうか! こいつらがいたんだった!)

ブンブンと大きく手を振るアリアと、こちらを訝し気に見上げるグレア。両方とも魔力探知に引っかかり、尚且つ生命維持以上に余裕がある。特に〝ハイイロオオカミ族〟のグレアは血筋からか魔力量が多い。二人とも扱いやすそうな魔力をしているし、彼等だけでトトの三割分を満たすだろう。神子と合わせれば、四割だ。おつりがくる。

トトは地面に降り立つと、神子を下ろした。代わりにアリアの手を取れば、「ひぁっ!?」と素っ頓狂な声が響いた。神子がむっとする。


「悪いんだけど、ちょっと協力してもらうよ!」

「えっ、あ、ハイ!」

「キミも!」

「はあ!?」


混乱するグレアに苛立って腕を掴む。残念ながら、今ここでちんたらと説明している暇はない。時は刻一刻と過ぎているのだ。サイモンの魔力も最終段階の高まりを見せているし、最悪待たれている。

(僕が遅いんじゃないから! そっちが急に言って来たんだからね! 僕のせいじゃない!)

苛立ちも最高潮に、集落の外へと向かう。盾を張るにしてもベストなタイミングと場所が必要なのだ。立ち止まっている神子の気配に振り返って「キミも早く来て!」と声を張り上げる。不貞腐れた顔で歩き出す神子。

(なんだよ、その顔)

こっちだって巻き込まれただけなんだ。不満はぜひともサイモンに言って欲しい。


「あ、あのっ、私たちさっき遺跡から出てきたばっかりなんですけど……その、な、何がどうなってるんですか?」

「見てわかんない?」

「す、すみません」


肩を落とすアリアに、トトは内心罪悪感が芽生える。

(別に、そこまで言ってないんだけど……)

怒ってはいない。それは本当だ。ただ、この状況で聞かれるのは腹立たしいというか、そもそもお前らの師匠がやらかすんだぞとか、いろいろと考えてしまって――。


「あーもう! めんどくさいなあ!」

「! す、すみません」

「そっちじゃない!」

「?」


トトの言葉に、首を傾げるアリア。グレアはトトをじっと見つめており、しかめっ面をしている。まるで言いたいことがあるならさっさと言え、とでも言われているみたいだ。

トトは舌を打って二人から視線を外す。浮かんだ罪悪感を無視して、とりあえず今の現状を簡単に教える。アリアの表情が輝いたり青くなったり忙しそうだったが、どうにかこの状況を理解してくれたらしい。「魔力の供給はやったことないですけど、私で力になれるなら」と満面の笑みで頷いた彼女は、本当にあのサイモンの弟子なのか疑わしくなる。

(サイモンにはもったいないくらい)

あとで魔法科に就職しないか誘うのもいいかもしれない。


トトは目的の位置まで来ると、ぐるりと周囲を見回す。


「ここだよ」


集落から少し開けたそこは、魔法を使うのにちょうどいい。何よりサイモンたちの様子が確認できることで、タイミングが計りやすい。

(って、もうあんなに魔力溜め込んでるの!?)

サイモンとヤコブの遥か頭上に浮かぶ、黒い雲。その正体は雨雲でもなんでもない。サイモンの集めた魔力が周囲の雲に色を付けて、一か所に引き寄せられているのだ。

(もしかしてあの馬鹿……)

サイモンの扱える魔法は粗方把握しているトトは、ひくりと頬を引き攣らせる。……サイモンがやろうとしていることを察知してしまう自分の優秀さが憎い。


「トトさん……?」

「いや。何でもないよ。それより、さっき言った注意事項は覚えてる?」

「は、はい!」

「おう」


頷く弟子二人に、トトは荒れた心が癒されるのを感じる。

(本当……なんでこんなに素直な二人がサイモンの弟子なんかやってるのさ……!)

羨ましい、と拳を握りしめながら、トトは「それじゃあ始めるよ」と声をかける。俯いている神子は輪の中に入る気が無いのか、不貞腐れた顔のまま少し離れたところに立っている。

(拗ねているのか?)

なんで、と疑問に思うが考えている余裕はない。どうせ彼女の魔力も使うことになる。その際話を聞いていなかったら彼女の自業自得だ。


トトは道中、経緯を話すと同時に〝魔力供給〟について三人に話をしていた。

――〝魔力供給〟。

簡単に言えば『他人から魔力をもらう』、もしくは『他人に魔力を明け渡す』方法だ。やり方は簡単だが、命に関わる魔法技術。

特に『もらう側』は、上級魔導士の中でも資格を持った人間しか行うことが出来ず、『明け渡す側』もその危険性を理解しておく必要がある。そうでないと両者の命に関わるからだ。

(魔力はありすぎても死ぬし、なさ過ぎても死ぬ)

その配分を知っているということは、生死を操ることが出来るということ。生かすも殺すも自由というわけだ。


「体調が悪くなったら無理をしないこと。魔力を与えようとはせず、自然体でいること」

「そう。あと、勝手に手を離したらダメだからね。魔力が逆流する可能性があるから」

「はい!」

「声が出せない場合はどうすればいいだ?」

「その時はしゃがみ込んでくれれば、すぐに対処するよ」


トトの言葉に二人は頷く。素直な二人に「よし」と呟いて、トトは神子を見る。少し離れた位置にいるようだが、話はちゃんと聞いているらしい。目が合えば「……わかった」と頷く。

(本当に大丈夫か……?)

不安は拭えないが、仕方ない。

トトは三人に向かって手を出す。本来なら魔法陣を一人ずつ描いて連結させ、供給路を作るのがいいのだが、今は時間が無い。手を繋いで経路を作る必要がある。これもさっき三人に教えたばかりだ。

順番は何でもいい。が、出来れば静かな人間がいいと、自然と目がアリアを見る。アリアはそれに気づくと手を取ろうとして――神子が割り込んで来た。


「なっ!?」

「……」


(何だよ、突然!?)

さっきまで離れたところにいたのに。混乱するトトを余所に、むすっとする神子はアリアを睨んでいる。……やっぱり子供の考えることはわからない。

呆れたトトとは違い、アリアは「ふふふ」と優しく笑うと神子のもう片方の手を取る。困惑するグレアの手を取り「準備出来ましたよ」と言うアリアの平然とした声に、トトは面食らってしまった。


「あ、ああ」


(いや、うん。それはそうなんだけど)

ちらりと神子を見る。さっきの不機嫌はどこへ行ったのか。彼女は上機嫌に繋いだ腕を振っている。

(……だから静かな奴が良いって思ってたのに)

いつの間にか後ろにデカイ梟が立ってるし。森の守り神らしいけど、神子に懐いているとか言ってたっけ。見守りに来たのか、危害を与えかねないトトを見張りに来たのか。神とは恐ろしいものだ、とどうでもいいことを考えつつ、サイモンを見上げる。にやりと笑みを浮かべるあいつは。後で一発ぶん殴っておこう。サムズアップすんなよ、大地の神も。


「はーあ」


溜息を吐いて、顔を上げる。もうこうなったらヤケクソだ。

(僕の最高のサポートに腰抜かせばいい)

繋いだ手が光る。バラバラの魔力を一つに書き換え、自分の中へと引きずり込む。枯渇していた魔力が徐々に満たされるのを感じる。

(予想通りしていた通り)

二人の魔力はいい意味で純粋で色がない。本来魔力供給は、供給された側が吸収するために、提供者の魔力内容を回路上で書き換える必要があるのだ。通常であればそこで時間を食うことが多い。だが、色のない二人の書き換えは思った以上にスムーズで驚いてしまう。

がくりとグレアが膝を付き、次にアリアがふらつく。問題は神子だった。


「っ……」

「あと二秒」

「ぅ、ん」


こくりと頷く。冷や汗が出ている彼女は、キツそうだ。

(まあ、そうなるか)

書き換えたとはいえ、それはトト専用だ。通過地点にいる者たちにとっては、他人の魔力なんて毒でしかない。それを二人分――否、トトの書き換えの魔力を合わせれば三人分、その小さな体で処理しているのだ。トトのように書き換えを一瞬で出来るわけじゃないのだから、しんどいだろう。

(ん? あれ。そういえばその事って説明してなかったかも)


…………気づかなかったことにしとこ。


トトは顔を上げる。天に集められたサイモンの魔力が稲光る。どさりと神子が膝を付いた。手は離されていない。魔力は満たされた。

(上出来)

トトは神子の手を離す。胸元から杖を取り出し、天へ向けた。――サイモンの魔法を受け止めるには、アレしかない。


「〝アダマス・アスピーダ〟」


瞬間、八十七枚もの透明な壁が重なり、トトを中心に広がっていく。雷を反射して輝く様は、まるでダイヤモンドのようで。


「きれい……」


その美しさに、三人は見とれる。さっきの苦痛が一瞬にして取り払われたような顔だ。そんな反応に、トトは遠い過去が頭を過る。

『君の魔法は本当に綺麗だね』


「……そうデショ」


僕だけが使える魔法。僕が生み出した、最強の魔法。

(さあ、僕は出来ることはした)

あとはサイモン次第だ。鳴り響く雷鳴に、トトは軽くなった体に開放感すら覚えていた。――刹那、轟く雷鳴と共に、稲妻が世界を一閃した。


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