トトの後を追い、地上へ降り立ったサイモン。月明かりが差し込むそこは多少周りよりは見えやすいものの、やはり暗くて見えづらい。
その中をトトは危なげもなく歩いていくと、大木を前に振り返った。そのまま背を預け、サイモンを見上げる。高圧的な視線は、下から突き刺さるように鋭く、サイモンは眉を寄せた。
「何だ。こんなところまで連れて来て」
「サイモン。キミは、スクルードの〝祝福〟がなくなったのを知っているよね?」
(やっぱり来たか)
サイモンはトトの言葉に素直にそう思った。サイモンは「ああ」と頷く。トトの視線が強くなり、睨みつけられる。その視線が自身を責めているように感じて、サイモンはバツが悪そうに目を逸らした。続けられる言葉は、わかっている。
「何で帰ってこないのさ」
「……」
「心配じゃないの?」
「心配に決まってるだろ」
トトの言葉に、サイモンは間髪入れずに応えた。心配はしている。だが、心のどこかで「あいつなら大丈夫」と思っている節があるのは事実だ。それがスクルードへの甘えだと言われればそうなのかもしれないが、サイモンとしてはそれだけ信頼しているのだと言いたい。
「だから、俺も王都に向かってる。だが、〝祝福〟がなくなった影響か、強引に結界を破られたせいか、魔力のコントロールが上手く利かないんだ。デカい魔力を使おうとすると、コントロールがブレる。お陰で今必死に足で向かってる最中だ」
「なにそれ。鍛え方が足らないんじゃないの?」
「……それに関しては、何も言えないな」
魔法の鍛錬なんて、ここ数百年やっていない。
サイモンとしては衰えではないと思いたいが、それも否めないと思っている。眉を寄せ、難しい顔をするサイモンに、トトは大きくため息を吐くと「まあ、わからないでもないけどね」と呟いた。
トト曰く、彼自身も〝祝福〟がなくなってから魔力が急激に落ちたのを感じているらしい。他にも、魔法省にいた人間は全て同じような感覚を持っており、トト自身もその原因を調べているらしい。
「そういうことで、僕が来た理由はその調査だ。この近くには魔法石を管理してる遺跡があるからね。遠くて随分時間が掛かっちゃったけど」
「〝ティエム・フォー・アラース〟は使えなかったのか?」
「使えるけど、道中にもいろいろやんないといけないことがあったの!」
むっと唇を尖らせるトトに、サイモンは「なるほど」と頷く。トトにしては回りくどいことをしていると思ったが、そういうことか。
(それにしても、今はちゃんと仕事してるんだな)
昔はやりたくないことは絶対にやらないし、大体こういう遠征は部下にやらせていたイメージがある。それだけ今の王都はとんでもないことになっているのか、それとも単に魔力を削られたことが本人にとって相当嫌だったのか。
サイモンは王城にいるであろう人間を思い出す。
「……なあ。あいつはどうしてるんだ」
サイモンは珍しく躊躇いがちに問いかけた。王城に残ったトトと旅に出た自分。そこに各々思いはあるだろうが、スクルードの傍にいるかいないかは大きな差が出て来る。
トトはじっとサイモンを見る。暴言の一つでも言われるかと身構えたが、そんなことはなかった。
「さあね。僕にも……ううん。僕らにも、今のあの人の状況はわからないんだ」
「は? わからないってどういう――」
トトの目に、サイモンは言葉を止める。何かを諦めたような、それでいて悲しんでいるような視線は、サイモンの胸を突きさすのには十分だった。トトは「はーあ!」とため息を声に出すと、木に預けていた体をぐっと伸ばし、伸びをした。
「だってしょーがないだろ。僕たちみーんな、王城から追い出されちゃったんだからさあ」
「はあっ!?」
トトの言葉に、驚愕の声が零れる。
(王城から追い出された?)
予想もしていなかった出来事に、サイモンは驚く。王都が大変なことになっているという話は聞いていたし、サイモンの結界も破られた以上、何かあったのだろうとは思っていたが、まさか王城を追い出されているなんて。
(どういうことだ!?)
困惑するサイモンに、トトは木の枝を拾い上げる。宙をなぞる様に動かせば、魔力の残像が城を描いた。
「今、城にいるのはスクルード一人だよ。それ以外はみーんな追い出されちゃった。無理矢理中に入ろうとしたけど、それも駄目。地中からも効果なし。サイモンが一番知ってるデショ。あの人の力」
「っ……」
サイモンは何も言うことが出来なかった。
確かに、スクルードなら城を自分一人にするくらいなんて造作もないのだろう。しかし、〝あの〟スクルードがそんなことをするとは思えない。
「まあ、スクルード本人がやってるのか、それとも別の誰かの仕業なのかはわからないんだけどね」
「だから、今王都に向かうのはお勧めしないよ」とトトは最後に付け加えると、残像で描いた城から器用に魔法陣を展開する。跳び上がった彼を見上げ、少ししてサイモンは項垂れた。
大木を殴りつける。痛みが走るが、それでも構わなかった。
「何やってんだよ、アイツ……」
思い出すのは、最後に会ったスクルードの顔。寂しがり屋で、誰かがいないと人を探して駆け回るような面倒な彼だったが、それでも周りに対してはいつも笑顔で、弱音なんて吐くことの方が珍しい。優しく、強い彼は、サイモンを見送るときも笑顔でいてくれた。
しかし、今はどうだ。誰も知らないスクルードの行方。トトは「スクルードがやったかはわからない」と言っていたが、城中の人間を追い出した挙句、選りすぐりの精鋭の攻撃をものともせず、誰一人通さないほどの結界を張れるのは正直、彼くらいしかいないだろう。
(もしかして、俺が思っている以上にまずい状況なのか?)
サイモンの身体に焦燥が走る。今すぐにでも確認しに行った方がいいのかと思うが、トトは行かない方がいいと言っていた。
「くそっ」
焦燥に心臓が炙られる。急かされるような感覚に、奥歯を食いしばっていれば、ふと騒がしい声が聞こえてきた。なんだと顔を上げれば――珍妙なものが目に映った。
「うわあああ! ごめんなさああああい!」
「……何してんだ、お前」
派手に泣きわめく男。それを若干引き気味で連行しているフクロウ族二人。サイモンは泣き喚く男に見覚えがあった。
(なんでお前がここにいる)
そしてなぜ捕まっているのか。
後ろを刈り上げた茶髪の癖毛の男。全体的に顔のパーツは大きく、頬がふっくらしている彼は、一見十代後半に見える。が、その事実自分と変わらない歳であることを、サイモンは知っている。
サイモンは頭を抱える。どうしてこうも次から次へと面倒事が出て来るのか。全力で無視してやろうかと踵を返すサイモン。しかし、そのせいで足音が響いたのか、男がサイモンを見た。――瞬間、輝く笑顔。
「あ゛っ! サイモン! サイモンだよな!?」
「人違いだろ」
「なあサイモン~!! 助けてくれええええ!」
「……」
サイモンは諦めるべきか、遠くを見つめて逡巡した。
しかし、あまりにも煩い大声に人が集まり始めたのを見て、サイモンは諦める方に舵を切ることにした。