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第34話

自分たちの剣が出来るまで手伝うことになったサイモンは――なぜか翌日の朝三時、ジョゼフによって叩き起されていた。自分を戒めるためであるとはいえ、とんでもない時間に起こされたサイモンは、重い身体を引き摺りながら施設内の廊下を歩いていた。

(朝早いにもほどがあるぞ)

まだ日も昇りきっていない時間に、一体何の用なのか。

外は暗く、窓を見れば自分の間抜けな顔が映る。寝起きの顔ほど気が抜けるものはない。サイモンはくありと欠伸をして、目の前のガタイのいい男の背中を見た。「だらしがねぇな」とジョゼフが呆れたように言っていたが、サイモンはそれを無視した。眠い頭では少しの事も苛立たしく感じるものだ。

(ちくしょう。老体に鞭打ちやがって)

こっちとら六百年以上生きた爺だ。もう少し労わってくれてもいいんじゃないか。それとも『自分は未だ若いぞ』というアピールなのか。


「お前が何を考えているかはわからねぇが、その目はただの爺がする目じゃねーぞ」

「お前……エスパーか?」

「体は爺でも、頭は子供だったか」


軽口を叩くジョゼフに「うるせえ」と吐き捨てれば、「ハイハイ」と軽く返される。面倒くさいのだと言いたげな雰囲気が存分に感じられる。もう少しオブラートに包んでくれないかと考えたが、サイモンもついさっき話を無視したところなので、恐らく人の事は言える立場ではない。

サイモンは仕方なくジョゼフの背中を追いかけ続ける。まだ他の鍛冶師は起きていないのか、シンと静まり返っていた。

(剣が出来るまで手伝うって話だったが)

そもそも素人同然の自分に何が出来るのか。店先ではなく裏手に連れていかれているということは、間違っても接客ではないのだろう。サイモンに接客が務まるかは本人にもわからないが、看板娘の奥さんと子供がいるのだから、今更新しい人材が不要なのは納得できる。


「なあ。どこに向かっているんだ?」

「いいから黙ってついてこい」


サイモンの問いに、ジョゼフは答えない。何かを企んでいるんじゃないかと勘繰ってしまうサイモンは、辿り着いた場所に目を見開いた。


「なんだ、ここ」


サイモンの目の前に聳え立つのは、店の裏にあった倉庫の一つ。雁字搦めにされた鉄の扉。取っ手には鎖がこれでもかと巻き付けられており、五つもの鍵で施錠がされている。一見した感想では『近づきたくない』が第一に来る。その次に来るのが、『ホラーの題材でこういう館とかありそうだな』だ。

(アリアが見たら泣くかもしれないな)

意外とホラーが苦手だったアリアの泣きそうになっている姿を思い出し、サイモンは心の内で黙っておこうと決意する。否、何かあったら話そうとは思っているが、進んで話すことでもないだろう。

サイモンが倉庫の景観に驚いている最中、ジョゼフはポケットから鍵を取り出すと、施錠されていた鍵を一つ一つ開けていく。取れる度、ガシャン、ガシャンと派手な音を立てるジョゼフに家族が起きてしまうんじゃないかと心配になったが、家主の彼が気にしていない以上、サイモンにできる事はない。


一つ、二つ、三つ。躊躇いもなく開けられる鍵。あっさりと五つの錠を外したジョゼフは、今度は取っ手に絡まっている鎖に手を伸ばした。絡まっているとは思えないほど正確に、迷いのない動きで鎖を外していく。これまたあっさりと鎖が取られ、扉が自由になる。呆気ない。本当に、呆気なかった。


「開けるぞ」


ジョゼフの宣言に、サイモンは謎の緊張感に包まれた。

ギギギ、と重い音を立てて、鉄の扉が開いていく。中に見えたのは――――数えきれないほどの、武器だった。


「う、おわ……」

「すごいだろ。これ全部、うちで作ったモンだ」


サイモンの反応を見ていたジョゼフが、上機嫌に告げる。その様子に少しイラッとしなくもなかったが、それよりもサイモンは目の前に広がる数々の夢(ロマン)に目が離せないでいた。

(こりゃあすごい)

東西南北。全ての地域で使われていたと噂の有名な武器がそろい踏みである。西洋の真っすぐな刀だけではなく、東洋の細く長い剣もあれば、北の細く鋭い剣もある。かと思えば、斧や槍、弓矢まで。全てが綺麗に揃えられている。もちろん、武器だけではなく、盾や鎧などの防具も揃えてある。もしかしたら、田舎の領主が持っている武器庫なんて目ではないのではないだろうか。サイモンは特に武器に愛着があるわけではないが、逆に言えば特別愛着がないわけでもない。良いものを見れば、普通に心が躍る。その中で使ってみたいと思うのは、やはりサイモン自身が冒険者だからだろう。

(触ってもいいだろうか)

壁に飾られた剣に手を伸ばす。しかし、その手は剣に触れる前にジョゼフに叩き落された。容赦のない力に、サイモンはヒリヒリとする手の甲を撫でながら、ジョゼフを見上げる。


「何をするんだ」

「それはこっちのセリフだ。誰が触っていいと言った?」

「それは――」

「新人がウチの商品に好きに触れるわけねーだろ」


ニヤリと笑みを浮かべるジョゼフ。あんまりにもな言い方にサイモンは多少なりとも頭にキたが、息を大きく吸って抑え込む。彼の口の悪さが一級品であることは、出会った当初から知っている。何度ぶつかり合って来たか。その度におおらかすぎるスクルードに宥められていた。だが今はスクルードはいない。

サイモンはまだ寝ている人たちの事を思い、静かに深呼吸をする。出来る限り波風を立てないように、けれど怒りはそのままジョゼフを睨みつける。「だったらなんでここに連れてきたんだ」と声を潜めて問えば、ジョゼフは腕を組むとサイモンを見下ろすように見てきた。


「さて。〝新人〟には最初の仕事をしてもらわねーとなァ」


あーくそ。腹が立つ。


サイモンはヒクリと引き攣る頬を無理矢理上げ、今度はあからさまなため息を吐き捨てた。数秒後、ジョゼフの拳がサイモンの頭に落ちた。




「いいか、よーく聞け」


ジョゼフはそう言うと、サイモンをここに連れてきた理由を語り出した。

なんでも、ここの武器庫は〝第二在庫〟と呼ばれているようで。商品の中でも制作数が多すぎるものや貴重すぎるもの、そして完成後に管理不足で廃棄寸前になってしまった物などが主に押し込まれているらしい。内容は実に雑多で、且つ量が多い。だからか、本来管理しなければいけない鍛冶師たちも後回しにしがちで、管理を怠っている者が多いらしい。

そこまで聞けば、初心者であるサイモンも察しが付く。


「ここの武器庫の整理をしてくれ。〝新人〟にはちょうどいい仕事だろ」


そう言ったジョゼフは、いつも通り快活に笑っていた。しかし、サイモンは頭の中でその禿げた頭を引っ叩きたくなった。

(最悪だ)

コイツがこういう反応をする時はろくでもないことが待っている。サイモンは武器オタクではないが、知らないわけでもない。それを彼も理解しているからか、都合のいい人間が現れたとばかりに面倒なことを頼んできた。

(なんで新人が武器庫の整理整頓なんかするんだよ)

普通に考えれば竈の掃除とか床の煤を掃除するとか。その辺りが新人のすることだろう。武器の整理なんて、普通信頼のおける人間にしか任せられない。謀反を起こされたらどうするつもりなのか。


「大丈夫だろ。テメェはそういうのをしねーってわかってる」

「……嬉しいんだか、うざいんだか」


もういいや。

サイモンは考えていた思考を放り投げると、手を差し出した。図ったように手袋や綿など、メンテナンスに必要な道具が一式、サイモンの手に置かれる。……今どこから出した。随分と準備万端だな。元々拒否権なんてなかったんだろ。込み上げてくる苛立ちを抑えながら、サイモンはまずは足元にある武器から手を伸ばした。



コンコン。


「失礼します。あ、サイモンさ、って、きゃああっ!?」

「う゛ぅ……」


チーンと効果音でもつきそうな状況で床に倒れ込んでいるサイモンを見て、アリアが発狂する。キラキラと光る剣や斧、盾たちの中でぐったりとした幽霊のような男を見つけたアリアの心境は、言わずともわかる。

(さすがに一気にやりすぎたな……)

最初は渋々だった手も、質のいい武器の数々にだんだんと調子を上げてしまい、気が付けば丸一日武器庫に籠っていたらしい。アリアの背中から差し込む日光が眩しい。この倉庫は武器が痛まないように日光が遮られる作りになっており、同時に湿気も溜まらないようになっているのだ。時間感覚がおかしくなるのも当然だろう。

目を貫くほどの強い光にサイモンが目を細めていれば、ぐぅ、と腹が悲しい音を立てた。……そういえば、夢中になりすぎて丸一日何も食べていなかった。サイモンは顔を上げるとひくりと鼻を動かす。美味そうな匂いが鼻孔を擽った。


「それ……」

「あ、ああ。これ、サイモンさんにって、レムさんが作ってくれたんです。その……食べられますか?」

「ああ。食べる」


アリアの気遣うような声に、サイモンはにべもなく頷いた。まさに神から差し出された手だ。この恩は一生忘れないだろう。

倉庫から出たサイモンは、アリアから差し出されるパンと野菜がたっぷり入ったスープに、再び腹を鳴らす。すごく美味そうだ。がっつきそうになるのを抑えながら、パンを一口分ずつ千切ってスープに浸してから口に入れる。自分では気づいていなかったが、どうやら水分も最低限しかとってなかったようで、スープの瑞々しさに喉が渇きを訴えた。

アリアから水をもらい、コップ一杯分を飲み干す。サイモンは差し出されるアリアの手にコップを渡しつつ、彼女に問いかけた。


「アリアは食べないのか?」

「あとでレムさんたちと一緒にいただくので大丈夫ですよ」

「そうなのか」


それはいい。やはり女の子同士でしか話せないこともたくさんあるだろう。多少……いや、ほんの少し、寂しい気もしなくもないが、仕方ない。パンを咀嚼しながら、サイモンは自らにそう言い聞かせた。


アリアは今、レムと一緒にジョゼフの別邸で寝泊まりをしている。本来は従業員用のシェアハウスだったそうだが、ジョゼフのスパルタについて行けない者たちが次々に夜逃げし、気づけば使っているのは三人程度に減ってしまっていたらしい。その様子を見たジョゼフは仕事場が近い方がいいだろうと、自分たちの家に招き、彼らも「仕事場が近くなるなら」と喜んだ。その結果、今は旅人たちへの宿として提供をしているらしい。そこを今、アリアたちは借りているのだ。レム曰く、「“ちょうど今”、借りてた冒険者たちが出ていったところだったの~」とのこと。……笑顔が黒く見えた気がするが、気のせいだろう。


「みんなの体調はどうだ?」

「みんな怪我はかすり傷くらいだったので、元気にしてますよ! 熱を出しちゃった子は何人かいたけど、お医者さんは軽い風邪のようなものだって言ってました」

「そうか。アリアは?」

「見てのとおりです!」


両腕を掲げ、力こぶを作る彼女に、サイモンは笑う。元気そうでなによりである。

レムの伝手で医者を呼べたのも有難い。多大なストレスで体調を崩さないとも限らない。誰かすぐに駆けつけてくれる人間がいるというのは、こちらとしても安心する。食料もレムの知り合いだという農家から、余っている野菜をたくさんもらえたらしい。彼女はまさに女神のようにみんなから称えられるだろう。それにしても昔から立ち寄っていたとはいえ、知り合いが多すぎるような気もするが。

サイモンは最後のパンを口の中に放り込むと、咀嚼して飲み込む。残ったスープを飲み干し、ふぅと息を吐いた。


「ごちそうさまでした」

「はい。お口に合ったようでよかったです」


にこりと笑うアリアに、サイモンは眉を下げる。サイモンは未だアリアに例の事を伝えてはいなかった。

(伝えるべきなのはわかっているんだがな)

タイミングを見計らっては、何となく今じゃないような気がして口に出来ない。アリアの大切な剣を燃やしてしまったのが、剣を渡した張本人なんて。


「それじゃあ、私は先に行きますね」

「あ、ああ」

「お手伝い、がんばってください!」


大輪の花のような笑みを浮かべ、去っていくアリア。その顔に軽く手を振り返し──サイモンは大きく項垂れた。

(罪悪感が、すごい……)

さっさと言ってしまえばいいのに、あの笑顔を崩すのかと思うと言い出せなくなってくる。はあ、とため息を吐いて、サイモンは振り返る。山のような武器や防具はさっきと変わらないのに、まるでサイモンを責めているように感じてしまう。

サイモンは苦い気持ちを抱えながら、再び倉庫の中へと入っていった。


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