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第28話

サイモンたちが作戦を練り始めてから、一時間弱が経過した。

見張りの交代がされるのを横目に、サイモンたちは最初の頃のように檻の中で散り散りになりながら仮眠を取っていた。


「決行は明朝。日が昇る頃だ。夜が本番である奴らが疲れたところを一気に駆け抜ける」


サイモンの言葉に、意を唱える者はいなかった。

それまでは体力を温存するようにと指示を受けた彼女たちは、いつものように子供を抱き締めながら浅い睡眠を取っている。……一人は深い眠りについているように見えるが、起きる時は早いと言っていたし、まあ大丈夫だろう。眠る彼女たちの顔が、最初よりも少しだけ柔らかいことに気付いて、サイモンは誰にも気づかれないように口角を上げた。


「随分と楽しそうだな」

「そう見えるか?」


不意に背後から声を掛けられる。振り返れば、鉄柵越しに幸薄男がサイモンを見下ろしていた。少々驚きを見せる表情に、内心笑みを浮かべた。


「気づいていたのか」

「当然だろう。これでも冒険者の端くれだしな」

「へぇ」


五百年近くも旅していれば、気配を読むことくらい造作もない。ましてやここの床はコンクリートがむき出しになっており、靴音もそこそこ響いてくる。足音を殺したとして、サイモンにはそれは通じない。

しかし、思った以上に薄い反応をする彼に、サイモンは少しだけ残念な気持ちになった。もっと驚いてくれるかと思えば、驚いたのはさっきの一瞬だけ。もっといい反応をくれてもいいのに、と内心呟けば、男の持つナイフがサイモンの首に添えられた。


「サイモンさん、誰と話して……って、ええっ!?」

「静かに。まだみんな寝てるだろ」

「で、でもナイフ……っ!」

「大丈夫だから落ち着いて」


サイモンの言葉に、アリアは口を噤む。目は見開いたままだが、口を閉じたのは偉いことだ。アリアが幸薄男を噛みつかんばかりに睨みつける。今すぐにでも飛び掛かりそうな勢いに、少し笑ってしまいそうになった。


(さて、どうするか)

背中に当たる冷たい鉄の感触と、首筋に僅かに刺さる切っ先を感じながら、サイモンは思考を巡らせる。本来なら反射的に反撃を仕掛けてもいいのだが、この男に自分を殺す気がない以上、動く理由はないように思う。ちらりと背後に立つ男を見る。幸薄そうな顔以外はあまり表情が動かないのか、何を考えているかはよくわからない。話でもして弱みを見せてくれれば……とも考えるが、話をするにしてもどう切り出せばいいのやら。

(こういうのは苦手なんだけどな)

出来れば力で解決していきたい気持ちはあるが、ここで暴れたところで他の人たちに被害が出ては困る。

サイモンは纏まらない思考を回し続ける。すると、突然幸薄男のナイフが遠ざかったのを感じた。何だ、と顔を上げれば、男は面倒くさそうな顔でサイモンを見下げていた。


「アンタ、強いだろ」

「あたりまっ、むぐぐぐっ!」

「はは。そう思うか?」

「ああ」


声を上げかけたアリアの口を咄嗟に抑える。せっかく捕まっている風を装って両手を隠していたのに。

(まあ、どうせバレているとは思っていたが)

彼が見張りになる度、突き刺さるような視線をいつも感じていた。問題を起こせば即捕まえると言わんばかりの視線に、サイモンは辟易としていたくらいだ。いっそのこと飛び掛かってくれた方が良かった。そうすれば運動不足解消にもなったのに。とはいえ、派手にドンパチをやって仲間がぞろぞろ来られても困る。サイモン自身がどれだけ強くとも、大人数を守りながら戦うのは骨が折れる。……というより、はっきり言って面倒くさい。どうせ時間はたんまりとあるのだから、隙を見て穏便に破壊活動をした方が断然いいだろうと、サイモンは思っていた。

幸薄男の視線が突き刺さる。何か言われるかと思ったが、何も言われなかった。


(それにしても)

鍛えられているな。趣味か? それとも天性のものか?

どっちにしろ、類稀な〝いい筋肉〟だ。宝の持ち腐れになっていないといいが。


「何をじろじろと……」

「いや。……君、武器はなんだ? 剣か? それとも暗器系の飛び道具か?」

「は?」

「ああいや。大振りの武器も使えそうだな。体幹がいいだろう。それに足腰も強そうだ。大剣や斧なんかも使えそうだな」

「え。きしょ」

「きっ……!?」


サイモンは落とされた爆弾に、顔面が大きく引き攣る。

(き、きしょって……!)

きしょって何だ、きしょって。「せめて気持ち悪いにしてくれないか」と告げれば、うわあ、と引き気味な目で見られた。アリアもなんとも言えない表情でサイモンを見ている。その視線に傷つきながらも、サイモンはついつい幸薄男を観察してしまう。

(仕方ないだろ! 昔は騎士団で新人教育とか散々やらせられたんだから!)

大体、新人教育なんてやりたくないと何度も言っていたのに。その度に頼み込んでくるスクルードに根負けして、いつもいつも引き受けてしまう。こんな変な癖が付いたのも、アイツのせいだ。


頭を抱えるサイモンを幸薄男とアリアが見つめる。なんだか生暖かい、同情のような視線に変わっていることに、サイモンは気づいていない。

いい加減話を戻そうと思い、顔を上げるサイモン。開きかけた口は――しかし、突然の地響きに遮られた。


――ドンッ!!


「「「!!?」」」


(なんだ!?)

サイモンたちがぎょっとし、振り仰ぐ。音の発信源は天井からだった。

音を聞いた子供や女性たちも飛び起き、不安げな顔をする彼女たちにアリアが飛び出した。相変わらずそういった察知能力が高くて助かる。小さな体で、大きな安心感を齎す彼女を横目に、サイモンは男を見る。何か知っているだろうと思っての事だったが、サイモンの予想に反して、幸薄男も何が起きたのかわからないという顔をしていた。

(この組織のリーダーじゃなかったのか、この男)

報告ミスか、それとも単に不測の事態であるだけなのか。どちらにせよ、彼の頭にこの事態は予想されていなかったことになる。


サイモンは周囲を見回す。さっきまで見張りをしていた男がいなくなっている。どこに行った、と室内を見回せば、見張りのくつろいでいた椅子の下でぶつけたであろう頭を押さえていた。恐らく地響きに驚いてずり落ちたのだろう。格好悪い。だが、この状況に目を回しているところを見るに、不測の事態であることは確定した様なものだった。

(様子を見るか)

探索魔法を使おうとするサイモン。魔法陣を展開しようとすれば、バタバタと忙しない足音が聞こえる。すぐにドアを殴り開けるようなひどい音が、けたたましく響いた。顔を出したのは、彼等の仲間だ。


「お前らすぐに来い!」


その声に見張りをしていた男が走り出す。少し間を開けて、幸薄男も歩き出した。――丁度いい。彼に付けておこう。


「〝カイオ出でよ・アルレオス〟」


サイモンの言葉に呼応して、手のひらに小さな存在が顔を出す。大きなまん丸の耳をぴょこんと跳ね上げ、ツンと上を向いた黒い鼻先がサイモンを見上げる。サイモンの親指ほどしかないそれは――ねずみだ。


「行け」


サイモンの言葉にねずみは鼻をひくひくさせると、檻の間をするりと抜けて呼びに来た男たちの足元を駆け抜ける。こういう時の諜報員として、彼は非常に優秀なのだ。

出て行った男たちが開け放った扉を見つめる。喧騒が響く。地鳴りがどんどん大きくなり、この周辺からだんだんと人気がなくなっていく。サイモンは目を閉じる。ネズミを介して見ることの出来た景色に、つい笑みが零れた。――これは、思わぬ好機だ。


「サイモンさ、」

「アリア、みんな。今すぐ脱出の準備をしろ。――脱出するぞ」


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