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第39話

「ッ……!」

「触ってもいいが、一応壊すなよ」


サイモンは一応の注意を口にすると、二歩ほど下がった。

目をキラキラとさせているグレアは今にも飛び掛かりそうな勢いだったが、思いの外慎重に近寄ると歓声を上げながら鉱石を一つ一つ見ている。

(随分楽しそうだな)

あんなにグレていた青年が見違えるようだ。キラキラと目を輝かせる姿は、まるで無垢な少年の様だ。それだけ鉱石に興味があるのかと思ったが、ブツブツ唱えている言葉が加工の仕方なので、根っからの鍛冶師脳らしい。紛れもなくジョゼフの子供、弟子だ。数百年前にも似たような光景を見たような気がするが、今は置いておこう。

(それにしても……古いな)

サイモンはグレアに案内された工房を見回した。工房があったのはジョゼフの別邸――アリアたちが住んでいた家の離れにあった。元々、この別邸自体が一時期増えすぎた弟子たちを住まわせるための家だったようで、ここは弟子たちの練習用の工房なのだそうだ。数いる弟子たちも、残念ながらジョゼフのスパルタに耐えきれず、今では三分の一程度にまで減ってしまい、この別邸も使われなくなってしまったらしいが。


「どうだ。いいだろ」

「ちょっと黙っててくれ」


サイモンの言葉をグレアがバッサリと切る。少しだけショックだった。

旅に必要なものを買いに行ってもらったアリアを少しだけ恋しく思いながら、サイモンは大人しくグレアの見分が終わるまで待っていることにした。どうせあと数分もすれば落ち着くだろう。サイモンは手持ち無沙汰に特に意味のない、注文書の確認をし始めた。

しかし、確認を終え、要望を書き足しても終わる様子はなく。鉱石を小さいレンズで見ているグレアの背中を眺める。頬杖をついてぼうっとしていれば、突如がくりと崩れた腕にはっとした。どうやら転寝をしてしまっていたらしい。時間を見れば既に一時間が経過していた。

くありと欠伸をすれば、漸くすべての鉱石を見終わったのか、漸くグレアが立ち上がった。サイモンは漸く声をかける。


「どうだ?」

「……凄いな」


グレアのたった一言に、サイモンは得意げになる。そうだ。そうだろう。こういうのはわかる人にはわかるものだ。昔の癖で集めておいて心底よかったと思った。伊達に長年旅を続けてきたわけではない。知識だけは一丁前なのだ。それを加工する技術があるかどうかは別として。

「剣、作りたくなっただろ?」とグレアに問いかける。瞬間、びくりとデカイ体が震え、錆びたブリキのような動きで振り返った。


「……いや」


そう言ったグレアの表情に、サイモンはつい吹き出す。

(なんだ、その顔)

心底嫌っているのに緩む口が押えられないのか、大変歪な顔になっている。言葉とは裏腹に手は鉱石から離れていないし、サイモンが動こうものなら尻尾を立てて威嚇してきそうなくらいに警戒心バリバリだ。もし何も知らない子供が見たら、思いっきり泣くだろう。本人は自覚がないらしいが、表情への感情表現は、彼の場合恐ろしくへたくそなのだ。


「そんな顔をしなくても、その鉱石は全部君にあげるつもりだ」

「は?」

「その代わり、この剣を仕上げてくれ」

「なっ、!」

「もちろん、必要な物は全て用意する。報酬も、君が望む分用意しよう。なに。君なら、出来るだろ?」


サイモンは確信していた。グレアであれば、自分の望んだものを作り上げてくれると。信じていた。

狼狽えるグレアに「一週間後。取りに来る」と告げると、サイモンは工房を後にする。工房に取り残されたグレアの手の中で、サイモンの書いた注文書がぐしゃりと音を立てる。その音をサイモンは聞かなかったふりをして、別邸を後にした。

後ろから追ってくる影は、一体何の用なのか。聞くにはもう少し舞台を揃える必要がありそうだ。



それからちょうど一週間。サイモンはアリアと共に約束通り、グレアの元に剣を取りに来ていた。

仕事をバンバン振ってくるジョゼフのお陰で夜遅くの訪問になってしまったが、グレアはサイモンたちを見ると「……マジで来やがった」と言わんばかりの顔をしていた。素直に来たことを喜べばいいのに、と思ったことは秘密にしておこう。

「室内で見るより、外にいた方がすぐに試し切りも出来ていいだろう」というグレアに頷き、サイモンたちは工房の外に出た。そこには弟子たちが使っていたのか、傷ついた丸太が地面に刺さるようにして幾つも聳え立っていた。


「ほらよ」

「おお……!」


グレアから渡された剣を手にしたサイモンは、その出来栄えに声を上げた。

(磨き上げられた刀身、寸分の狂いもなく真っすぐで、重さも希望していたもの通りだ)

何より、埋め込まれた魔法石がちゃんと機能している。お陰で魔力伝導率は武器庫で見つけたものとは比べ物にならないほど、高く、円滑だ。アリアも自分用に用意された剣を見つめ、ほうっと息を吐いている。サイモンのより一回りほど小さな剣だが、アリアにはちょうど良かったらしい。

早速試し切りをするアリア。スパンッ、と綺麗に切れた丸太に、サイモンも「おお」と感嘆を上げる。以前よりも剣が手に馴染むのか、随分振りやすそうだ。重心の移動も難なく出来ており、体に力が余ることがない。

(調整しておいてよかった)

僅かな期間だったが、以前指南役をやっていた時のことを思い出して、サイモンは満足げに頷く。やはり弟子の成長はいくつになってもいいものである。

フンっとグレアが鼻を鳴らした。


「多少の文句は受け付けるが、直せねぇ場合もある。それと、技術面は知らねぇからな。俺に頼んだことを恨め」

「いや、最高の剣だ。ありがとう」

「私の方も大丈夫です! すごい……! こんなに手に馴染んだ剣、初めてです! ありがとうございます!」

「べ、別にお前らの為に作ったわけじゃねーからなッ!! 鉱石のためだからな!!」


満面の笑みで礼を言ったのに、吠えられるとは如何に。

サイモンは素直に受け取らないグレアに首を傾げる。褒めているのに怒られるという体験は、サイモンにとって初めてのことだった。「素直に受け取ればいいのに」と呟くサイモンに、アリアが「ツンデレなんですよ、きっと」と耳打ちする。はて、つんでれとは。

疑問に首を傾げるサイモンを見て、アリアが眉を下げる。そんな残念そうな目で見ないで欲しい。


「ツンデレっていうのは、ああやってツンツンして素直じゃないくせに、優しくて気が利く人の事をいうんですよ」

「なるほど。確かにグレアにそっくりだな。でもそれ男でも需要があるのか?」

「ありますよ! 孤児院じゃツンデレが出て来る本は男も女も、みんな大好きでしたよ!」

「……君たちはどんな本を読んでいたんだ?」


アリアのとんでもない発言に頬を引きつらせつつ、サイモンはグレアを見る。「何見てんだ!」と噛みついてくるグレアに、やはりツンデレの良さがわからず、サイモンは人の好意には素直でいようと思った。

サイモンたちが和やかな時間を過ごしている最中、引き裂くような爆発音と地鳴りが響き渡る。はっとして空を見れば、もくもくと黒煙が出ている。――ジョゼフの本邸の方からだった。


「親父……! 母さん……!」

「アリア!」

「は、はい!」


サイモンの声に、アリアがサイモンの手を取る。サイモンは詠唱を終えると、空を見て唖然とするグレアの尻尾を掴んだ。「何すんだ!」とキレられたが、怒るのは後にしてもらいたい。

ブォン、と三人の足元に魔法陣が浮かぶ。魔法のコントロールはまだイマイチだが、ワープ距離は短い上、人攫いたちを一掃した時に少しコツを掴んだ。問題はないだろう。


「〝ティエム瞬間フォー・アラース〟」


三人の身体を魔法陣が包み、瞬間――辿り着いたのは火の海の真っ只中だった。


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