「……デジャヴュってやつだな」
「何言ってんだよ、サイモン」
「起きてるならさっさと退いてくれ」
バシっとヤコブの背中を叩けば、「いてっ!」なんて悲鳴が上がる。ブツブツ文句を言っていたが、知ったことではない。
(ったく、なんで俺が下敷きにならないといけないんだか)
軽くなった体を起こせば、パラパラと瓦礫の欠片が落ちていく。土ぼこりを払って、サイモンは立ち上がった。
「どこだ、ココ」
「さあー?」
「お前に聞いてない」
首を傾げるヤコブにそう言えば、「何だとー!?」と声を上げる。相手にすると面倒なので、サイモンは早々に視線を外して、周囲を観察した。
(暗いな……ここはどこかの通路か? 壁に描いてある文字は変わらないみたいだな。酸素が薄い……かなり地下なんじゃないか?)
壁を叩いて音を立ててみる。反響するところを見ると、一応出入口はあるらしい。念のため魔法も試してみたが、うんとも寸とも言わなかった。
「魔力は使えないか」
「モンスターはいるのにな。マジでフシギだわ」
「確かに」
ヤコブの言う通りだ。
モンスターの核は魔力を固めて作ったようなものらしい。つまり、通常であれば魔力が使えないこの場に魔力の塊が生きられるわけがないのだ。
(通常は)
それが通じないのが〝神〟というものだと、サイモンは知っている。
「やっぱり、なんで呼ばれたのかちゃんと調べないと駄目らしいな」
「えー。めんどくせー」
「大地の神に恩恵を受けといて、何を今更」
「そりゃあそうだけどー」
肩を落とし、口を突き出すヤコブに、サイモンはため息を吐く。そういえばコイツ、結構な飽き性だったな。
昔も「ただ毎日剣を振ってるだけじゃつまんねーだろー!」とかなんとか言って、いろいろな武器を使っての訓練を騎士団に盛り込むことを提案してきたのはヤコブだ。最初は暴論だと思われていたが、使うことで意外な適性が見えたり、使える武器が増えたりと、結構楽しかったのを覚えている。
その恩恵をサイモン自身も貰っており、得意不得意はあるものの、一通りの武器を扱えるようになっている。
(そう考えればいい点ではあるけど、今じゃないんだよな)
それが得意なのは、どちらかと言えばトトの方だろう。同じものにコツコツ打ち込めるのは、つまらない行為かもしれないが、一種の才能でもある。
サイモンは周囲を観察し終え、ゆっくりと足を踏み出す。足元が辛うじて見えるかどうかというほど暗い周囲に気を付けながら、サイモンが進んでいけば、横を我が物顔でヤコブが同じように歩く。
周囲に目を走らせながら慎重に歩いていれば、ヤコブが「なあ」と声をかけて来た。
「サイモンはさ、あの二人と一緒に居て楽しいか?」
「は? 急になんだ」
「いいから!」
声を上げる彼に、サイモンは眉を寄せつつも顔を少し上げる。
(まあ、どっちかと言えば)
「楽しいぞ。二人とも向上心もあるし、新しい発見もある。まだまだ旅をするのには不慣れだが、その分慎重に事を進めようとするからトラブルもない。……いや、巻き込まれている時点でトラブルか?」
「? 何だよ、巻き込まれたって」
「いや。こっちの話だ」
一瞬今までの事をヤコブに話してやろうかとも思ったが、やめて置く。今はここから脱出するのが先決だ。
何か仕掛けがあっても見逃さないようにしながら、サイモンは進んでいく。ヤコブが「ふーん」と相槌を打つのを聞いて、珍しいなと彼を横目に見る。
(コイツなら突っ込んできそうなのに)
何があったのか、何に巻き込まれたのか、聞きたがるのがヤコブという男だ。そんな彼が何も聞かず相槌だけだなんて、何かがあったとしか思えない。
疑問に思いながらも進んでいけば、キングゴーレムが現れる。
群れを率いているのだろう。その後ろには三十はゴーレムがいそうな気配が漂っており、サイモンは剣を、ヤコブは斧を抜いた。
「死ぬなよ、サイモン~!」
「誰に言ってんだか」
軽口を言い合って、二人は同時に走り出した。
サイモンの剣がゴーレムに叩き込まれる。その後ろでヤコブがゴーレムの胴体を切り離していた。その連係プレーは数百年ぶりだというのに寸分の狂いもなく行われる。
群がるゴーレムをヤコブが斧の側面で殴り、数体を巻き込んで引き摺る。かき集められたゴーレムたちを、サイモンが横に一刀両断。飛んでいくゴーレムたちの頭がごろごろと床に転がり、破壊された核が空気中にどんどん吸い込まれていく。
サイモンを目掛けて拳を振るうゴーレム。その足元をサイモンが滑り潜った。潜り抜けた五体がサイモンの姿を追いかけるように振り返る。同時に目の前に現れたサイモンの姿にぎょっとしたゴーレムも目を光らせ、拳を振り上げた。拳を剣で受け止め、ゴーレムの腕を掴む。背後のゴーレムたちの頭上へと放り投げれば、既に宙に飛んでいたヤコブの斧が宙を浮くゴーレムの身体を殴打し、下にいた五体の内二体が下敷きになった。勢いで崩れた体から転がる核を、サイモンが踏みつけて壊す。
「ちゃんと核まで処理しろって言ってるだろ」
「いーじゃん! 手柄あげてんだし!」
「もう騎士団じゃないだろ」
驚く三体をサイモンが剣で叩き斬る。別のゴーレムの頭上に降り立ったヤコブは、斧を背に仕舞うと、その頭を掴んだ。そのまま地上に降り立てば、ゴーレムの身体が後ろに仰け反り、ギチギチと体を形成している岩が悲鳴を上げる。あまりにも残酷なシーンに、サイモンは頬を引き攣らせた。
「お、っりゃああ!」
頭を掴まれたゴーレムが、ヤコブに振り回される。ブンブンと空を切り、時にはぶつかった身体の破片が周囲に飛び散り、逃げ遅れたゴーレムたちが巻き込まれていく。
(相変わらずの馬鹿力だな)
見た目は少年のような見た目なのに、末恐ろしい。サイモンはブルリと体を震わせるふりをしてヤコブを見る。襲い掛かってくる一体を裏拳で吹き飛ばし、群がってくるゴーレムに再び相対する。
サイモンたちはまさしく、千切っては投げ、千切っては投げと、ゴーレムたちを倒していく。その戦いは圧倒的だった。むしろ途中から、どっちがどれだけの数を倒せるか勝負し始めるくらいには余裕だった。
「グ、ォオオオ……」
ドスーンと大きな音を立てて、キングゴーレムが崩れ落ちる。サイモンの剣が腕を切り落とし、ヤコブの斧が足を切り落とした。満身創痍なキングゴーレムはもはや涙目だった気がする。
サイモンは剣を収めると、瓦礫の山になった通路を見る。……少し暴れすぎてしまった気がするが、まあ、大丈夫だろう。うん。
「行くぞ、ヤコブ」
「えっ!?」
「なんだ?」
「いや、ちょっとくらい休ませてくれないかなぁって……」
「そんなの、歩けながら休めるだろ」
「そんなぁ……!」
ヤコブの泣きそうな声を背後に、キングゴーレムをよじ登るサイモン。どうせ疲れるほど動いていないのだから、大丈夫だろう。
振り返ることなく歩いていくサイモンに、ヤコブは泣きながらついて行く。「昔を思い出す……」と涙声で言っていたが、サイモンはスルーした。休ませる時間があるなら、さっさとここから脱出してアリア達と合流した方が断然いい。
瓦礫を押し退け、進んでいく。結構な量になっていて、神殿の持ち主には申し訳ないような気もしてくるが、襲い掛かるように設定していた方が悪いということにしておこうと思う。
時折出て来るゴーレムを切り捨てつつ、道を進んでいく。分かれ道などはなく、ただただ誘われるように一本の道を歩いていく。隠し扉があるんじゃないかと疑ったこともあったが、残念ながらそういった類のものは見つからなかった。
「なあ、サイモン」
「なんだ?」
ヤコブの問いに答えつつも、足は止めない。壁を伝い歩きながら、返答を待つ。
「さっきさ。あの二人と一緒にいて楽しいって言ってただろ?」
「ん? ああ、あの話か。言ったな。言った。それがどうしたんだ?」
「……俺らと居た時と、どっちが楽しい?」
「はあ?」
ヤコブの問いに、サイモンはつい大きな声を出してしまった。
(なんだ急に。メンヘラみたいなこと言い出しやがって)
足を止め、振り返る。ヤコブの顔を伺おうとしたが、俯いていてよくわからない。
「そんなの、比べる事じゃないだろ」
「それは……」
「第一、お前たちと彼らじゃあ、立場が違い過ぎる」
サイモンの言葉に、ヤコブが目を見開く。そうだ。そもそも話が同じだと思う方がおかしい。
確かに、スクルードやトト、ヤコブ達と旅をしていた時は友人との未知なる遭遇を楽しむ気持ちがあったが、もう既に数百年旅をして、大体の事は知ってしまっている。そんな状況で誰かと旅をするということは、案内役であり、助けるためにいるような存在だ。謂わば護衛である。だから、アリアとグレアはサイモンにとってどんなに頑張っても、庇護下に置かなくてはいけない存在なのだ。
(わざわざいう必要もないと思っていたのに)
まさかそんなことを聞かれるなんて。サイモンとしては予想外だった。
ヤコブは何も言わない。沈黙のまま、歩き出したサイモンの目の前に、突如見えた――巨大な扉。今まで何もなかったところに急に出てきた扉は、まるで『入れ』と言わんばかりにこちらを誘ってきている。
(十中八九罠だろうが……)
何となく、入らなくてはいけないような気がする。サイモンは扉に手をかけ、振り返った。
「ほら。そんなこと言ってないで、罠にかかる準備でもしておけよ」
「……ああ。そうだな」
ギィ、と古びた音が響く。扉がゆっくりと開き、眩しさに目を細めた。ああ、くそ。
――嫌な予感がする。