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第33話

「というわけで、魔物たちが来ても驚かないでくれよ」

「アンタ……相変わらず無茶苦茶だな」

「何をいう。無茶苦茶なのは俺じゃないだろ」


ニコニコと笑みを浮かべるサイモンに、話を聞いていた男は文字通り頭を抱えていた。たんまりと蓄えた金色の髭を三つ編みにし、禿げた頭を抱えている男はこの鍛冶師の店主――ジョゼフだ。サイモンよりも二回り以上でかい図体をしている彼はその体に見合わず繊細な仕事を熟す職人の筆頭である。眉間にしわを寄せている顔は一見カタギではないように見えるが、その髭を編んだのがまだ小さい娘の仕業だと知っている者からすれば、その迫力も半減だ。

(確か三人目だったか?)

一番上はとうに自立しており、二番目はこの前婚約が決まったばかりだと話していた。今いる娘はいたずらっ子で、よく彼の髭を三つ編みしているのだとさっき彼の奥さんが教えてくれた。今日は一つだが、気分によっては三つまで分かれるらしい。相変わらず子供に甘い男だ。


「もうちょっとこう……何とかならなかったのか?」

「難しいだろうな。向こうも引く様子はなかったし」


今回みたいにやってくる可能性も捨てきれなかったぞ、と告げれば、難しい顔でまた唸り出す。その表情には既に諦めが滲んでおり、サイモンは多少の申し訳なさを感じる。確かに利益になることではあったろうが、流石に聞かないで決めたのは良くなかった。だが、あれ以上のいい案は思いつかなかったのだ。サイモンは眉を下げ、小さく息を吐く。


サイモンが彼等に提示したのは『月一交代でこの店を手伝うこと』だった。最初は街を守るように頼んだ方がいいかと思ったが、それよりも確実に目に見えて役に立つほうが彼等も嬉しいだろうと思ったのだ。サイモンとしては同時に彼等の希少性を利用して客引きが出来ればと考えており、バランスはサイモンが勝手に決めさせてもらった。

ジョゼフには契約内容を全て伝えたが、さすがに手駒になっているとは思わなかった彼は、今のように頭を抱えてしまったわけだ。


「まあ、済んじまったモンは仕方ねェ。アンタもたまには顔出せよ」

「えっ」

「お前が主なんだろうが」


「暴動起こされたらたまったもんじゃねェ」というジョゼフに、サイモンは言葉に詰まる。……確かに。それもそうか。

任せっぱなしには出来ないな、と思い直したサイモンは、彼の言葉に頷く。武器も修理したりしないといけないし、用事はいくらでもあるだろう。その都度ここまで来るのは面倒だが、致し方ない。


「そういやお前、武器は持っていないのか」

「武器?」

「剣だよ。いつもぶら下げてるだろ?」


ジョゼフの言葉に、サイモンは「ああ」と頷いた。そういえばジョゼフにはまだ、何が起きたのかしっかりと話していなかったな。サイモンは自分たちが捕まった時のことを話しながら、当時の事を思い出す。

(そういえば、ビーバーの町でもらった剣もアイツらに取られたままだったな)

一回嵐ですべての持ち物が消えてしまったサイモンは、ビーバーの町で多少の防具と剣を手に入れた。しかし、そのなけなしの武器と防具も、今のサイモンの手元にはない。まあ、ほとんど使いかけ、剣に至っては復興中に誰ともわからない物を拾って来たようなものだったから、そういいものではないのが幸いなのだが。

(あれも、全部燃えたんだよな)

サイモンは施設の行く末を思い出し――ひゅっと息を飲んだ。あれ。これ、まずいんじゃないか?

流れる冷や汗を感じながら、サイモンはジョゼフを見る。伺うような視線に首を傾げる彼は、相変わらず厳つい顔をしているが、その実、人畜無害なのをサイモンは知っている。


だが、その仮面も外れる時がある。それが、家族に被害が及んだ時と――武器や防具を雑に扱った時だ。

特に、ジョゼフの武器への愛は尋常じゃない。一度、騎士団で使っていた剣を修理に出した際、あまりの傷み具合に呼び出されたことがあった。『剣を扱う人間が下手過ぎる』、『愛情がない』、『剣の手入れを舐めている』、と散々言われた。現に、当時の騎士団では、使った剣の手入れをしている人間はおらず、ボロボロになったらまとめて鍛冶屋で修理をしてもらう方式を取っていた。しかし、それでは剣が痛みやすいとジョゼフに教えられ、以降はちゃんと手入れをするようになった。


その当時の勢いと権幕と言ったら……正直怒ったスクルードよりも怖い。背中に伝う冷や汗に、サイモンは頬を引き攣らせた。

(どうにか……バレないようにしなければ)


「サイモンさん!」

「!」


ビクビクしている最中、飛び込んできた声にサイモンは肩を跳ね上げる。反射的に振り返れば、荒い息を繰り返しているアリアがいた。ただならぬ様子に、サイモンは立ち上がる。


「どうした?」

「それがっ、さっきサイモンさんから貰った剣を探しにあの施設に戻ったら、施設が燃えてたみたいで……っ!」

「あ」

「ご、ごめんなさいっ、折角もらった剣だったのに、もうっ、ぼろぼろで……っ」


堪えきれなかったのだろう。大粒の涙を流すアリアに、サイモンはかける言葉も見つけられないまま、フリーズしてしていた。


――やってしまった。

サイモンは頬を引き攣らせた。

アリアの手の中にあるのは、黒く隅になった剣〝だった〟もの。辛うじて残っている部分からして、アリアの剣だったのだろう。かなり高温で焼けてしまったのだとわかる様子に、サイモンに焦りが込み上げてくる。

(完全に忘れていた……!)

何をしているんだ、俺は!

武器を取られたのは、そもそも自分だけじゃない。全員の武器が、あそこにはあったはずだ。つまり、アリアの武器も漏れなくそこに保管されていたと考えていい。


サイモンからプレゼントされた剣を三年以上も大切に使ってくれていた彼女だ。あの何の変哲もない剣を、彼女が本当に大切に思ってくれていたことは、サイモンでもわかる。

しかしそれをすっかり忘れて、サイモンは施設ごと丸ごと燃やしてしまったのだ。――これを失態と言わずして、何と言えばいい。


ボロボロと涙を流すアリアに、サイモンはたじろぐ。どうしよう。どうしたらいい。いや、謝るべきだ。わかってはいるが、じゃあどうやって。


「おい」

「ッ!」

「それ、見せてみろ」


背後から聞こえたジョゼフの声に、サイモンが肩を跳ね上げる。アリアはジョゼフを見上げると自分の手元にあった炭を見つめる。これですか、と言いたげな視線に頷くジョゼフ。炭を受け渡ししている二人を、サイモンは出来る限り気配を消しながら見つめていた。

ジョセフは炭を丁寧に台に置くと、僅かに残った部品をじっと見つめる。光に翳し、装飾品を検分するようにルーペを覗き込んだ。


「……似たようなものでよければ作ってやることも出来るぞ」

「えっ」

「いいんですか!?」

「ああ、だが完全に同じとはいかない。うちの作り方じゃないからな。とはいえ、思い出の品なんだろ? なら同じ剣を思う者同士、協力するのが筋ってもんだろ」


ニッと力強く笑うジョゼフに、アリアの目が輝く。彼女の中でジョゼフの好感度がうなぎ上りになっていくのがわかる。……不味いな。自分だけ蚊帳の外だ。

アリアは「お願いします!」と頭を下げると、ジョゼフに呼ばれた職人と一緒に別室へと向かった。剣の詳細を話すためだろう。王族からの依頼も受けるこの店には、他人に盗み聞きをされないようにしている受付部屋があるらしい。そこに連れていかれるアリアを見送り、サイモンはほっと息を吐いた。しかし、心に残る苦味は消えない。

(……アリアには、後でちゃんと謝っておこう)

一瞬、このまま言わなければバレないんじゃないか、とも思ったが、流石にそれは大人げないと思い直す。サイモンは大きく息を吸い込むと、ジョゼフを振り返った。


「ありがとうな、ジョゼフ」

「大したことじゃない。それより――お前には言いたいことがある」


ジョゼフの声に、サイモンは察する。どうやら彼も気づいていたらしい。


「ああ。何でも聞くよ」

「随分と物分かりがいいじゃねーか」

「まあな」


サイモンは苦く笑みを浮かべると、床の上に座った。反省する時は必ずする座り方だ。

ジョゼフも気づいたのか、その様子を見ると「……なんだかこれじゃあ俺が悪者だな」なんて呟いた。その言葉に、サイモンは顔を上げる。居た堪れない顔をする彼に、内心申し訳なさを感じる。見た目は彼の方が上だが、歳はよっぽどサイモンの方が上なのだ。だが、昔の事もあってか、ジョゼフには親のような気持ちを持っている。

(いつまでもこれじゃ駄目なのは、わかっているんだがな)

ついつい甘えてしまうのだ。


「……はあ。わかってんなら言うことはねェよ。姪っ子を救ってくれた恩もある。代金はいらねェ。その代わり、お前ら二人の剣が出来るまで手伝え」

「えっ」

「それと、あの嬢ちゃんにはちゃんと謝っておけよ」


ポン、と頭に置かれた手に、サイモンは反射的に目を閉じる。……相変わらず、優しい奴だ。


「ありがとうな」

「おう」


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