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第41話

あの騒動から丸一日。サイモンは鍛冶屋の手伝いから漸く解任された。『武器ができるまで』という約束だったのにも関わらず、『無断で護衛にグレアを連れていったから』と先延ばしにされた時は理不尽だとも思ったが、人手を勝手に連れて行ったのは事実なので、仕方がないだろう。それに、数日滞在が伸びたことであの火事を止められたのだから、よかったのかもしれない。

あの後、火事を止めた英雄として祭り上げられそうになったが、何とかアリアと共に逃げてきた。代わりにグレアが犠牲になったが、まあ、問題は無いだろう。

(それにしても、あの女。何しに来たんだ?)

火事のあった深夜。見張りをするサイモンにグレアは自分が最後、黒ずくめの女に出会ったことを話してくれた。それは以前、ドーパ村でアリアとサイモンを狙った女と、特徴がそっくりだった。サイモン自身、魔力を感知して攻撃をしたくらいなので、グレアの言っていることは本当なのだろう。

(何か目的があるのか? それとも、単なる嫌がらせか?)

人攫いとも繋がりがあったように見えたが、それにしては肝心な時に助けに来た様子はなかった。付き人らしき男がじっと見ていたのは知ってるし、騒動を知らないということはないだろうが――――。


「サイモンさん、お待たせしました!」

「ん。ああ、じゃあ行くか」

「はい!」


駆け寄ってくるアリアに、サイモンは考えるのをやめた。どうせ考えていても埒が明かないのは目に見えている。女の動向には気を付けるとして、王都へ向かう旅を再開しなければならない。

そう。サイモンたちは今日でこの街を出ることにしていた。武器を手に入れられた上、アリアのお陰で旅に必要なものも揃えられた。もうここにいる理由はないだろう。

門番に声をかけて札を渡す。よそ者が街に入るには、この札が無ければいけないらしい。サイモンはレムの言葉を思い出しながら手続きを済ませると、門を出た。――否、出ようとした。


「サイモン!」


突然かけられた声に振り返る。そこにいたのは、息を荒げたグレアだった。


「どうしたんだ?」

「俺も……俺も、連れてってくれねーか!?」

「!?」


グレアの言葉に、サイモンはぎょっとする。何を言い出すかと思えば、なんだ、突然。

(ジョゼフにまた何か言われたのか?)

面倒なことになるのは御免だぞ、とサイモンが顔を顰めていれば、グレアがハッとする。身なりを整え、ガバッと勢いよく頭を下げた。突拍子もない動きにサイモンは再び肩を揺らす。


「俺っ、ずっとこうなったのは周りの奴らのせいだと思ってて。だからやりたいことが出来ないのも仕方ねーって、そういう風に育てた奴らが悪いって思ってた。でも、よく考えればそれを選んできたのは、紛れもない俺だったんだ。家族とのことも、親父とのすれ違いも、俺が本物の家族じゃねーからだって思ってた」


グレアは語る。サイモンとアリアは、ただ静かに聞いていた。


「けど、探しに行った俺を、みんなは心配してくれた。俺を家族だって言ってくれた。俺はもう、自分で歩けるようになってたんだよ。体もでかくなって、やれることも増えた。だから、このまま周りのせいだって思って生きていく、ダサい奴にはなりたくない」


グレアの言葉に、サイモンは昨夜ジョゼフから聞いた話を思い出していた。

グレアは昔、奴隷狩りに合い、家族と離れ離れになった。商人の元ではちゃんとした生活は出来ていなかったようで、ジョゼフに拾われた後も最初は怯えるように部屋の隅に蹲っていたらしい。――しかし、それももう五年以上前の事だ。何か悲しいことがあって蹲っていても、人は前に進まなければいけない日がいつか必ず来る。


「俺はずっと許せなかった。俺たちを襲った奴らも、俺たちを買った奴らも。だから俺は、同じオオカミ族の奴隷になった奴らを助けたい。そりゃあ、俺は剣を打つしか能がねぇし、旅に出たらそれも出来るかわかんねーけど……でも、爪も牙もある! 足手まといには絶対にならねェ!」


(鍛冶屋ではなく、英雄になることを選ぶ、か)

必死にアピールしてくるグレアに、サイモンはつい口角が上がってしまう。その道がどれだけ大変なのか、どれだけ険しく無謀な道なのか、きっと彼は知らない。それでも、こういう自らの意志を告げる若者はサイモンは嫌いではなかった。

サイモンは考えるような仕草で口元を隠すと、アリアを見た。アリアはサイモンを見上げると、こくりと頷く。どうやら賛成のようだ。


「俺たちは王都まで行く。彼女は家族の様子を見に、俺は親友に会いにだ。王都、もしくはその道のりで必ずしも君の目的があるかはわからない。――それでも、一緒に行くか?」

「! ああ、機会があるなら何でもいい!」

「そうか。なら」


「一緒に行こう」と手を差し出す。グレアの目が大きく見開かれた。サイモンの手を取る。

彼の後ろにはジョゼフ一家が大手を振って見送りに来ていた。ジョゼフは知っていたのだろう。グレアの気持ちを。だから、本人としてはグレアを鍛冶屋にさせたくなかったのかもしれない。じゃなければ、あんないい武器を作る人間を隠したり放置したりしないだろう。

(本当に、不器用な親子だな)

巻き込まれたこっちの身にもなってくれ、と毒吐いて、サイモンはインパの街を後にした。




拓けた山道を歩き、林を抜けた先でサイモンたちは昼休憩を取ることにした。

偶然発見した川の近くにある石に座って、各々獲ったばかりの魚を火にかける。サイモンは調理器具を出すか迷ったが、他の食材が見当たらなかったのでやめておいた。魚だけあってもどうしようもない。代わりに塩だけを取り出し、魚にかける。これだけでも十分なご馳走だ。恐らく、商人たちが良く来ることもあって、そういった山菜や木の実、果物なんかは既に誰かに採られてしまった後なのだろう。見つからない理由もわかる。

(俺ももう少し観光でもしていけばよかったな)

ここまで人が出入りしていると、珍しい品物も多くあっただろう。惜しいことをした、と肩を落としていれば、二匹目の魚をぺろりと平らげたグレアが口を開いた。


「そういえば、アンタ達って結局なんなんだ?」

「ん?」

「ふぇ?」


魚を食んでいたサイモンとアリアが同時に顔を上げる。じゅわ、と魚の身から出た脂を零さないように口元に手を当てれば、「何やってんだ」と言わんばかりの目で見られた。失敬な。

サイモンは咀嚼していた魚を飲み込むと、口元を拭く。グレアが呆れた目で見ている。


「何だと言われるほどじゃない。俺はただの旅人で、アリアはその旅の途中にあった孤児院で拾っただけだ」

「そう、なんですかね?」

「おい」


違うじゃねーか、と言わんばかりの視線に、サイモンは目を逸らす。確かにいろいろあったが、大雑把にいえばそんなものだろう。サイモンとしてはアリアが小さいこともあるが、〝孤児院の子供〟という認識なので、仲間が出来たというよりは犬猫を拾った気分に近い。グレアに至っては、嫌われていた犬に懐かれた気分だ。もちろん、他意はない。


「そうじゃなくて、何者なんだって話だよ。特にアンタ」

「俺か?」

「そうだ」


グレア曰く、ただの旅人が奴隷商人の隠れ家であった施設を爆破するわけがないし、魔力や魔法について知っているどころか使っているのはおかしいとのこと。

(確かに地方じゃあ魔法使いは珍しいが)

それでも「そこまで言うほどか?」と首を傾げてしまうのが、サイモンという男だった。また、同時に自分の事に関してはわざわざいうほどでもないと思っているので、何が聞きたいのかがよくわからない。魚を頬張り、咀嚼する。柔らかい身を食みつつ、サイモンは考えた。

(そうだなぁ)


「質問してくれれば、答えるぞ」

「えっ?」

「え?」


サイモンの言葉にいち早く反応したのは、アリアだった。キョトンとするサイモンに、彼女の輝く瞳が向けられる。全力で嬉しいと思っているのが伝わってくる。

一問一答形式のほうが無駄なく教えられる気がすると思ってそう提案したのだが、逆にそれがミスだったかもしれない。「ハイ!」と元気よく上げられる手。小さなアリアの手に驚きつつ、サイモンは彼女を指名した。


「サイモンさんが得意な戦い方ってなんですか!? やっぱり魔法ですか!? 剣ですか!? どうしたらそんなに強くなれるんですか!? いつから旅を始めたんですか!? 故郷は!? 生まれた時から魔法は使えたんですか!? 私もいつかサイモンさんの使う魔法を使えますか!?」

「ストップストップストップ!」


雪崩れのように駆け抜けていく質問に、サイモンは慌てて制止の声を上げる。まさかそこまで聞かれるとは思っていなかった。せいぜい、『今までどんな旅をしてきたんですか?』くらいの物だと思っていたのに。

(ていうか、そんなに興味あることなのか?)

アリアの問いかけを思い出しつつ、サイモンは頭を抑える。隣ではアリアの勢いに押され、グレアがあんぐりと口を開けている。こいつ口でかいな。


「順番に回答していくぞ。あー……なんだっけな。得意な戦い方?」

「はい!」


アリアの視線が眩しい。サイモンの胸中に何とも言い表せない気まずさが流れる。


「これはアリアも知っての通り、魔法と剣かな。他にも中遠距離なら弓が使える。でも持ち運びが大変だから、基本的には魔法が多いな。得意な系統はアリアも知っているだろ」

「あっ。えっと、雷属性と火属性、ですよね?」

「ああ」


アリアの言葉に、サイモンは頷く。ちなみに、サイモンは生まれた時から魔法を使えていたわけではない。たまたま幼馴染の親友が使えるようになったのを見て、一緒に特訓しているうちに徐々に使えるようになったのだ。まあ、その幼馴染の親友はいつの間にか神に愛され、人々の上に立つようになり、対して俺はただの放浪者だ。

サイモンは何となく寂しくなって「まあ、人並み程度には他のも使えるけどな」と付け加えれば、アリアとグレアの目が突然生気を失ったように暗くなった。……怖いぞ、二人とも。


「俺は魔法は使わねーからよくわかんねーけどよ。アンタが人並みなら、他の奴らは赤子か何かじゃねーの?」

「いやいや、そんな――」

「そうですよ。私なんかサイモンさんの小指の爪先にすらなれてないことになります」

「……そこまで言うか?」


ひくりと頬を引きつらせるサイモンに、アリアは頷く。どうやらおふざけでも、からかっているわけでもないらしい。

(いや、アリアも結構強くなっていると思うんだが)

施設爆破の一件で、彼女も随分成長したらしい。滞在中の朝食では、アリアが新しい魔法を使えるようになったと彼女自身から報告を受けている。

ズーン、と重い空気を背負うアリア。思った以上にダメージを受けているらしい。困惑したサイモンは話を変えることにした。


「強くなる方法は人それぞれ個人差があるからな。置いておくとして……旅をし始めたのはいつか、だな」

「はい。何となく気になってて」

「そうか。まあ、一人で旅をし始めたのは今から五百年前からで、その前は百年くらいちょっと別の事をしてたな。その以前も旅をしていたんだが……あれっていつからだったかな。千年は前の話か?」

「「……」」


唸るサイモンの言葉に、アリアとグレアが押し黙る。

じっとりとした視線に「どうした?」と問いかければ、「ああ、いえ」と微妙な反応を返された。空気に触発されているのか、焚火がどこか弱くなっていくような気がする。

サイモンは水筒を取り出すと、水を飲む。後で川から水を補充しておこう。


「その……サイモンさんって、何歳なんですか?」

「え?」


アリアの問いにサイモンは首を傾げた。

(人の歳なんか興味あるか?)

子供ならいざ知れず、大人になってからの年齢なんてあまり意味はない。大人でも子供っぽいやつはいるし、子供かと思えば大人だった、なんてことはざらにある。


「……そんなもの、数えてなかったな」


正確には三百年経ってから先は、数えるのが面倒になって放棄してしまったのだ。スクルードたちと過ごしていた時も、誕生日を祝うことはあれど、年齢を祝う習慣はなかった。今でも当時のメンバーは全員生きているし、出会う前にどれくらいの年数を過ごしたかは知らない。それを言えば、アリアとグレアの顔が真っ白になる。

コソコソと話す二人にむっとして「何話してるんだ?」と問いかけたが、「いえ、ちょっと」と言われてはぐらかされてしまった。

(くっそー。これだから若いモンは)

人前でコソコソするなら堂々と話せばいいのに。それか目の届かないところでやってくれ。気になるだろう。

サイモンが眉間にしわを寄せて、最後の一口を放り込む。小骨が一緒に入ってきたが、構わず噛み砕いた。小骨をちまちま取るほど、良い育ちではないのだ。


「なあ、サイモン。旅から帰って来てからは、何してたんだ?」

「何って……そりゃあもちろん、騎士団に入っていたけど」

「「騎士団!?」」


グレアの問いになんてことない声で応えれば、二人の叫び声にも似た声が響く。二人が驚くのも無理はない。

騎士団といえば〝世界最高峰の護衛〟と言われるほどの実力者が揃った集団で、その分の権力も十分に持っている。今は〝祝福〟がなくなった混乱で騎士団が機能していないと話す人もいるが、何かあれば騎士団が助けてくれる、何か困ったら騎士団に相談、というのがこの世界の常識となっていたくらいだ。そこにいたということはつまり、世界最高峰の精鋭に選ばれるだけの力をサイモンが持っているということで。

しかし、当の本人はなんてことないと言わんばかりの顔で焚火を片付け始めている。


「そんなに珍しいことでもないだろ。テストをクリアすれば誰だって入れるぞ。まあ、実技は結構厳しかったような気もするが」

「えっ。そうなんですか?」

「まあ、今の二人じゃあ無理だろうけどな」


上げて落とす、最悪の手法である。

サイモンの言葉に、アリアはがくりと肩を落とす。何やら希望を持っていた目が、今では涙に潤みそうだ。サイモンはなんだか申し訳ない気持ちになりつつも、嘘は言っていないので訂正することは出来なかった。隣にいたグレアは、騎士団にあまり興味がないのか、呆れた顔で「やらかしたな、おっさん」と言いたげな視線を向けている。やめろ。その目やめろ。抉られるから。


「そ、そろそろ行くか」


ぎこちないサイモンの言葉にアリアたちは頷く。各々水筒に水分を補給して、再び歩き出した。

向かう先は王都行きの船があるという〝アシカ港〟。水の綺麗な港街だそうだ。そこまでは歩いて一か月はかかるだろう。その間にいくつか村や町を経由する必要がありそうだが、アリアの買って来てくれた地図にはあまり載っていなかった。


「もうちょっとマシな地図はなかったのかよ」

「仕方ないじゃないですか。お金がなかったんですから」


人攫いの施設から貰って来た金銭は、ほとんど被害者の治療と宿代、送り届けるための食費や送迎に使う馬車を借りるお金に消えてしまった。手元に残ったお金から多少の路銀を残して買い物をするのは、骨が折れただろう。

(アリアには苦労ばっかり掛けているな)

剣の時もアリアに謝罪をしたサイモンを、彼女は特に咎めることなく「それじゃあ仕方ないですね。新しい剣を大切にします」と笑って許してくれたくらいだ。守るべき子供としてはもう少し大人を頼って欲しいと思うが、そうさせているのは紛れもない自分である。

(もっとしっかりしないとな)

サイモンはひっそりと心中で決意を新たにすると、地図に従って歩き始めた。



そして数時間後。とっぷり日も暮れた深夜。サイモンたち三人は困惑に顔を見合わせていた。


「どうしてこうなったんでしょう」

「知らねーよ」

「さあ。なんでだろうな」


三人は目の前に立ちはだかる大きなフクロウを前に、どうしようかと思考を巡らせるのだった。



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