「あった!」
「任せて!」
声を上げた子供の声に、アリアは剣を片手に飛び出す。
子供たちが下がったのを見て、赤い宝石の埋め込まれた装飾品に向かって剣を振り払った。キィンッと派手な音を立てて、剣が宝石を砕く。瞬間、周囲を囲っていた壁がぐにゃりと曲がり、姿を消した。
その光景に周囲がわっと湧き上がる。
(これで三つめ……!)
歓声にも似た声を聞きながら、アリアは額に滲んだ汗を拭った。
行き止まりにぶち当たったアリアたちは、周囲を必死に捜索した。何か綻びや隠し扉がないだろうかと、それはもう念入りに探していた。しかし中々脱出に繋がりそうなものが見当たらず、みんな意気消沈していた。時々追いかけてくる人攫いたちを魔物たちが苛立たし気に声を上げている。それが余計に焦燥を掻き立てた。
(何かないの!?)
アリアも焦りを感じる。冷や汗が背中を伝う中、アリアはふとサイモンが数年前に言っていた『結界内からの脱出方法』を思い出した。
『結界や広範囲で魔力を使う場合、大体の人は魔力を込めた魔石や魔法道具を使うことが多い。主に足りない魔力を補強してもらうためだな。小さいものも多いが、そういったものは大抵色を持っていて、存外わかりやすい所に隠されている。物で遮断してしまうと魔力の供給路が絶たれてしまうからな。だからもし、広範囲の結界や迷路に閉じ込められたら、一番初めにすることは――色のついた見慣れない物を見つけて、破壊することだ』
その言葉を思い出したアリアは、みんなに共有するとすぐに赤い色の宝石が見つかった。一見、照明の一部としてしか見えないそれは、微量に魔力を持っていた。
(これだ!)
アリアは直感でそう理解すると、跳び上がり、宝石を蹴り割った。パリンッと派手な音が響くと同時に、周囲を囲んでいた壁の一部が消え去った。突然姿を見せた脱出路に、アリアはホッと息を吐く。良かった、サイモンの教えを覚えてて。
それを見てから、何か不思議なことがあるとみんな赤い宝石を見つけるようになったのだが、人数が人数なだけにその進みは早い。武器庫を見つけた時も、それぞれ自分に合いそうな武器を手にしていた。その目に迷いはなく、寧ろサイモンから貰った剣を失くしてしまった自分の方が狼狽えていたと思う。
(あとでちゃんと取りに来るから……!)
ギュワッと魔物たちが鳴く。その声にアリアは沈みかけた意識を取り戻した。――どうやらここが最後の関門らしい。
アリアは必死に走り、角を曲がる。見えた景色に目を見開いた。
(ゴーレム!?)
アリアたちを出迎えたのは、大きな体格をした石の守護神――ゴーレムだった。
魔物の中でも強い守備力を誇るゴーレムは、躾さえしっかりしていれば人間の味方になることもあると聞いている。また、魔法使いが目くらましとして使うモンスターの筆頭でもあるらしく、アリアは以前にサイモンが召喚しているのを見せてもらったことがあった。その時は手のひらサイズの可愛いものだったが、今はそんなの非じゃない。
「お、おっきい……」
「こわいよぉ……!」
「っ」
子供たちの声が聞こえる。アリアは最前線に立つと、剣を構えた。みんなの心配する声に軽く手を上げつつも、ゴーレムから目は離さない。
(戦うしかない、よね)
誰の後ろ盾もない中で闘うのは、アリアにとって初めての経験だった。訓練をしていた時は常にウィルが傍にいたし、旅に出てからはサイモンが一緒にいてくれた。その存在が時折鬱陶しく感じていた時もあるが、今になって存在の大きさを感じてしまう。足が震える。剣を持つ手が震える。吐き出す息がか細くて、アリアは息を飲んだ。もっと練習しておけばよかったと、後悔の念が押し寄せる。
「ギュワッ」
「!?」
耳元で響く魔物の声に、ビクリと肩を震わせる。振り返ったアリアは、肩に乗る鳥型の魔物にぎょっとした。いつの間に。
こんなに至近距離で魔物の姿を見るのは初めてだった。いつもは敵として相対していた彼等が、自分と同じ方向を見ている。その視線は強く、まるで一人じゃないと言われているようで。
アリアは目を見開く。手の震えはいつの間にか止まっていた。
ゆっくりと深呼吸をする。目の前にいる敵は一人。対して、心強い味方が数十匹。
「行きます!」
アリアは声を張り上げると、ゴーレムに向かって走り出した。
――自分は何を見ていたのか。
何か夢でも見ていたんじゃないかと、疑ってしまう。それほどまでに目の前で行われていた戦闘は、一瞬の事だった。
(嘘だろ。あんなデカイのを一瞬で……)
視線の先に映るのは、カーテンで足を絡めとられた黒金獅子の親とそれに寄り添う子供、そしてしゃがみ込んで二匹を撫でている男が一人。
「何者なんだ、アイツは」
檻の中にいた頃から只者ではないと思っていたけれど、それにしてもあの戦いぶりには驚かされてしまう。しかも相手はあの黒金獅子だ。何十年も旅してきた歴戦の戦士でも腰を抜かすであろう相手に、大立ち回り。それどころか一撃も食らわず完封してしまうなんて。
――人間技とは、思えない。
ごくりと生唾を飲み込む。無意識に口元が上がるのを、抑えられなかった。
(名前は……なんつったか?)
確か一緒にいた小娘に名前を呼ばれていた気がする。何だったか。――ああ、そうだ。サイモンだ。
黒金獅子の母親を宥めるように話しているサイモンの背中を見つめ、覚えておこうと決意した。
どうせ檻に閉じ込めていた〝商品〟たちは、一つ残らずいなくなっているんだろう。あの黒金獅子が大人しく着いて来たくらいだ。気性の荒い魔物たちも従えていておかしくない。
(これ、お嬢になんて報告したらいいんだ?)
まさか自分たちが捕まえた奴がとんでもない奴だったなんて。散々この店の自業自得だと思っていただけに、少し心苦しい。――が、まあ大丈夫だろう。元々捨て駒だったらしいし。
「問題は、俺が怒られずにどうやって報告するかだな」
他の事はどうとでもなる。だが、自分の身に関しては、守る人間は自分しかいない。
この事態をそのまま報告すれば、最悪自分の首が飛びかねない。貴族の元で飼われるということはそういうことだ。黒金獅子の前に座る男を見つめる。薄汚い白い服に、どこにでもありそうなベルト。装飾品すら凝っている様子のない男は確か、旅人だったか。村の宿に入る際に女店主に言われた「旅人の方がいらっしゃるので、仲良くしてくださいね」の言葉を思い出す。実際は転がっていた女の子をお嬢様の命令で人攫いに売り飛ばそうとして、帰って来た相方らしき男を巻き込んで一緒に売り飛ばしたのだが。
(そう考えると、俺たち立派な悪役だな)
まあ、それも面白い。
この世界では反吐が出ることは溢れるほどあるが、退屈はしない。だからこそ、自分は今ここに身を置いているのだ。
カシ、と首に着いた枷を引っ掻いて、男は笑う。足元に転がる高級な屍を避けつつ、その場を後にした。