「いたたた……。ひどい目にあったな」
サイモンはのっそりと起き上がり、ふわふわした感覚に頭を振って、ゆっくりと目を開けた。
黄色い瓦礫が重なった景色。いつしか見た砂漠のような地面の色をしているが、少し先には小さな池がある。水がないというよりは好んで水を失くしているらしい。地下にこんなところがあったのか、と周囲を見る。
円形に囲われた黄砂の広場。その中心にサイモンはいた。
広さは半径およそ二百メートルほど。結構な広さだが、聳え立つ壁が圧迫感を与えて来る。唯一開いている箇所があるが、そこが恐らくこの広場への出入り口だろう。
(そこから先は……建物か?)
此処はどこかにある建造物の中なのだろうか。大昔に似たような場所を経験した記憶があるが、どうにも思い出せない。
(真正面から行くのは面倒だが、そうも言っていられなさそうだな)
頭上を見れば、天窓から日光がこちらに注ぎ込まれている。やはり何かの建造物である可能性は高そうだ。
サイモンは立ち上がると服に付いた土ぼこりを払う。高くなった視線はさっきよりもよりわかりやすく周囲を探ることが出来、サイモンはぐるりとその場で一周を見回した。
瓦礫はここ以外にも数か所埋まっているところがあり、凹凸がすごい。さらに瓦礫には大きさに統一性がなく、サイモンの身体を優に超える物もいくつか見受けられた。
(アリアもグレアも、一緒に落ちてたよな)
無事だとは思うが、急激に心配になってくる。索敵魔法を使おうとして、サイモンは魔法が使えないことを思い出した。一応軽い魔法を試してみたが、やはりというかうんともすんとも言わない。仕方ないので声を張り上げて探すことにした。
「アリア! グレア! いるか!?」
移動しながら何度か声を上げていれば、「サイモンさん、こっちです!」と大きく手を振られた。
声がした方を見れば、にょき、と手が出ている。サイモンが落ちてきた場所から僅か三十メートルほど先さった。瓦礫の陰になっていて気が付かなかった。
ひょっこりと顔を出すアリアに、サイモンが駆け寄る。「無事か!?」再び声を張り上げれば、「はい! あっ、グレアさんも一緒です!」と返ってくる。グレアもいるならいるで返事をしてくれればいいのに、相変わらずだな。
サイモンは大きな瓦礫を乗り越えると、二人の前に着地した。アリアが「おお!」と拍手をしているのを何とも言えない顔で見ていれば、不貞腐れた顔をするグレアと目が合う。ふいっとそっぽを向かれ、サイモンは首を傾げた。
(なんだ?)
どうかしたのか、と問おうとして、気づく。
深いケガはないものの、細かい擦り傷や切り傷がたくさんついているグレアに対し、傷がほとんどないアリア。その対比の理由は――恐らく一つだろう。
(なるほどな)
「ありがとうな、グレア」
「べっ、別に……っ、当然のことをしただけだ」
「ああ」
「?」
首を傾げるアリアの頭を撫でる。アリアが気づいていないところを見るに、グレアが先に目を覚まして言いわけでもしたのだろう。それをわざわざ本人にバラすほど、野暮なことはサイモンはしない。「何でもない」と告げ、念のため怪我の有無を聞く。隠れた傷が無いかの確認だ。
二人とも大きな傷はないようで、ほっとする。よかった。
安堵に胸を撫で下ろしていれば、ふと後ろの方で物音がする。振り返れば、見慣れた奴がいた。
「いたたた……もう、なんなんだよマジでぇ……」
「ヤコブ。いたのか」
「何だよその反応!」
「あからさまにがっかりしてんじゃねーぞ!」と威嚇するのは、土埃に塗れたヤコブだった。
茶色い癖毛には砂や小さな石の欠片が絡まっており、童顔の顔は砂だらけになっている。まるで外で泥遊びをしてきた腕白青年みたいだ。……こう見ると、年齢詐欺してる奴ら多いな。ヤコブといい、トトといい、そういう遺伝子が流行ったのだろうか、とどうでもいいことを考えながら、サイモンはヤコブを見る。未だブツブツと呟いている彼は、服に付いた砂埃を叩くと、大きく伸びをしている。
(……こいつが五大英雄のもう一人だって気づく奴、いるんだろうか)
こう見えて意外と強いヤコブは、サイモン、トトと同じ五大英雄の一人だ。土魔法が得意で、彼の扱う大斧とは相性がいい。それはもう、スクルードとの手合わせで彼に唯一、打撃を食らわせたくらいには。
(俺もやりたかったが、みんなに全力で止められたからな)
懐かしい。今なら受けてもらえるだろうか。ああいや、それより先に〝祝福〟の方をどうするかが先だったな。のらりくらりと生きてきたからか、どうにも急かされるというのは性分に合わない。
一応互いに怪我がないかの確認を取っていれば、「ここってどこなんでしょうか?」とアリアが問いかけてきた。
「恐らくだが、トトの言っていた遺跡の内部だろうな」
「「遺跡!?」」
「ああ」
「さっきの魔法で飛ばされたんだろう」と続ければ、声を上げたアリアとグレアが信じられないと言わんばかりの顔で周囲を見回していた。グレアに至ってはいつの間にか日課の早朝ランニングをワシ族の集落の周辺でしていたようで、その際も遺跡は見ていないという。
(ということは、あれは転送魔法だったのか)
何の魔法を使われたのか判断するには、例外はあるものの、基本的に鑑定魔法が必要になる。サイモンのように使うことに慣れれば、瞬時に発動し、判断することも出来るが、今回は穴の中に入った瞬間魔法が使えなくなっていた為に判断することが出来なかったのだ。
ヤコブがいることだし、もしかしたら何かのトラップにでも引っかかったのかと思っていたが、意図的な転送魔法を使われたとなれば話は早い。〝誰が〟、〝なんのために〟、自分たちをここに呼び寄せたのか。それを考える必要がありそうだ。
「とりあえず移動するか」
さっき落ちてきた穴は既に閉じており、戻れそうにはない。そもそも穴があったとしてそこまで行く手段がないのだけれど。
サイモンはアリアたちが立ち上がったのを見て、先陣を切って歩き出す。向かう先はもちろん、わざとらしく開けられた入口だ。柔らかい砂に足を取られてすっ転んでいるヤコブを横目に、サイモン一行は建物の中に入っていった。
遺跡は思った以上にしっかりしているらしく、ちょっとやそっとじゃ崩れる気配はない。中に入ったサイモンは壁や柱をじっと見つめている。アリアが「どうかしたんですか?」と問いかけて来るが、サイモンは曖昧に返事をするだけだった。
様子のおかしいサイモンに顔を合わせるアリアとグレア。初めての事にどう反応したらいいか困っている様子だった。しかし、先頭を歩くサイモンの視界に入っていないからか、本人が気づく様子はない。
(……駄目だ、全然思い出せん)
当のサイモンと言えば、壁に描かれた模様を見てため息を吐くという奇妙な行動を繰り返していた。
どこか見覚えがあるのに、出てこない。頭のこめかみ辺りまでは出ているのだが、それから先が膨らまないのだ。
「あの時トトが描いたやつか? ああいや、あれは確か城を爆破しようとしたときの魔法陣だったな。それじゃああの時スクルードと一緒に、万事屋のおっちゃんにムカついて書いた悪戯書きか? ……いや、たぶん違うだろうな。そもそもここに書く意味ないし、あれほとんど悪口だったし。一千年以上前の事だから、あのおっちゃんももう怒ってないだろうしな。ヤコブ……のはそもそも読めないから模写出来ないだろ」
「ひでーなオイ!」
「本当の事だろ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎだすヤコブ。うるさいと耳を抑えれば「お前もあんまり変わんねーじゃん!」と聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。失敬な。スクルードは個性的な字だねって褒めてくれたぞ。
騒がしいヤコブを余所に、サイモンは壁に触れながら歩いていく。
中に入ってすぐに出迎えたのは、左右に分かれた長い廊下だった。どっちが正解かなんてわかるわけもないので、とりあえず偉い人の法則に従って左に曲がる。右を指したヤコブがうるさかったが、知らない。ヤコブと偉い人なら偉い人を信じる。
(それにしても、魔法文字が彫られているなんて珍しい建物があったんだな)
こんなに珍しい建物なら、一度来れば忘れないだろうに。
「つーかここ、大地の神さまとやらがいる遺跡に似てんなー!」
「! それだ!!」
「うおっ!?」
ヤコブの呟きに、サイモンは咄嗟に声を上げる。ヤコブがとんでもない声で驚き、慄いた気がするが、どうでもいい。
(そうだ。ここは大地の神の遺跡……!)
トトが言っていた遺跡とはここの事だったのだと、サイモンは今になって気が付く。
(確かに大地の神の遺跡を守っているのはフクロウ族の一派だとは聞いていたが)
まさかここだったとは。
もちろん、大地の神の遺跡を知らないフクロウ族もいる。遺跡の場所を明確にしないためにも、伝承として残しているだけで自分たちが本当に守っているのかもわからないフクロウ族たちもいる。スクルードの側近と各部署のトップには知らされているが、随分前に城を出ていたサイモンはすっかり忘れていたのだ。
「遺跡って、確かトトさんが調査に来たって言ってたところですよね?」
「ああ」
「ここがその遺跡だって言うのかよ?」
「その可能性が高いと思っている」
サイモンはアリアとグレアの言葉に返事をしつつ、周囲を見回す。景色は多少変わっているものの……やはりそうだ。
(なんで気づかなかったんだ)
壁に書かれているのは、魔力妨害魔法だ。
──魔力妨害魔法。
魔力を操る者にとっては天敵とも言える代物で、魔力を使うもの全てが使えなくなるという面倒極まりないものだ。
以前来た時は大地の神の自室だけにかかっていたが、どうやら今は遺跡全体にかかっているらしい。
(また厄介なものを……)
しかし、大地の神はどうしてこんな、人の侵入を阻むようなことをしているのだろうか。
大地の神といえば、水の神、天の神に比べ、どちらかといえば友好的な神様だったはずだ。天の神に気に入られたスクルードが力を授かったように、大地の神は多数の者たちに平等に力を分け与えている。それはひとえに、彼が“生物”が好きだから。
サイモンも以前会った時に力を授かっているが、同時にスクルードやトト、ヤコブなんかも漏れなく力を貰っている。ヤコブに関しては土属性の魔法を得意としているためか、相性が良かったらしい。
自ら特別は作らない。代わりに平等に愛情を注ごう、というのが大地の神の考えなのだ。
(そんな彼が、俺たちを拒んでいる……?)
いや、確かに魔力妨害魔法を使っているのは彼だが、招き入れたのもまた彼だ。何か用事があると考えた方が良さそうだ。
「サイモンさん! ゴーレムが……!」
「ああ」
アリアの焦る声に、サイモンは頷き、剣を抜く。同時にゴーレム達がサイモンたちに気づき、ドスドスと思い足音をさせて走り寄ってくる。
(大地の神については、考えていても仕方がないな)
あとは直接、顔を合わせて聞くしかないだろう。サイモンは腕を振り上げるゴーレムを見上げ、足を半歩下げる。ぐっと踏み込んで、跳躍。
「ゴオオオォ……」
「つーわけで、悪いけど通してくれ」
サイモンはそう告げると一太刀で太く固い、ゴーレムの首を切り捨てた。
ドスーン、と重々しい音とは対照的に軽い足取りで着地したサイモンに、「すげぇ……」とグレアの声が響く。その声にアリアが全力で同意するのを聞きつつ、サイモンは「来るぞ!」と声を張り上げた。
戦闘のゴングが今、鳴り響く。