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第47話

起きたサイモン一行は、泣き付いてくるヤコブの勢いに折れ、渋々ヤコブの言っていた集落へと一緒に行くことになった。


「なんで俺たちがこんな……」

「まあまあ。いいじゃないですか。それより、はやく行ってこの人を引き渡してしまいましょう」

「……それ。罪人の引き渡しみたいに聞こえるのは俺だけか?」

「そんなことないですって」


ふふふ、と笑うアリアに、グレアの頬が引き攣る。

(大丈夫だ。俺にもそう聞こえたぞ)

サイモンはグレアに内心同情しつつ、森の中を歩いていく。ちなみにトトは朝方までどこかに行っていたようで、起こしても起きなかったので放置してきた。元々滞在していたというし、悪い扱いは受けないだろう。


先頭を歩くヤコブを見る。目を離した瞬間どこかに行きそうで、ある意味恐ろしい。例えるなら、好奇心旺盛な犬をリード無しで引いている恐怖感に似ている。早速道を外れようとするヤコブの首根っこを引っ掴み、道を正す。そんなサイモンを見ているからか、アリアもグレアもヤコブに対しては少し扱いが雑だが、本人の蒔いた種なのでサイモンは特に何も言わなかった。

二人には歩いている最中に、ヤコブの紹介と経緯を話しておいた。何も知らないよりは断然マシだろうと思っての判断だったが、二人とも話を聞いた途端子供にはお見せできないような表情になったので、サイモンはさっさとヤコブを案内に回すことにした。


そして辿り着いた先で、サイモンは足を止める。――こんなにも予想が当たって嬉しくないのは、そうそうないんじゃないだろうか。


「駄目だ」

「そこを何とか~!」

「ええい! くっつくんじゃない!」


門場の足元に縋り付くヤコブを見下げる。

(まあ、そうなるよな)

サイモンは助けに入ることもしないまま、周囲に視線を巡らせた。そこはサイモンの思った通りの種族が住んでいた。

――ワシ族。どの種族よりも体が大きく、大きな嘴を持っているのが特徴の種族。水辺を探して渡り歩く、非常に珍しい種族でもあり、距離から察して彼等がフクロウの少女の言っていた〝渡って来たワシ族〟なのだろう。

(よりにもよってワシ族とトラブルを起こすとは……)

未だに門番の足に纏わりつくヤコブを見下ろし、サイモンは大きくため息を吐く。


ワシ族といえば、身体的な特徴とは別に気を付けなければいけないことがある。それが、〝我の強さ〟だった。

どの種族にも譲れないものはあるだろうが、基本的には歴史的背景や先代からの伝統であることが多い。だが、ワシ族の場合それが気分によって変わるのがかなり厄介なのだ。

(機嫌が悪いと最悪乱闘になるだろうな)


「なにしてんだ、テメーらァ」

「お、お頭!」


不意に聞こえた声に顔を上げる。門番が見上げるほどの大男とパチリと合った視線に、サイモンは「げっ」と口を零した。サイモンの頭の中を過ったのは、数百年前の出来事で。


「おおお!? もしかしてサイモンじゃねーか!?」

「……久しぶりだな、セグロ」


グワッと大きな口を開け、満面の笑みで告げて来る男――セグロに、サイモンは隠れるのを諦めて軽く片手を上げた。間違いない。目の前の男は数百年前、フクロウ族との仲を仲裁した時の、ワシ族の若頭だった。

「久しぶりだな、同志よォ!!」と羽を広げるセグロに、サイモンは頬を引き攣らせる。それにも構わず、セグロはサイモンに抱き着いた。大きい羽が背中をバシバシと叩く。羽が風邪を切る勢いもあってか非常に痛い。感動の再会をするセグロに、サイモンは若者特有のテンションの高さについて行けず、終始苦笑いを浮かべている。後ろにいるアリアとグレアが何とも言えない顔でサイモンたちを見ている。出来れば助けて欲しいのだが……難しいだろうな。分かってる。


感動の再会をひとしきり行ったセグロはようやくサイモンを解放した。昔話をしようとするセグロをやんわりと止めれば、「そういえば」と思い出したように口を開いた。


「サイモンはどうしてこんなところにいるんだ?」


もっともな疑問である。

サイモンとしてはもっと早く聞きたかったが、その一言を引き出せたのは幸運だった。サイモンは話が変わる前にと話を切り出した。




「そうか。お前さんの連れがそんなことをなァ」

「ああ。本当にすまない。だが、こっちとしても代わりを用意するのは難しくてな。どうにかならないか?」

「そうは言うが……」


うーむ、と悩むセグロ。

彼は大きな図体を折り曲げたり伸ばしたりしながら、思考を巡らせる。その様子をサイモンは緊張した面持ちで見ていた。


「そうだなぁ。まあ、儀式なんつーもんは気持ちの問題だからな。正直どうとでもなるが……」


ちらりとヤコブを見る。にやりと笑みを浮かべたのを見て、サイモンは眉を寄せた。

(最悪だ)

セグロとは喧嘩を仲裁した後からも、ちょくちょく出会っている。お互い旅をする側の人間として、すれ違うことも少なくないのだ。長い付き合いというわけではないものの、彼が何かを企んでいるかどうかくらいはわかる。今の笑みは、企んでいる笑みだ。それと、どこか馬鹿にした様子も含まれている。

(ヤコブの心配はしてないが……こいつ、気を抜くとすぐにミスるからな……)

サイモンの危機感を知ってか知らずか、ヤコブは首を傾げたままサイモンとセグロを交互に見ている。呑気な奴だ。


セグロが手下に何か指示を出している。その様子を見ながら、サイモンはどんな条件が来てもいいように思考をフル回転させていただ。


「よし。ヤコブと言ったな? お前、酒は飲めるか?」

「お、おおおおうっ」

「なら決まりだ。――俺と飲み比べして、勝ったら許してやってもいい」

「「!」」


ワッと湧くのは、ワシ族たち。対して動揺したのはヤコブ・サイモンたちだった。

アリアたちが前に出ようとするのを、サイモンが止める。ヤコブは涙目だった。


「は、はあっ!? なんだよそれっ! ムリムリムリ! 絶対に無理!」

「もう俺が決めたことだからな。今更変えられねーよ。まあ、負けを認めるっつーんなら、それでもいいが……その場合、向こう百年間は俺たちの奴隷として働くと誓え」

「ひいいい!」


ヤコブの情けない悲鳴が響く。ワシ族の者たちはやる気満々なのか、既にお祭り騒ぎになっている。ヤコブは涙目になって地面に四つ足を付いて自分の運命を嘆いている。大袈裟な、と思わなくもないが、彼からしたら一大事なのだろう。

しかし、サイモンだけはその提案に否を示さなかった。


「それでどうだ、サイモン」

「いいんじゃないか?」

「おいいい! お、おまっ、お前っ! 俺がどうなってもいいのか!! 奴隷だぞ! ど・れ・い! 何をされるかわかったもんじゃねえ!」

「どうでもいいとは思ってないが、そもそも自分でしでかしたことだろ。自分でどうにかするのが当然だ。それに、向こうはいろいろ譲歩しての提案を出してくれているんだぞ。むしろ感謝すべきじゃないか?」

「ぐぬぬぬ……! くっそぉおお! 正論言いやがってぇええっ!」


うおおおお、と泣き叫ぶヤコブ。こいつのこの潔いのか悪いのかわからないところは、結構嫌いじゃないとサイモンは思っている。

ヤコブはワシ族の男たちに集落の中へと引きずり込まれていく。その様子に手を軽く振れば、「裏切り者ぉおお!」と叫び声が聞こえてきた。今ここで帰ってやろうか。


「サイモンさん。あの、大丈夫なんですか……?」

「ん? 何が?」

「何がって。アイツ、到底勝てるようには見えねーんだけど」


グレアの指摘に、サイモンは「ああ」と納得する。確かに、グレアの言う通りぱっと見では全く勝負になる気がしない。ヤコブはサイモンよりも体躯が小さいし、筋肉も少ない。それがサイモンよりもうんと大きいワシ族の長と飲み比べなんて、赤子と大人が勝負するようなものだと思うだろう。――だが、本当は違うのをサイモンは知っている。


「まあ、見てればわかるだろ」


サイモンはヤコブが引きずられていった方へと歩いていく。見えてきたのは外に設置された宴会場で、周囲には既に酒やつまみが用意されていた。サイモンは開いている席を陣取ると、着いて来たアリアとグレアも同じ卓に腰を下ろす。「食べれるうちに食べとけ」と二人に言うと、サイモンは遠慮なく給仕の女性に声をかける。もちろん代金はセグロのツケだ。


早速始まった飲み比べは、大いに盛り上がりを見せている。サイモンは薄切りにされた燻製のハムにフォークを突き立てると、むしゃむしゃと咀嚼した。片手間にあるのは酒ではなく、果実のジュースだ。ワシ族の飲み物はほとんどが酒かジュースで作られている。強者として、貧相な暮らしは出来ないという先代からの習慣らしい。綺麗な水辺を探すのが上手い彼等の作る飲み物は一級品なので、王都でも人気が高かった記憶がある。それをタダで飲めるというのは、最高の一言に尽きるだろう。

しかし、若い二人はそうではないようで。


「もう酔っちまったのかぁ? 兄ちゃんよォ」

「んぇ~?」


「……本当に大丈夫なんでしょうか」

「わかんねーけど、俺等にはなんにも出来ないだろ」

「そうですけど……」


次々に空く酒瓶に、アリアは心底ハラハラとした顔で見ている。グレアは隠しているようだが、気にしているのが丸わかりだ。せっかくの肉の食事が全く進んでいない。

(そんなに心配しなくてもいいのに)

囃し立てる奴らを見るに、既にヤコブはかなりの量を飲んでいるのだろう。呂律も回っておらず、顔も真っ赤になっていた。だが、それだけでは終わらない。サイモンはジュースのお代わりを頼むと、帰りの面倒くささをどう回避すればいいか、思考を巡らせることにした。


――それから一時間後。

先に倒れたのは、巨体を持つセグロの方だった。ドスーン、と重々しい音が聞こえ、酒瓶が地面に転がる。腹を満たして眠くなったサイモンが転寝し始めてから少ししてからのことだった。


「マ、マジかよ」

「すごい……」

「ん。やっと決着か。思ったより長引いたな」


ぐっと伸びをするサイモン。アリアの視線が向けられ「知っていたんですか」と問いかけて来る。知っていたも何も。


「ヤコブは確かに泣き虫で騒がしくて頼りないが――アイツ、昔っから酒にだけは強いんだよ」


酔うのは早いが、そこからがバケモノじみている。見た目で侮った奴らが今までどれだけ犠牲になったかわからない。しかも、本人は酒を飲むとほとんどの記憶をなくすタイプなので、全く覚えていないのも周囲が見る〝弱者フィルター〟に拍車をかけている。

(いつももう少しどんと構えてりゃあいいのに)

変なところで律儀というか、自信が無いのでサイモンは常々勿体ないと思っている。


「……サイモンさんって、トトさんとヤコブさん相手だとちょっと口悪くなりますよね」


ふと告げられたアリアの言葉に、サイモンはぎょっとする。初めて言われたことだった。確かに昔馴染みだからといって雑な扱いをしてしまっていたかもしれない。込み上げる焦燥感に、さっきまで微睡んでいた眠気が一気に追いやられる。完全に無意識だった。


「悪い。嫌だったか?」

「いえいえ! 全然そんなことは! ……ただ、ちょっとだけいいなぁって思いまして」

「?」

「あー、俺もちょっとわかるわ」


ぎこちなく笑みを浮かべる二人に、サイモンは首を傾げる。

(羨むようなことなど一つもなかったと思うが)

アリアはグレアを見る。グレアはそれ以上応える気はないようで、残った肉料理をここぞとばかりに口に詰め込んでいた。アリアは手元に持ったグラスを揺らす。恥ずかしそうに頬を染めている姿は、大変可愛らしく幼い子供らしかった。


「私、弟や妹はたくさんいましたけど、そういう気の置けない友達っていなかったので。羨ましいです」

「……そうか」


サイモンは何となく二人の心情を理解した。サイモンは二人の頭をガシガシと撫でると、ヤコブを迎えに騒ぎの中心へと向かった。

未だ酒を離さないヤコブの背後に回り、手刀を落とす。崩れ落ちたヤコブの足を引き摺って、サイモンは近くの男に宿を訪ねた。その様子を見ていたアリアとグレアが頬を引き攣らせていたが、サイモンは構わずヤコブを宿へと引き摺って行く。

どうせ今日一日は起きないだろう。ならば自分たちも二度寝させてもらおうと、大きく欠伸をしながら。




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