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第32話

――人攫いに捕まってから数日。

サイモンたちは当初に予定していた鍛冶屋に無事集まることが出来ていた。あの施設から顔を出した瞬間見たことのない街の端っこに出た時は少し驚いたが、レムに事前に聞いていたからそこまで思考が止まることはなかったのは幸いだ。

(入るときは街中だったのにな)

一体どんな魔法を使ったのか。サイモンは情報を取って来たネズミーーアルレオスを迎えると、袖の中に仕舞った。


詮索をしてもいいが、詳しいことはアルレオスが既に回収してくれている事だろう。あとで確認して、もし騎士団が必要であれば声をかければいい。

それよりもサイモンは大人数と契約を交わしたせいで、少し気だるさを感じていた。正直、余計なことは考えずにアリアたちとの集合場所へ向かいたい。既にアリアたちが施設から遠ざかっているのを魔力で察知し、サイモン自身も施設から少し離れる。


「〝カープセゴル燃えろ〟」


瞬間、魔法陣が施設を囲い、ボワッと一気に燃え盛った。魔力の調整も中々に慣れてきたと思う。どんどん燃え盛り、大きくなっていく炎を見つめ、サイモンは集合場所へと向かった。



――というのが、昨日の出来事。

今は目の前に広がる状況に、引き攣る頬で笑みを浮かべていた。


「サイモンさん、どうしましょう……!」

「どう、するかな」


サイモンのいる鍛冶屋は、契約を解いたはずの動物や魔物たちで溢れ返っていた。

早朝だからまだしも、起こしに来た鍛冶師たちには申し訳ないことをしたと思う。顔が真っ青だった。


(まさかこんなことになるなんてな)

サイモンは簡単に契約の魔法を使ってしまったことを後悔していた。

アリアたちが襲われないよう、保険を掛けるために使った契約魔法だったが、今になって使わなければよかったと思ってしまう。とはいえ、使ったのは契約魔法の中でも簡易なものだったはず。それこそ、中級の魔物であれば自ら解けてしまうような、そんなものだ。それだって街に入る前に解除し、全員バラバラに森に帰って行ったはずなのに、まさか翌日になって集まってしまうとは。


街の外で魔物たちをまとめ、待っていてくれたアリアですら予想していなかったのだろう。どうしたらいいかわからないという顔をしている。そして入り口から一番遠い竈の隙間から突き刺さる鍛冶師たちの視線に、サイモンは居た堪れなさを感じていた。

(そんな目で見られても困るんだが)

こっちとしても予想外の出来事なのだ。とはいえ、連れてきたのが自分たちなのは間違いない。迷惑をかけている以上、こちらが何とかしなければいけないのだろうが……さて。どうしたものか。


「困ったな」

「はい……。もう、何を言っても帰ってくれないんです。しゃべっている? みたいなんですけど、そもそも言葉かどうかもわからなくて」

「ああ。そうか」


サイモンはアリアの言葉に手を打つ。

すっかり忘れていたが、人間と魔物では使う言葉が違う。育った環境が違うのだから、当然だろう。肝心なことを思い出したサイモンは、自身の喉に手を当てると魔法陣を発動した。


「〝メタトゥ・ピ・グリ言語変換ュス〟」


喉の奥が熱くなる。ちくりと何かが刺されるような感覚がし、魔法陣は解かれた。「あ、あ」と声を出し、発音を確認する。ガラガラと喉の奥に引っかかるような感覚が懐かしい反面、やっぱりあんまり得意ではないなと思ってしまう。長時間使うと、後々のダメージが大きそうだ。数百年前にも使った記憶があるが、あの時は一瞬だったし、それが得意だった奴がいたからあんまり使ったイメージがない。


『これでわかるか?』


サイモンの声に、魔物たちがどよめく。

悲鳴にも似た声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、頭が割れんばかりの言葉の弾圧がサイモンを襲った。


『オマエ、オレタチノ言葉ガワカルノカ!?』

『ニンゲンガ、オレタチノ言葉ヲ話シタゾ!』

『ナンダッテ!?』

『コワイ!』

『ちょっ、一旦落ち着け。あと誰だ怖いって言ったヤツ』


あまりの圧力に、サイモンは咄嗟に耳を塞ぎながら答える。その反応はわかるが、魔物が怖いっていうな。こっちからしたら君たちの方が怖いって言われる対象なんだぞ、と言いたくなる。それかぜひとも周りを見て欲しい。

ギョッとする魔物たちを見つめ、サイモンは眉を寄せる。目を見開いているのは魔物たちだけではない。隣に居たアリアや魔物たちに怯えていた鍛冶師たちも、目を見開いてサイモンを見ているが気にしている時間はない。今は未だ朝方だからいいが、子供たちが起きてきたらパニックは割増だろう。

未だに騒音は収まらず、ギャアギャアと騒ぎ立てている魔物たち。しかし、時間は有限だ。さっさと話を進めたいサイモンは、仕方なしに一つ手を打った。

パンッと高らかに響く音に、魔物たちが一斉に静かになる。


『本題に入っていいか?』


その言葉に、魔物たちはコクコクと頷く。中には顔を青くしている者もおり、サイモンへの認識がどんなものなのか伝わってくる。サイモンは彼等に問いかけた。サイモンが聞きたいことは一つ。――戻ってきた理由だった。

魔物たちは顔を見合わせる。さっきまでの喧騒がなりを潜め、言葉をまとめているのが聞き取れる。魔法で強化したとはいえ、大人数で話している内容を一気に聞き取るのは慣れていないと難しい。数百年以来に使ったサイモンには、ちょっとずつしか聞き取ることが出来なかった。しかし、途切れ途切れの内容を聞くに、どうやら思いは一つらしい。

じっと待っていれば、クイクイと袖を引っ張られる。アリアだった。


「さ、サイモンさん。あの子達の言っていることがわかるんですか?」

「ああ。ちょっとだけだがな」

「あの……大丈夫なんですか?」


不安そうにサイモンを見上げるアリアに、サイモンは頭を撫でる。そんな不安そうな顔をせずとも、彼等はこっちに危害を加える気がないことははっきりしている。その分、多少面倒なことが起きそうではあるが、それも扱い次第ではどうにかなるだろう。

(さあ、どうしようかな)

彼等の言い分を盗み聞くところ、彼等は自分たちにお礼をしたくてここまで戻って来てしまったのだという。この街が人間たちの住む場所であることはわかっているし、自分たちがいて怖がらせることもあるだろうことは理解している。それでもお礼をせずにはいられなかった、と。

魔物にもいい魔物がいるんだな、と思いつつ、サイモンは彼等への対応を考えていた。

彼等はどれも希少な魔物ばかりだ。さすが、〝商品〟として集められただけある。それもあってか知能の低いものはおらず、話し合いもスムーズに進んでいるように見える。

(どうせなら、ここで客引きでもしてくれればいいんだが)

そう思うのは勝手だろうか。

でも自分たちの住処に戻るには距離がある者もいるだろうし、その間他の売人に捕まらないという保証はない。ここで餌と引き換えに働いてくれるんだったら、鍛冶師たちとしても嬉しいのではないだろうか。


『纏まった』

『おお。そうか』


一番前で率いていた魔物がサイモンに声をかける。少し渋めの声をしている彼は、烏を平べったくしたような見た目をしている。尖った嘴は獲物を貫くのに向いており、体も飛行中の空気抵抗をなくしているのだろう。

サイモンは彼を見ると視線で続きを促す。


『我らはお主らに恩を報いたい』

『恩か。例えばどうやって?』

『わからぬ。だが、何でもいい。全員でなくとも数匹でもいい。叶えてやってはくれぬか』


そう告げる彼に、サイモンは内心ガッツポーズをした。

こんなに都合のいいことはない。


『それじゃあ、こんなのはどうだ?』


サイモンは頭に描いていた理想を彼等に話した。彼等は『そんなことでいいのか』と目を見開いていたが、実際助けられたのはこっちも同じだ。街の前で待っていたアリアの顔を見た時からわかっていた。だからこそ、対価はもらわず解放したのだが、本人たちが望むのならそれを叶えるのも一時的に契約した者としての務めだろう。それくらいは果たさなければ。


『わかった。契約を飲もう』

『助かる』


頷く彼等に、サイモンは笑う。

新しく施した契約に彼等は満足すると、数名を残して森の中へと帰って行った。



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