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第50話

「……マジかよ」

「? どうしたんだ、グレア」

「いや、何でも」


ドスーン、と重々しい音を立ててキングゴーレムが地面に崩れ落ちる。魔法を使えなくなったサイモンの力が半減するとでも考えていたのか、グレアは感心したようにサイモンを見ていた。

(失礼な)

これでも一応騎士団の一人だったのだから、魔法がなくてもそこそこ戦えるはずだ。


「そうですよ、グレアさん。サイモンさんは凄いんです!」

「は? なんでお前が威張ってんだよ」

「いっ!? 威張ってなんかないです!」

「まあまあ」


「落ち着けって」と宥めれば、二人はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。そのタイミングがほとんど同じだったものだから、まるで兄妹みたいだと思ってしまった。もちろん口にしたら後が怖いので、言う気はないが。

(それにしても、二人とも結構成長したな)

アリアはもちろん、グレアも一緒に旅をする中でサイモンに教えを乞うようになっていた。元々ポテンシャルの高いオオカミ族である彼は、教えればすぐに飲み込んでしまう。人間との体の構造の違いに何度か戸惑っていたものの、着々と自分のものにしているのがわかる。


新調した剣を振るってマッドハンドを切り落とすアリアに、無駄な動きもなく淡々と鉤爪を振るうグレア。

威力は断然グレアの方が上だが、アリアの剣さばきは三年間鍛錬しただけあって洗練されている。どちらも中々に伸び代を感じる戦いぶりに、サイモンはつい騎士団の時の記憶が脳裏を過ぎった。

(まだ十日程度だけど、こりゃあもっと伸びそうだな)

若者の成長はどんな状況でも嬉しいものだ。ウンウンと頷くサイモンに、二人が首を傾げる。「気にしなくていい」と告げ、剣を収める。同時にモンスターたちが襲い掛かって来たが、サイモンが手を出す前に二人によって排除された。懐かしい高揚感に、サイモンは二人の頭を乱雑に撫でた。


「ちょっ、何するんですか!」

「離せクソジジイ」

「はははは!」

「こらー! 遊んでないで手伝えー!」


ほのぼのとした時間に飛び込んできたのは、ヤコブの声だった。

サイモンは二人を撫でるのをやめ、振り返る。


「いや、全然平気そうだろ」

「そうかもしんねーけど、そうじゃねーかもしんねーじゃん!」

「どっちだよ」


ワーワーと騒ぐわりに、息一つ切らせていないヤコブ。寂しがりか、とため息を吐けば、飛びかかってくるマッドハンドが見えた。サイモンは動かない。アリアが声を上げかけ――しかし、ヤコブは見向きもせず斧を振り回し、マッドハンドを一撃で沈めた。……やはり、苦戦しているようには到底思えない。


「ほら。必要ないだろ」

「疎外感があんの! つーかもっと警戒しろよ!」

「悪かったって」


(相変わらずうるさい奴だな)

地団太を踏むヤコブにため息を吐いて、サイモンは剣を握り直す。彼自身、人の武器を軽々振り回してるくせによくいう。

(ソレ、一応レアものなんだぞ)

既にモンスターを三十以上仕留めている斧を見て、内心静かに呟いた。


ワシ族に持っていた武器を全て取られてしまったヤコブは、モンスターが襲ってくるというのに丸腰状態だった。もちろん、彼だって伊達に五体英雄のひとりじゃあない。体術も使えるし、素手でもサイモン相手に五分耐久出来るほどには、強い。しかし、出てきたモンスターはよりによって、泥で作られたドロドロのマッドマウスの群れ。さすがにサイモンも全身血と泥だらけになった人間と一緒に行動したくはないので、仕方なくミミックバックから引っ張り出した斧をヤコブにぶん投げたのだ。

以前、どこかの街でもらったものだった気がするが、自分ではあまり使い勝手が良くなかったので奥に仕舞い込んでいたものだ。斧を武器にしている彼にとっては丁度いいだろう。

サイモンの見立て通り、サイモンよりも上手く使う彼に、終わったら武器を上げてしまおうかなんて思いながら、サイモンは感じる気配に構える。


「ヤコブ! しゃがめ!」

「は!? うおッ!?」


サイモンは剣を引き抜くと、その勢いのまま剣を投げた。

鋭く風を切る刃が、ヤコブの頭上を通過する。重力にも負けず一直線に走る剣を追いかけるように、サイモンもスタートダッシュを決めた。

投げた剣が、ヤコブの後ろを取っていたロッドウッドの眉間に突き刺さる。サイモンが踏み切るのと同時に、ヤコブの斧が足場を作った。サイモンが跳び上がる。倒れるロッドウッドを飛び越えつつ、刺さった剣を引き抜く。吹き出す血なんて見向きもせず、サイモンは空中に跳び上がった。

見えたのは、天井をも覆わんばかりの長身を持つモンスター――キングロッドウッド。

(こいつの特性は猛毒。木の実を作られる前にぶった切るが、正解)

サイモンは宙に跳び上がりつつ、再びバッグを開いた。中から取り出したのは──サイモンの身長を優に超える大剣。使いどころがなくて数百年間忘れ去っていた剣だった。さっき斧を取り出した時に見え、使ってみたいと思っていたのだが、まさかこんなに早くチャンスが巡ってくるとは。


「ギュアアアアーーーッ!」

「うるっせぇ!!」


壁のように聳え立っていたキングロッドウッドが咆哮を浴びせる。劈くような声に片耳がやられた。けれど、サイモンの勢いは止まらない。

重力も伴って、勢いを付けたサイモンの二本の剣が、キングロッドウッドを真っ二つに切り捨てる。天井も地面もお構いなしだ。振り抜いた後、大剣をキングロッドウッドの身体に突き刺す。毒の実を作る生成器官を破壊した。


「ギュアアアア……ッ!!」


再び聞こえたのは咆哮ではなく、悲鳴だった。

サイモンは片耳から血を流しつつも、大剣の柄を中心にぐるりと回転する。まるで曲芸のような動きに、ヤコブの短い口笛が響いた気がした。

サイモンは空中に浮いたまま、キングロッドウッドの切れた体を見る。

(見つけた)

中に核を見つけたサイモンは、持っていた剣を横に大きく振るった。厳重に絡め取られていたキングロッドウッドの核がこぼれ落ちた。モンスターにとっての心臓とは、魔力で作られた核だ。その核を壊さないといずれ再生する。

さすがに心臓を取り出されたことに危機を感じたのか、キングロッドウッドの四肢が鞭のようにしなってサイモンに襲い掛かる。猛攻に違いない攻撃だったが、残念ながらそれは当たることはなかった。


「邪魔すんなっつーの!」


ヤコブの斧がキングロッドウッドの四肢を切り裂く。次々に出される四肢がヤコブを襲うが、それを物ともせず彼は切り捨てた。劈く悲鳴が上がる。その声に耳の痛みを感じながら、サイモンは勢いに乗って右に半回転すると、剣の柄を構えた。柄の部分で核を強く叩けば、呆気なく壊れてしまう核。砕かれた核から魔力が宙に溶け、消えていく。

キングロッドウッドの形容し難い悲鳴が響く。地面に着地すれば、同時に後方へと倒れるキングロッドウッドの身体。サイモンは突き刺さったままの大剣を引き抜いた。

(やっぱり重いし使いづらいな)

派手な攻撃をするには使うと楽しいが、狭い所で使うのは良くなかったかもしれない。天井と床に入った斬撃の後を見て、そう思う。大剣をミミックバックに戻せば、「サイモン!」とヤコブの声が聞こえる。掲げられている手と同じように手を上げれば、パンっと軽快な音が響いた。


「今もキレッキレじゃねーか!」

「君もだろ」

「いやいや、サイモンの合図がなきゃ今頃剣が突き刺さって……ってそうだ! お前っ! 気づいてたならもっと早く言えよ! 危うく首チョンパするところだったじゃねーか!」

「気づいたんだからいいだろ?」

「良くねーよ!」


ギャーギャーと騒ぎ立てるヤコブに、サイモンはさっと視線を逸らす。これ以上はなんだか面倒になる気がする。

キングロッドウッドの体を端に避けると、サイモンは振り返る。唖然とするアリアとグレアが棒立ちになっているのを見て、「行くぞ」と声をかけた。

ハッとする二人に一歩を踏み出して──パカッと開く足元。


「ん?」

「えっ?」


再び感じる、浮遊感。

(嘘だろ!?)

サイモンは足元で大きく口を開ける暗闇に、ヒクリと頬を引き攣らせた。さっきも似たようなことが起きた気がするが、これがデジャヴュというものか。……なんて考えている場合では無い。覗き込んでくるアリアに、サイモンは声を張り上げた。


「サイモンさん!」

「直ぐにそっちに行く! 喧嘩するなよ、二人とも!」

「し、しませんよっ! っていうか、そんなこと言ってる場合じゃないです絶対!」


アリアの言葉に声を上げて笑う。サイモンとしては自分が落ちていることよりも、二人の方が心配なのだから仕方ない。

サイモンは再び落ちていく中で一緒に落ちていくキングロッドウッドを足蹴にすると、ヤコブの首根っこを掴んだ。離れないようにするためだが、これに意味があるかどうかはわからない。

(この穴も深そうだな)

気配で魔法が使われているのはわかるが、生憎何の魔法がかけられているかまではわからない。流石『神の神殿』だと言わざるを得ないだろう。


「アリア! グレア! 地上で合流するぞ! 二人とも無事に上がって来い!」

「っ、はい!」


閉じる穴の向こうで、アリアが返事をしながらも心配そうな顔をしている。心配なのはこっちの方だって言うのに。

(……まあ、でも)

大丈夫だろ。あの二人なら。

サイモンは閉じていく穴を見つめる。不思議と恐怖は沸かなかった。




「サイモンさん……」


穴があった場所を見つめ、アリアは一気に広くなった周囲に不安が押しかけてくるのを感じる。

(二人とも、大丈夫かな)

あんなに息の合った、強い二人がモンスターにやられる想像は出来ないが、それでも心配になってしまうのは、もはやアリアの性分だった。落ちた衝撃で怪我をしてしまわないだろうか。気絶しているところを強い魔物に襲われたりしないだろうか。そんな心配が頭を駆け巡っては、頭を振る。

(ううん。サイモンさんは強いから大丈夫! ヤコブさんも……たぶん、大丈夫)

だから、心配することはない。きっと。大丈夫。

(でももし……魔法が使えない状態で何かがあったら――)


「おい」

「!?」

「さっさと行くぞ」

「えっ」


さっと踵を返すグレアに、アリアは慌てて立ち上がる。

(ちょ……っ!)


「ちょっと待ってください!」

「何だよ」

「何って……お二人が心配じゃないんですか!?」


アリアの声が遺跡の中に響く。迷惑そうな顔をして振り返るグレアに、アリアの怒りは余計に大きくなった。

(なによ、その顔)

普通、目の前で知っている人がいなくなったら心配する。それなのに、彼は心配するどころかその場を後にしようとし始める。サバサバしていると言えば聞こえはいいのだろうが、その無関心さがアリアはあまり好きじゃなかった。

(サイモンさんは何も言わないけど、私にだって思うところはあるんだからっ)


「心配って……」

「サイモンさん、今魔法が使えないんですよ!? 何かあったら大変じゃないですか!」

「ンなのこっちも同じだろ」

「そっ、それはそうですけど!」


「でも!」と声を上げるアリア。グレアはあからさまに大きくため息を吐くと、その大きな手をアリアに向けて伸ばした。鋭い爪が迫ってくるのを見て、アリアは反射的に目を瞑る。瞬間、感じる温かい温度。


「……へ」

「サイモンは死なねーよ」


「アンタが一番わかってんだろ」と言う彼に、アリアは唖然とする。撫でられている頭。サイモンとは違い不器用で、慣れていないのがよくわかる手付きだった。

(……慰められてる?)

アリアが顔を上げれば、彼はバツの悪そうな顔をしていた。この後どうしたらいいんだ、と迷っているのがありありとわかって、つい笑ってしまう。


「ふ、ふふふっ」

「おい。何笑ってんだ」

「何でもありませんっ」


ふるりと首を振って告げれば、眉を寄せたまま撫でていた手が下ろされる。

(グレアさんの言う通りだ)

サイモンがそう簡単に死なないこともわかっている。心配は……やっぱり拭えないけど、それでも『地上で合流するぞ! 二人とも無事に上がって来い!』とサイモンは言っていた。その言葉は単なる指示にも聞こえるが、自分たちを信頼している証でもある。そうじゃなかったらきっとどんな手を使っても、サイモンはアリアたちを置いていきはしなかっただろう。

(……あの時より、成長してるってことかな)

三年前。守られるだけで何も出来なかった自分とは、大違いだ。


「行きましょう。サイモンさんたちと合流するために」

「おう」


アリアは剣を鞘に納めると、歩き出す。警戒は最大限に引き上げて。一歩ずつ。


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